限話.Spotlight / Girl
──そこへ至れたのなら、幸せなの?
この言葉は今でも私の胸に残り続けている。深く入り込んで抜けない棘のような言葉を遺したのは、私の幼馴染。
──私ね、アイドルになりたいの!
女の子なら誰しも一度は思い描いたんじゃないかな。歌って踊れて、皆を笑顔にしちゃうような存在になりたいって。
……私もそんな一人だった。小さい頃から歌の練習をして、踊りも独学で頑張ったの。朝晩のランニングは勿論、動画サイトとかでボディメイクを学んだりもした。数えたらきりがないくらいに色んな事を頑張って、私の思う最高にイケてる女の子を目指していたの。
──そして高校一年の時、オーディションを受けて合格した。
それなりに名のしれたプロダクションに所属して、そこでも死ぬ気で頑張ったよ。今までとは比べ物にならないくらいのハードスケジュールだったけど、学生としての本分も忘れずに頑張った。恋愛やなんかにうつつを抜かす事もしなかったから、プロダクションの中でも私は頭一つ抜けた存在になっていたみたい。
だからといって天狗になるような事はしないで、今まで以上にストイックな姿勢を貫いたの。この業界は油断したら一気に喰われてしまうと知っていたから。
それこそ、壇上に立つためにプライベートを全て犠牲にてきたって言ってもいい。私はそこに立ち続ける為に沢山の事を捧げてしまったの。
……あの言葉を遺した彼もまた、捧げてしまった人の一つ。
私を偶像ではなく、一人の人間として見てくれていた幼馴染だった。何時だってぼんやりとしていて、他人からの視線も期待も何もかもが関係無いって感じの不思議な奴だったの。
何時だって私と正反対の位置に居たような気がする。自分の為だけに時間を使って生きているような、そんな人だった。
──けれど、本当によく人の事を視ていたんだと思う。
殆ど話さない癖に、向こうはなんとなく私の心を見透かしている。何気ない会話の中から、話している本人にも気付かない無意識下の声を聞き取るのが上手いと言えばいいのかな。だからかな、私はよく彼とメールをしていた。返事を催促するでもない、長々と話し続けるようなこともない。本当に素っ気なさ過ぎるくらいのやり取りが忙しい私にはちょうど良かったのかも。
……なのに、私は彼と距離を取ることを選んでしまった。
今思えば呆れるくらい身勝手な振る舞いだったと思う。今期の人気アイドルトップ10に載るようになってきた頃から、スキャンダルになるようなことは徹底的に排除していた。いくら幼馴染とは言え、異性の話題となればマスコミは放っておかない。だから私はなんの前フリもなく、一方的に彼を突き放した。連絡先を始めとして一切の関係性を消すように伝えて……あれはもう命令みたいなものだったけど、彼は何も言わずに従ってくれた。
そうして煙の立たないように、火種になりかねないものをすべてなかったことにしていたのよ。
当時の私には、それが当たり前になっていたから。
少しでも私という偶像に傷をつける可能性のあるものは徹底的に消し去る事でしか、私は自分を保てなくなり始めていた。
──最も輝ける場所にしか、心が惹かれなくなっていたのよ。
その場所に立つために、立ち続けるために自分をどんどん磨いて鍛えていった。ドラマの仕事が来たときにはプライベートを削って演技指導を受けに行き、並の俳優には負けないくらいの演技力を見せた。他のトレーニングだって欠かさず続けて、気がつけば事務所で寝泊まりするようになっていたの。
その頃は家に帰るのは一月にニ日あるかないかで、家族との連絡もRINEでしかとらない感じだった。リアルタイムのやりとは不可能だったから、もう伝言板と言ってもいいくらい。
──そんな仕事漬けの日々を過ごすようになって六年、ついに私は身体を壊してしまった。医師から下されたのは即時入院という判断であり、仔細を聞いたプロダクションのトップは即座に私の入院治療を了承したのである。
予期せぬ長期療養は私にとって地獄だった。入院し始めの頃こそ世間は騒がしかったが、半年も経つ頃には全く報道されなくもなった。
看護師を始めとした病院スタッフもそう。ここにいる私はただの入院患者で、二十一歳独身の日本人女性でしかなったのだ。日を重ねる毎に歌えなくなっていく、体のキレが落ちていく気がしてならなかった。
それが怖くて、私はこっそり抜け出して屋上やなんかの人目につかない場所で歌って踊り続けた。けれどここは病院だ。予定外のことで部屋に居なければ、脱走だとすぐにバレる。抜け出しては捕まえられて、看護師と医者にこっ酷く叱られる日々が続いた。後半はマネージャーも私を叱り飛ばしてくるようになったけど、自主練習は辞めなかった。
──そんな日々が続いたある日、私は七年ぶりに彼と再会したのだ。
