短話。シスイショウ.

「ねぇリヴラさん。もしかして今月が誕生月だったりするの?」

 年末年始の慌ただしさも過ぎ去った頃。久しぶりに訪ねてきた少年──出雲郷 扇は、私の胸元をじっと見た後にそんな質問をしてきたのだ。

「そうですけど、何故そう考えたのですか?」

「普段から首に下げてるソレ、アメジストでしょ?」

 彼が指差したのネックレスだ。それは丁度胸元──より厳密に言うのなら、鎖骨の少し上あたりに宝飾部が来る長さになっている。使われているのはアメジストであり、割と濃いめの紫色をしていた。

「成る程。今日はやけに胸元へ視線を感じるな、とは思っていましたが……そういうことでしたか」

 宝飾部に指先を当て、彼をちらりと見やると──わかりやすいくらいに視線は誘導されていた。そしておそらく彼はソレに気づいていないのでしょう。

「──そんなに見つめられては、流石に恥ずかしいですね」

 なんて、わざとらしい言葉と共にケープの裾をきゅっと締めれば。彼は少し慌てた様子視線を外し、こちらを見ずにごめんと口にする。

「少年、そんなに必死にならなくても良いではありませんか。それに私、一言も嫌だと言ってませんし? 第一、少年に見られたくらいじゃなんとも思いませんから」

「…………からかってたの?」

 怪訝な顔つきをしていますが、所詮は子供。不快なのはわかりますが、その表情と仕草が可愛いのです。許されるのならもっと弄りたいのですが──程々に嗜む程度が良いと、私は知っていますので。

「さぁ、どうでしょう?」

「やっぱりからかってるんだ! リブラさんはいっつもそうじゃん」

「ごめんなさい、少年の反応が可愛らしいのでつい」

「つい、じゃないよ。それに可愛らしいって言うのも止めてよね。僕だって男の子なんだし」

「別に良いじゃありませんか。それにですねぇ少年。今の時代は男性でもメイクしています。そうそう、ソレこそ女装ミスコンみたいなのもあるんですから!」

 即座にスマートホンで調べ、当該記事を見せつける。すると少年の顔はあっという間もなくげんなりとしたものへ変わり、憐れむような視線を向けてきた。

「……なんでそんなの知ってるの? リブラさん」

「え、いやネット記事にもなっていましたし──……というか、どうしてちょっと引き気味なんですか、少年」

「いや、その……なんかそういうところだと思うよ、リブラさんの悪いところって」

 予想外の反応に加え、割とストレートな駄目だしをされるとは思ってもいませんでした。可愛いのに付いているとお得、とかそういう意見も散見されているのに。どうして少年は理解してくれないのでしょうか。


 それから暫しの意見交換を経て、話題は再びネックレス──もといアメジストへと戻ります。

「それ、ここでしか着けないの?」

「はい。外で落としたりしたら嫌ですし……それに、あまり日に当てたくないので」

「どうして日に当てたくないの?」

「おや、少年は知らないんですか? アメジストの紫色は、日光に当てると色が褪せてしまうのです」

 などと言ってしまえば、彼の知的好奇心に火が付くのは当然で。しかし詳しい原理を説明したところで、今の彼が理解出来るような話ではありません。

「そして日光だけがアメジストを変色させるわけでもありません。幾つかの宝石がそうであるように、一定の温度を超えた場合にも変色致します」

「そんな事があるんだ……ちなみにアメジストはどうなっちゃうの?」

「アメジストの場合、五百度を超えると黄色がかった色になります。なのでソレを利用して別の宝石として売ることもあるとかなんとか」

「ソレって騙してる事にならないの……?」

 人為的に色を変え、別の宝石として売る──そこに疑問を抱いたのか、彼の表情が少し強張ったモノに変わりました。こころなしか、その声も震えているような気もします。

「騙す……少年は何故、そう考えたのですか?」

「だって、元々はアメジストとして掘り出したんでしょう? なのに別の宝石として売るなんて、偽物を売りつけてるようなものだよ」

「なるほど。では少年、貴方は何を以てコレを本物のアメジストだと判定していますか?」

 ネックレスを外し、ソレを少年の手に乗せて問いかける。これに対してまず彼は色味を根拠として上げました。そして冒頭、私がコレをアメジストとして扱っていたことも根拠として口にしたのです。

「残念ですが、この手の色合いをした宝石は他にもあります。そして私はコレをアメジストとして扱っていますが、本当にアメジストなのかは私にもわかりません」

「どういう事……?」

 案の定、彼は混乱していた。混乱というより、認めたくないと言ったほうが正しいかも知れません。

「言葉通りですよ。そして私はコレをアメジストだと思って所持しています。そもそも譲り受けたものですし、前所有者がどこから購入したのかも知りません。なのでもしかしたらコレはイミテーションかも知れないのです」

「じゃあそれも偽物ってことになるの?」

「そうといえばそうかも知れません。ですがソレはそれで良いと思っています」

「どうして?」

「これが本物のアメジストだろうとなかろうと、この色と輝きに変わりはありませんよね?」

 やや納得は行かない様子ですが、彼は首を縦に振りました。

「そして私はコレを大切に思っています。ですので、ぶっちゃけ本物のアメジストかどうかは関係なかったりします」

「そういうものなの……?」

「ええ、そうですとも──それに、本物だから価値がある。偽物だから価値がない。そういった意見を否定するつもりもありません。それに騙したくて売った人も居れば、偽物だと気付けなくて売ってしまった人も居るでしょう。そこの判断を下すのはとても難しいことだと言うことは、少年にも理解できますよね?」

「うん。それはわかるよ」

「聡い子で助かります。なら、もう少し先の事も考えてみましょうか」

「先のこと?」

「ええ。先の少年のように、偽物と聞くと騙されたと感じる人は多いものです。しかし偽物にも偽物なりの役割があると考えたりは出来ませんか?」

「偽物なりの役割?」

「はい。例えばそうですね……少年は博物館が好きですよね。あそこに展示されている物は全てが全て本物ではありません」

「そうなの?」

「はい。本物──とりわけ動植物の剥製等は照明等の影響により着実に劣化していくものです。そうすれば色合いも変わりますし、形も崩れていくことでしょう。なので定期的な補修作業が必要となります。けれどその間、博物館の展示は空いたままになったりしませんよね?」

「うん。代わりのものがある」

「でしょう? 原典オリジナルには原典オリジナルの役割が、偽物には偽物なりの役割があるのです。それに……あまり真贋に拘り過ぎると、後々苦しくなってしまいますからね。自分がこれで良い、と思えるのならそれでいいのです」

「うーん……なんかちょっと言いくるめられた感じもするけど、なんとなく言いたい事はわかった気がする」

「──……少年? 言いくるめるなんて、そんな言い方はあんまりではありませんか?」

「……ごめん」

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