対談.森の賢人

 ──根源に至る渦。

 ──底の無い、暗き穴。

 ──有でもなく無でもなく、其は有を肯定せぬ無。

 ──何処へでも通じていて、何処へも通じていない虚無。


 私達の始まり、私達の終わりがあるとされている場所。

 私達が生まれ出でて還るべき場所については様々な見解がありました。けれどそれは、この星に住まう幾億の内の一種族が残した思想に過ぎません。

 そもそも、それについて考える余裕のある種族がどれ程いたのでしょうか?

 動物は常に食うか食われるか、自己の生存と繁殖を第一に生きています。故に腹の足しにもならぬ物事を考える余裕など、基本的には無いのでしょう……そも、そんな思想を巡らせ答えのない物事を考える余裕を持ち合わせている存在の方が異常なのでしょうね。


 数多の生物は生まれ落ちたその瞬間から、自らの足で立ち生きる為に動き続けるのです。自らの足で、羽で世界を駆け抜け命を繋ぐ為に他を食らい次世代へと命を繋いでいく。

 だからこそ、私達はあの個体に興味を抱いたのです。


 ──『こんばんわ、大猩々』

 突然現れた見慣れぬ衣装の女が、丁寧な手話で話しかけてきた。

 少し吃驚したけれど、私達に対して悪意を持っていない事だけはわかる。理由はわからないけど、私の直感がそう告げているのだから、信じることにする。

 ──ワタシ、ナビコ。アナタ、ダレ?

 私の言葉は、通じるかしら。まだ習ったばかりだから、少し不安。

 ──『私はリブラ。今宵は、貴女に聞きたいことがあって訪れました。質問を許してくれますか、ナビコ』

 ──ナビコ、ワカルコトナラ、イイヨ。

 ちょっとわからない言葉があるけど、私に何か聞きたいことがあるのはわかった。 とても、物腰柔らかな優しい人だし、いいよね。

 ──『ありがとうございます、ナビコ』

 ──リブラ、キキタイコト、ナニ?

 ──『ナビコは、死について理解があると聞きました。それは本当ですか?』

 どこでその話を知ったのかな、このお姉さん。

 ……ちょっと嫌な質問だけど、悪意は無さそう。ただ知りたいだけなのかしら。

 ──シニツイテ?

 ──『そうです』

 ──シッテ、ドウスル?

 ──『ただ知りたいだけ、ですよ。貴女のように死について話した存在は珍しいので』

 ──メズラシイ、ソウネ。ナビコシカ、ハナシ、シナイ。

 ──『ふむ。他の個体は死について理解はないと? 』

 ──ワカラナイ。ソンナ、ハナシ、デキナイカラ。

 そう、他の子達はあまりよく話をしない。自分自身がどう感じているのか理解出来ていないと思う。感じているものを外へ伝える手段がない、っていう感じかな。

 ──イタイ、クルシイ、ソウイウノハ、ワカル。ケド、ミンナ、ココロ、アラワセナイ。

 ──『自分の感情を理解できていない、そう言うことですね?』

 ──ソウ。

 ──『ナビコは、死をどう感じていました?』

 ──ココロ、クルシイ、カナシイ。カナシイ。

 ──『死ぬことは、怖いですか?』

 ……どうだろう?

 産まれた場所へ還る、そう。あの苦しくない穴へ、心地好い穴へ帰るだけだって知ってる。

 ──コワクナイ。ココチヨイ、アナへ、サヨウナラ、ダカラ。

 ──『心地好い穴へサヨウナラ?』

 ──ソウ。ワタシタチガ、キテ、カエルバショ、ダカラ。

 ──『……よく、わかりません』

 ──ナビコモ、ワカラナイ。ケド、ソノアナ、クルシクナイ。

 ──『苦しくない穴へ、帰る……?』

 ──ソウ。ミンナ、シラナイ。ケド、カエレル。

 ──『ナビコ。貴方はなぜそう思うのでしょうか』

 ──ワカラナイ。ケド、シッテル。ゴメン、リブラ。

 変だよね、リブラ。ナビコもよく分からないけど、知っているんだ。何で知っているかは、わからない。だけどそうなるのが、そこに帰るのが当たり前の事なんだって知ってるの。

 ──『……そうですか。ありがとうナビコ、貴重なお話でした』

 ──キキタイコト、オワリ?

 ──『はい。ありがとうございました、ナビコ』

 ──ドウイタシマシテ。バイバイ、リブラ。


 あの個体、ナビコはいわゆる内向的感覚が発達していたのでしょう。自分自身がどう感じているのか、その自己理解が他の個体よりも深い状態にある。故に苦しい、悲しいなどと言った合理的な反応を見せることが出来たのでしょう。

 ……もしかすると合理的な反応ではなく、あの個体が生まれ持ったものなのかもしれません。死に対する理解は、根拠に欠けるが妙な説得力のあるものでしたから。

 

──森の賢人、その異名も納得できるというものです。

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