第8話 地獄情報管理局


「はい。こちら情報管りあはい。はい。把握してます。人が多すぎる件ですね。はい。すみません。原因は全然分かりません。ごめんなさい」


 電話の向こうで怒声が聞こえるが、それを無視して電話を切る。即座に呼び出し音が鳴った。


「はい。こちら情ほあ、はい。天界に送りつけたい? ああ。あちらもダメです。蓮の葉がキャパオーバーで水没してますし、人間の上を歩く必要があるくらい、足の踏み場もない大混雑ですよ。魔界デゼニーランドよりもヤバイですよー。あと桃の実が枯渇して食料難ですし、汚水の浄化も間に合ってないので、地獄よりも地獄です」


 電話の向こうで怒声が聞こえる。それを無視して電話を切る。再び電話の呼び出し音が鳴った。


「はい。あ、どもー針山地獄さん。え? 針が無くなった? 全部ハゲた? あーそうですか。じゃあ極寒地獄は……あ、温暖気候になってしまったと。分かりました。ありがとうございます」


 電話の向こうからクソでかため息が聞こえてきた。私は電話を切る。即座に呼び鈴が鳴った。


「はい。こちじょでーす、あ。はい。灼熱地獄さん。え? 管理局が溶けた? 総員退避? 冷やせないのですか? あ、氷が無いですか。あ。はい。じゃあ灼熱地獄は封鎖でお願いしますー」


 小さく「分かった」という返事を聞き電話を切る。手元のメモ帳に「ハリ禿げる」と「しゃくねつふうさ」と書いた。再び電話が鳴る。


「はいこちじょですー。あ。どうも天界情報局さん。え、こちらですか? やばいですねー。激やばですよ。いま私がワンオペ中ですー。あ、そちらもワンオペ中ですか? みんな寝込んでる? 同じですねー。……いやいや。こういうときだけですよ。サキュバス族は無駄に夜に強いだけですからー」


 右手に持ったペンをクルクルと回す。固定電話のランプが点灯し、別の電話が入っていることを継げている。私はそれを無視した。


「そうなんですよー。でも、天界さんの方が大変ですよねー。地獄は放り込んでおけば良い感じの場所が多いですが、天界さんは管理しなきゃいけない場所が多いですからねー」


 電話の向こうから深い深いため息が聞こえる。


「え? 堕天? んふふ、そうなんですね。なら堕ちたら私が案内しますよー。ハメ倒しましょうよー。性欲に身を任せ、雄に体を委ねー……え? 今から堕天するんですか? あ、ちょっと、ま」


 電話を切られてしまった。だが即座に呼び鈴がなる。


「はいこちじょー。あ。三途の川さんどもー。え? 局長ー? 倒れて死んでますー。……へー、渡し舟が全部沈んだ。キャパオーバーですね。……ふんふん、地上界からの船舶購入ですね。予算はある? あ、それなら良いですよー。どうぞ買ってください」


 電話を切る。即座に別の場所から電話が掛かってくる。


「はいこちじょー。閻魔局さんどもです。バイト募集の広告の件? あ。流してますよ。バンバンですよー二十四時間流しっぱなしです。え? 役立たずが多い? そこはどうにもなりませんねー頑張ってくださいー」


 怒声が聞こえ始めたので電話を切った。


「……トイレいこっと」


 私は時報局の番号を入力した。受話器から『午前2時丁度をお知らせします』という音声が流れ始めた。

 そのまま受話器を机の上に放置し、私は椅子から立ち上がって大きく伸びをする。縮めていた背中の羽を伸ばし、腕をぐるぐる回す。

 徹夜の限界に挑み、床で倒れて眠っている同僚たちを跨いで超え、私は情報局のフロアを後にした。


「はー。夜の空気おいしー。早く男と寝たい―」


 時報がポーンと音を立て、午前2時1分をお知らせした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

残業ナウin地獄 あるあお @turuyatan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