避編.Fight to fate.

  


「──この腐れビッチ、覚悟しなさいっ!」   


 ドラマでしか聞いたことのないセリフと共に突っ込んできたのは、これまたコテッコテの病んでる系小娘ファッションに身を包んだ黒髪ツインテール。

  

「身に覚えがありすぎてわかんねーけど、テメェみたいなアタマゆるふわにくれてやる命はねぇよ!」

「えっ……、きゃあ!」


 半身を引きつつ相手の手を掴み足をかけて転ばせ、奪った獲物を相手の首へ突きつける。

 ……本当になんというか、テンプレート通りのファッションにメイク。ヤンデレ系になるための教科書でもあるのかと疑いたくもなるものだ。それに加えて後先考えられない残念な頭の持ち主なのだろう。人通りの少ない時間帯かつ街灯が少ない路地とは言え、監視カメラがあると考えない辺りが残念過ぎる。


「このクソビッチ、ふざけんじゃねぇよ!」

「それはこっちの台詞だゴスロリ小娘、ナイフなんか使いやがって死んだらどうすんだ」

「人の男盗りやがったテメェが悪いんだよ、死ね!」

「誰の事だかサッパリ分かんねぇな……」


 ここ2ヶ月で肌を重ねた相手なんてギリ三桁届かない位だし、性器の特徴こそ記憶してはいるものの顔なんてほぼ覚えてない。そもそも薄暗がりの中で乳くりあって腰振って、喘いで果ててサヨウナラな関係でしかないんだ。

 病気もらったり孕んだりしたらまぁ、そりゃなんかしらあるかも知らねぇけども私らに限ってそれはない。


「ふっざけんなよ、私の彼ピが記憶に無いなんてありえねぇだろ……!」

「は?」

「カ・レ・ピ・だよ!!

 細身で色白のイケメンがいただろうが!」

「あぁー……、もしかしてそれってさ、キノコ頭のほっそいナヨメン?」

「お前マジふざけんな!」

「キレんなキレんな、あんなナヨモヤシは私のタイプじゃねーから」


 ナニは小さい、前戯は下手くその自己陶酔型だったしなあいつ。爪くらいちゃんと磨いとけっつの……あと腰振りも童貞かってくらい弱々しいし、あれならジジイのファックのほうがよっぽど気合入ってるわ。チンポコみたいな髪型しやがって、あんなのの何が良いのかわからん。ナニはショボいし体力ねーし、大外れ過ぎて記憶から消してたわ。


「はぁ!?」

「いや別に否定はしてねーぞ、ただ好みじゃないってだけだし。つかアイツとヤッたのは一回きりだしさぁ、ヤり終えてから連絡なんて一度もとってないからな?」

「──嘘、それじゃ彼ピは誰と連絡取り合ってたの……?」

「そんなの知るかよ……ほれ、証拠」


 ナヨモヤシとのトーク画面を開き差し出すと、彼女は震える手で掴んで何度も画面をスクロールさせはじめた。そして暫く放心していたかと思えば、ぐずり始め大粒の涙をボロボロと溢し大泣きし始めたのだ。

 よくもまぁ、こんな面倒くさい性格にしたものだ。


「まぁこれでわかったろ。さっさとナヨモヤシんとこに帰れメンヘラ」

「メンヘラじゃねーよ!」

「まじか、お前自覚なかったの?」


 情報量が多すぎる。マジで頭痛くなってきやがった……そうなるとあれか、あのメイクも服装も何もかも意図せずそうなっただけってことか。だとしたら天性の病みガール?


「テメェこそビッチみてぇな服しやがってよぉ……なんでこんなのとえっぴしたんだよアイツ……!」


 泣きながら怒って、終いにゃえっぴとかマジ笑いのポイント高すぎるわコイツ。そこのセンスだけはある飼い主だったんだな、勿体ない。


「まぁ………ビッチだしな。付き合う云々はとりあえず一発ヤッてから考えればいいと思ってるし」

「なんだよそれ……」

「多分あれじゃん?

