冥酊.綿津見の心

 まぁ、すっかりと忘れていたのである。

 私達のような過剰拡張人種エクステンダーズは酔えないと言うことを。


 ──事の発端は彼の誕生日。

 妙に上機嫌というか、自信たっぷりな様子で彼は訪ねてきたのだ。

 アルテ曰く成人祝いに村の皆で飲み比べをし、最後まで勝ち残ったとの事。そしてこれだけ飲めるのなら、歴代の酒豪ですら勝てなかった古宿の女主人。つまり私にだって勝てるのではないかと言われたらしい。


「──……それで、私と飲み比べがしたいと?」

「まぁそれもあるけど、純粋に姐さんと飲みたかったんだよ」

 向かい合わせに腰かけた彼が取り出したのは数本の酒瓶。何時もより上機嫌なのか、鼻唄混じりに私の前へ酒瓶を並べていく。しかしどれもラベルはおろかタグすらも付けられていなかった。栓となるコルクはしっかりと詰められているようだが、大分古いものなのだろう。弾力はほぼほぼ失われていて、抜くのに苦労しそうな気配があった。

「なぁアルテ、これはなんのお酒なの?」

「んー……じいさんの倉から適当に持ち出したから知らないんだよなぁ」

「……本当にお酒なの、これ?」

「それは間違いないよ、アルコールの匂いがするし」

「また適当な事を」

「嘘じゃないって、微かにするだろ」

 言われるがまま嗅いでみるが、どの瓶からもそんな匂いはこれっぽちもしない。

「まぁいいよ、開ければわかるだろう──」


 ──と、まぁ半信半疑ではあったものの、彼が持ち込んだ瓶は全て年代物のワインだった。軟らかく芳醇な香りの口当たりが軽いものもあれば、甘口なのにどっしりとした骨太のフルボディもあった。そうして数種類の飲料全てを半分ほど飲みきった辺りで、彼の様子が変わり始めたのだ。

「……姐さん、まだ……飲めるん、 すか……?」

「え、まだまだ飲めるよ。アルテはもう限界?」

「いやぁ……まだ……うん、ちょっと……キツいかも」

 よくよく見れば、彼の顔は耳まで真っ赤になっていた。それこそ茹でたこを連想させるくらいになっていて、目はトロンとほうけ始めている。

「あーあー……ほら、水を飲みな」

「サン、キュー……姐さん」

 よく冷えた水をゆっくりと飲むけれど、そう簡単に酔いが覚めることはない。彼はそれから何杯かの水を飲んだ後、机に突っ伏して寝息をたて始めてしまった。


「──……ごめんね、アルテ。

 私はこんなものじゃ、酔えないんだ」

 時折寝言を繰り返す彼の頭を撫でながら、ポツリと独り言を呟いた。それから数度頭を撫でたり、少し癖のついた髪を弄ったりしてみたが彼が目覚める気配はない。

 ……彼が返す反応と言えば、時折煩わしそうな声を漏らす程度のもの。彼は大人になったと言うけれど、私からすればまだまだ子供なのだ。祭りの席で飲む酒と、また違う飲み方を知るのは何時だろう。その飲み方を知ったとき、君は立派な大人になれているのかな。


 ──……いずれ先にく君よ。

 私と違う時の流れに居る君は……あっという間に老いていくのだろう、老いぬ私を置いていくのだろう。今宵こよいのような朧月夜を越えて、杯一ついてゆくのだ。

 命短し愛しい子、どうか……どうかゆっくりと、ゆっくりと歩んで来ておくれ。







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