閉幕.いつかどこかの終末手順


『通達。

 現時刻を以て当該世界の観測を停止。

 担当員は速やかに蔵書を破棄し、世界の終末を指示されたし』


 ──それは初めての連絡。


 けれど驚きはしない。それも私達に与えられた仕事の一つなのだから、いつか行う事になるのだろうと理解していた。

 この世界の担当となってから初めて行うアナウンス。受付に取り付けられた小さなマイクの電源を通すと、一瞬だけ響く小さなハウリング。


「──……現時刻を持ちまして当該世界は終了致します。

 一分後、全ての契約は解除され貴殿方の生命活動は停止致します。尚、停止の際には一切の苦痛は生じないことをお約束致しますので心安らかにお過ごし下さい──」

 マイクの電源を落とし、今まで結んできた全てのえにしを刻んだ帳簿の綴紐つづりひもを解く。解かれた帳簿は一枚、また一枚と空へ溶けるようにして消失していく。それと同時に、私の中のから消えていく彼等との記録。それはさながら水面に落ちて溶けるインクのように、薄まり霧散していく。そんな記録達を前に、私はほんの少しの名残惜しさすら感じられない。


 ──人間なら、こういう時にどんな感情を抱くのだろうか?


 ふと、浮かんだのは他愛のない疑問。何かを失う感覚は幾度となく経験し、記録してきた。

 ……いいや、失うというよりも処分してきたと表現するのが適切だろう。在ってはならないモノ、記録する価値の失われたもの、変質した魂。それらのような規定から逸脱したモノを記録から外し、淡々と処分してきたのだから。棄てろと書かれていれば何だって棄てる。命令であれば私達は自分自身だって処分する、私達はそういった存在なのだ。

 それに、理解できないものをトレースするほど私達の業務は少なくない。今この瞬間も、大崩落フォールダウンの危険性を発露させたこの世界を閉じるという仕事があるのだから。


「──観測境停止」

 卓上の小さな惑星模型を捉えたレンズへの動力供給停止。小さな警告音を響かせた途端、レンズから輝きが失われ幾重ものヒビが入る。

「──疑似天体停止」

 惑星模型の自転が停止すると同時に、施設全体が震える程の衝撃が走る。されど受付の彼女が気にする様子はなく、ただ自転を停止した惑星模型から色が失われるのを監視していた。

 美しい色彩と波紋を描いていた模型の表面は、燃える線香のように端から色を失っていく。そうして最後は灰色の球体へと変化し、細かな粒子となって消えてしまった。


 ──静まり返った施設の中、彼女がデスクプレートを裏返しその席を立つ。

 裏返されたプレートに金糸で記されたのは、終末の二文字。

 彼女は小さなトランクを手に、一度も振り返ること無く施設の最奥へ。そうして最奥の扉を閉じた瞬間、施設全体から一切の光が失われ、奈落を思わせる暗闇だけが残された。







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