 相手に何を求めるかで決まるだけだって。私はセックスの上手い下手で選んでるだけだからビッチムーヴかましてるだけだし?

 長い年月を共にするのなら、やっぱ体の相性が大事だもんね。好き同士なのにセックスレスとかマジで耐えらんないし、もしそうなったら百パー離婚して相手探すわ」

「……理解出来ないんですけど」

「そんならそれでいーよ、そういうのもあるって知ってくれればいいし」

 にしてもこのナイフどうするかなぁ。そこらに捨てるわけいかねーし、こいつに返すのも危ないし。だからといって持って帰るとかキショすぎて無理だしなぁ……更生が効くようにも見えないし。

「てかさー、そもそも私を刺した所でなんか解決すんの?

 付き合う相手がいくら良くてもさ、衝動的にヒトを刺すような奴とは付き合いたくなくね?」

「……それは、たしかに……そう、ね」

「そもそもツレがいるのに他の女とやる男の方が悪くない?

 キレるんならそっちにしとけよな」

「で、でも……彼ピを傷つけたくないし」

 出た、面倒くさムーヴ。好きな人にだけとことん甘やかしちゃうバカ丸出しな男の願望まんま系。こりゃ助からないかもな……

「けどお前傷つけられたじゃん。怒っても良くね?」

「そんなことしたら嫌われちゃうじゃん!」

「嫌われるも何もさ、このままだとお前都合の良い女のままヤリ捨てられるよ?」

「そ、そんなことしないもん!」

「じゃあ何であのナヨモヤシは私を誘った?」

「そ、それは……あ、アンタ……は、違う……」

「お前も薄々分かってんだろ、都合良く使われ始めてるって。だからあんな行動をとったんだ。自分を捨てるとこんな事を仕出かすぞ、っていう間違ったアピールなんかした時点でお前の負けなんだよメンヘラ小娘」

「違う、違ゥ、チガぅぅうううゔ………!」


 ──まぁ、お前も私も所詮は造られた人形だからな。

 後付された偽物の感情の末路なんてこんなものだろう。自分で自分の生体スキンを掻き毟り始めてるし、ここで終わらせてやるのが私の務めか。


「……次は良い旦那に当たるといいな」

 この哀れな人形が本格的に暴走してしまう前に、内部金属骨格インフレームの隙間を狙って一突きしてやる。一瞬だけビクリと跳ねたが、そのまま深い所を抉ってやると糸の切れた人形よろしく脱力し動かなくなった。


「──こちら人形処理屋、指名手配中の個体を処分した。回収業者を頼みます」


 インカム越しに聞こえるのは聞き慣れた了解という短い返事。全くもって、本当に嫌な仕事に就いてしまったものだ。この個体もちゃんとした人間のもとで育てられていれば、こんな寂しい路地で最期を迎えずに済んだのだろうに。

 そう思うと、言いようのないやるせなさというか虚無感に囚われてしまう。傍目から見れば……いや、そのスキンを剥がさなければ生身の人間と変わらないそれを処理しなくてはならないのが辛かった。

 良き隣人として、ヒトを支えるために造られた筈なのに都合の良い性処理人形として消費される。そんなもの、あんまりじゃないか?


 都合よく造って一方的に愛して弄んで棄てるなんて、愛玩動物よりも酷い末路だよ。


「……だから嫌いなんだ、クソ※※※※※(ドロイドスラング)」


 一方通行の歪んだ愛情。依存させるだけ依存させておいて、飽きてきたら他の個体に手を出す。これのどこが理性的なんだ?

 ただ性処理をしたいのなら、私のようなセックスジャンキーとして育てれば良い。独りで生きられるような、メンテナンスフリーの道具として設計すりゃ良いんだ。





 お前ら人類は、ビッチもメンヘラも自在に設定出来るんだから──









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