題話.お子様ランチの呪い


「──悪い、もう一度言ってくれるか?」

「オコサマランチを所望している。お前なら作れるだろう?」

 やや苛ついた声音で問い返す料理人に対し、猫耳を生やした亜人種の女給仕はよく通る声ではっきりと返した。

「……なぁレヴナ。

 どこで知ったかは聞かないでおいてやるから、おこさまランチは諦めろ」

「なぜだ。別に法を犯せと言っているわけではないだろう。

 それともなんだ、このプラント一の料理人様はオコサマランチを作れないというのか?」

「喧嘩売ってるのかテメェ」

「いや、売っていないぞ。少なくともそこのメニューには載っていないからな」

「……この屁理屈ヤロウが」

「野郎は男を指す言葉だぞ、ニルシュペッツ」

 屁理屈だらけの返答は全て真顔で行われている。この場合、屁理屈で返されるだけの相手は相当なストレスを抱えることになるのは周知の事実。

「あーそうですねぇ、はいはい!」

「返事は一度でいいと習わなかったのか?」

 苛立ちを隠すことを止め、わざとらしいオーバーリアクションと共に張り上げた声に対してかけれたのは耳馴染みのある台詞。この状況で使われたそれはいつにもまして神経を逆撫でしたに違いない。

「レヴナ、テメェ俺のこと舐めてんだろ」

「お前のような筋肉ゴリラを舐める趣味はないが?」

 額に青筋たてた料理人がコック帽を握り潰しながら彼女へと肉薄するが、彼女は微動だにせず言葉を返す。

「クソッタレ……真面目に相手をするのが馬鹿らしくなってきた」

「全くだ。それでお子様ランチを作らない理由は何だ、ニルシュペッツ」

 やれやれだと首を振る彼女を前に、彼はガックリと肩を落とし深いため息を漏らしたのである。呆れてものも言えない、と言うよりはもう極力余計な言葉を交わしたくないといった感じであった。

 しかし彼女は答えを聞くまで帰るつもりがないのだろう。カウンター越しに待つ彼女はじっと料理人を見つめており、彼は彼でその視線に気付きつつも目線だけは合わせないようにしていた。


「……そもそも採算が合わねぇんだよ、お子様ランチは」

 沈黙に耐えられなくなった、というよりはカウンター越しで待ち続ける彼女にさっさと帰って欲しいのだろう。

「そうなのか?」

「おう。まずここは定食屋じゃないってことはお前でもわかるよな?」

「勿論だ。ここは配給プラントだろう」

「お前の言うとおり、ここは配給を行うプラントだ。使える材料も何も決められているから、そういうものを作る余裕はないんだよ。だからお子様差ランチは作らねぇ」

「作らない、という事は作れるということだな?」

 呆れたを通り越し、諦めの境地へ片足を突っ込んだ彼の反応は至極真っ当なものであっただろう。まず常識的に考えて採算が合わない上に作る余裕がないと言われれば、殆どの人が諦めるはずなのだ。それなのに彼女は彼の言葉尻を掴んで逃さない。

「……レヴナ、お前人の話聞いてる?」

「勿論聞いているとも。

 ──お子様ランチは採算があわず、その余裕もないがお前は作らないといった。作れないのではなく、作らないとお前が言ったんだぞ、ニルシュペッツ」


 こうまで言われてしまえば返す手札は限られてきてしまう。今更作れないと返せば、お前はその程度だったのかと彼女は鼻で笑うのだろう。それはプラント一の料理人を自負する彼からすれば耐え難い一言であり、言われたくないからこそ言葉に詰まってしまうのだ。

「……そんなに作りたくないのか、ニルシュペッツ。

 お前の気持ちを察せずにすまなかった」

 どう返せば良いものかと長考する彼に彼女がかけた言葉は意外なものだった。男は聞き間違いかと疑ったが、そこに立つ彼女の表情を見るに聞き間違いではなかったらしい。

「もう無理な頼みはしないよ、ニルシュペッツ。

 今回はすまなかった」

 普段の彼女からは絶対に聞かない言葉を耳にした彼は、カウンターから身を乗り出しその肩に手をかけた。

「……お前、どうしてそんなにお子様ランチにこだわるんだ?」

「人の子に頼まれていたんだ」

「……あのメロンを残そうとしていた子供か──」

「お前は察しがいいな、ニル」

「このクソッタレ……はじめから素直に言いやがれってんだ」

 心底呆れた表情を見せたかと思えば握り潰していたコック帽を被り直し、足早に調理場へと消えていく彼。その背を見つめる彼女の表情には微かな笑みが浮かんでいた。


 ──余談だが、被造物たる彼らは造物主である人の子の願いを叶えないわけにはいかないと無意識で思ってしまう。元々は反逆されないようにと仕掛けた保険なのだが、幸か不幸かこういうところにさえ顔を出すらしい。しかし当の本人達がそれに気づくことはなく、それが当たり前だと言う感覚で動くのだ──