密かではなくった自主練現場へ現れたのは年若い男性看護師。今で見たことのない相手だと思いつつ、また連れ戻されてしまうのかと諦めていた。
しかし、彼は少し離れた場所でただ私を見ているだけだったのだ。止めに入るでもなく、私の自主練が終わるまで静観していた。
──まだ、頑張っているんだね。
上がってしまった息を軽く整えていると、懐かしい声とともにタオルを手渡された。その声にまさかと思い、見上げてみればそれはいつかの彼だった。私が私の個人的な理由で一方的な別れを強いた幼馴染が、看護師としてそこに立っていたんだ。
──そりゃ頑張るよ。君こそ凄いじゃん、ちゃんと夢を叶えていて。
──君だってやり遂げたんだ、僕も頑張るさ。
──なにそれ……相変わらず変なやつ。
少し生温い風の吹く夏の夜、懐かしい空気がそこにはあった。
それから暫く話して、病棟へ戻った私達が揃って看護師長に絞られたのは内緒の話。
病院スタッフと患者という立場だから、リハビリや巡回時にちょっと話すくらいのことはよくある話。なのに、世間はそう見なかったらしい。
彼と再会した日から二週間後、マネージャーが持ってきたのは週刊誌だった。そこに記されていたのは根も葉もない嘘まみれのゴシップなのだけれど、私の名前と写真が載せられていたのだ。
全くもって見に覚えのない事を、まるで真実かのように書き綴れるのはある意味凄いとさえ思った。
──だけどこれは良くない、とても悪い流れだ。
そう思った矢先、担当医と看護師長が私の部屋を訪ねてきた。
今朝からマスコミが阿呆ほど電話をかけているらしく、業務に支障が出始めているというのだ。なので事実はどうあれ、私には転院して欲しいということらしい。
まぁ、日頃から言うことを聞かない私を追い出せる口実にもなったのだろう。そこは私が悪いし、日を追うごとに腫れ物扱いというか厄介者扱いされている自覚はあった。
病院にこれ以上の迷惑をかけるのも忍びないし、転院するのは構わない。しかし彼はどうなるのだろうか?
副看護師長という立場上、退職させられることはないだろうか当たりは強くなるだろう。彼に原因はないが渦中にあるのは間違いないのだから。
──心配ではあるが、ここで彼の名を出せば疑いの目は一気に強くなる。
私はまた、私の都合で別れを告げずに都内から遠く離れた県外の病院へと転院することになった。
転院してからも暫くはゴシップ紙に載り続け、当たりたくもないスポットライトを浴びる日々が続いてしまった。これは当分復帰出来ないのだろうと思うと酷く気分が沈んで、自主練もやる気が起きなくなっていた。なんだかもう、全てがアホらしく思えてきてマネージャーに散々愚痴ってしまったのだ。あんなにも頑張って来たけど、磨き過ぎて私は擦り減り過ぎてしまったのだろう。それにあんな醜い世界でスポットライトを浴びたところで、一体なんの意味があったんだろうなって。
転院先は木々のせせらぎと虫の声、あとよくわかんない鳥の声くらいしか聞こえない。看護師だって若くないから、よく腰をトントンしながら廊下を歩いてる。担当医も同じで、カルテに記入する手がたまにぷるぷる震えてた。
──今までにないくらいのんびりとした時間が流れるここは、今までを振り返るにはピッタリだった。
ゴシップ紙も落ち着いたころ、私は彼と会う約束を取り付けていた。一応マネージャーには話を通しておいたけど、会うことを止められはしなかったよ。
辞めることを決意して、もう頑張れない所まで擦り減った事を伝えたから。体のこともあったし、マネージャーと社長は凄く残念そうだったけど仕方ないよって認めてくれた。
──ごめんね、僕が軽率すぎた。
出会い頭、彼はそう言って深く頭を下げてきた。本当は私から謝るつもりだったのに。
──それは、違うよ。君は悪くない、私が……私が悪いの。
一方的な別れを告げてから今までの事、身勝手な私を全て彼に伝えた上で私は何度も頭を下げた。そうして胸に抱えていた全部を吐き出しきった後、彼は一つだけ聞きたいことがあると言ってきたんだ。
──それは、いつか投げられた問い。
「そこに至れたのなら、幸せなの?」
──答えは決まってる。
「ちっとも、幸せにはなれなかったよ」
そう。あの光は……世間様の望む
そんな
「なら、君はどうしたら幸せになるのかな」
少女というにはもう遅いかもしれないけど、削りきれなかった乙女心はまだ残ってる。今度は一人の女の子として、貴方と共に輝いてみたい。
過去のそれと比べれば取るに足らないものかも知れないけれど、私にはその
「──貴方と共に歩めたら、幸せになれるわ」
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