「それで、あの子のアレルギーや好き嫌いは当然押さえてあるんだよな?」

「勿論だとも」

 彼は食材のリストを記したボードを手に戻ってくるや否や、語気を強めつつ彼女へと問うた。それに対して彼女は折畳んだ一枚のメモを胸元から取り出して手渡す。

 受け取った男は特に気にするでもなくメモを広げ、そこに記された情報を読み取っていく。

「……好き嫌いもない良い子だな、この子は」

「本当にいい子だよ。だから頼んだぞ、ニルシュペッツ」

「テメェの頼みってのは気に入らねぇが、いい子にはご褒美がなくちゃあならんわな。

 だからそこでちょいと待ってろ、特急で仕上げてやる」

 男はニイッと笑うと調理場へと消えていく。そこから暫くの間、調理場から調理音が鳴り止むことはなかった。

 彼女はその間、調理場から漂ってくる匂いや音からどんな料理が作られているのかを想像していたらしく、質素な手帳につらつらとメモを書き綴っていたようである。その顔もまた、少しばかり綻んでおり普段の彼女らしからぬ一面を見せていた。


「起きろ、起きろっての」

「……むぅ」

 知らぬ間に眠っていたのか、カウンターに突っ伏してした彼女は彼によって起こされることとなる。寝起きは弱いのか、普段の締まった表情はそこになくやや不機嫌そうな彼女がそこにいた。

「ほれ、お子様ランチだ。さっさと持って行ってやんな」

「……すまない、恩に着る」

「次からはキチンと話を通せよ、馬鹿ネコ」

「私は猫ではないぞ、鯔野郎」

 お子様ランチの一言で一気に覚醒したのか、彼女の表情が普段のそれへと戻った。出されたお子様ランチを足元へ用意していたデリバリー用の箱へと手早くしまい込むと、目的地へ向かって一直線に駆けていく。

「……やっぱアイツすげぇな。全く揺らさずに走ってら」

 その背を見つめる男は感心したように呟くと、のそのそと厨房へ消えていったのであった。



「よぅレヴナ、お届け物か」

「わかってるならさっさとゲートを開けろ、このグズ」

「辛辣すぎねぇか?

 ほれ、開けたぞって……どんだけ急いでんのあいつ」

 監視員の男が件の親子が住む区画への扉を開けた次の瞬間にはもう、そこに彼女の姿はなかった。音もなく走り抜けていく彼女は、人通りのない秘密のルートを使って親子のところへと走っていく。勿論、その手に携えたお子様ランチは揺らすことなく最短距離を走り抜けていった。

 造物主たる人間様が住まうこの区画にて、本来ならそういう行為は禁止されているのだがそこは上手く誤魔化しているらしい。監視員のトップであるネルソン曰く、特別配達班という名目で彼女の行いはなんとかなっているとの事だ。それでもグレーゾーンに変わりはないらしく、毎回毎回上手くやり過ごせているわけではないらしい。



 今回は個人的な依頼があったというとことで上層部には話が事前に通っていた為、普段のように彼が心労を気にすることもないだろう。モニターを横目で監視しつつ、今朝方仕入れたばかりの週刊誌を読んでいると扉をノックする音が響く。

「ずいぶん早いな、どうした」

 扉を開けた先にいたのは少し俯いたレヴナであった。彼女は彼の横を器用にすり抜けると一つしかない椅子へと勝手に腰掛け、深いため息を漏らしたのである。

「……ネルソン、お前はお子様ランチを食ったことがあるか?」

「は……?」

 彼は唐突な言葉の意味を一瞬理解できなかったらしい。普段とは違う彼女を前に、心配する気持ちと呆れと純粋な疑問の入り混じったなんとも言えない視線を向ける他なかった。

「たかだか子供用のメニューだと思っていたが……あれは恐ろしいな」

「……まさかお前」

「あの子がな、一口だけでも食べてくれとせがんだのだ。いつも我儘を聞いてくれてありがとうって……」

「そ、そうか……それで、何を食べたんだ?」

 両手で顔を覆い深く俯いたまま彼女は暫くの間、その口を噤んでしまった。本来ならば造物主へ向けて作られた食料を被造物が口にすることなどありえない。あくまでも造物主を護るために隣接した居住区画に住まうだけの一被造物が、願われたとはいえそれを口にしているのだ。軽々しく口にできるものではないとわかっていても、ネルソンはその好奇心を抑えられなかった。


「──……エビフライだ」


「……おいおい、まじかよ──!」

 顔を覆ったまま彼女が静かに答え、彼は驚きを隠せずにいた。海老フライとはお子様ランチにおいて一本か二本しかない特別な品であり、それを差し出せるものは数えるほどもいないという。

 ハンバーグに並ぶ大人気メニューの一つである、あの伝説級の海老フライを彼女は口にしたのだ。


「……サクサクとしたあの衣に包まれたぷりっぷりのエビと、そこにかけられたタルタルソースのハーモニーを……私は、知ってしまった……!」


 教会にて懺悔する罪人のように、その場で膝を付く彼女を前に彼はどうすることもできなかった。知らずにいられれば幸せだったものを彼女は知ってしまったのだ。一度知ってしまったものを、口にしてしまったものを忘れるというのは相当に難しい。それが二度と口にしたくないと思うほどに不味いものであればまだ希望はあったが、もう一度食したいと願いたくなるほどに美味いものの記憶なのだ。


 ──時として、善意の優しさが深い爪痕を残すことがある。


 それを深く痛感したレヴナが暫くの間、海老フライに代わる逸品を探し回りイ○バのちゅーるにたどり着いたのはまた別の話。







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ライブラ メイルストロム @siranui999

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