短片.アインザーム,アルメ.リブラ_6403_07_24.


 ──Witch.

 魔女、ウィッチクラフト、人々は私を様々な言語で呼びます。


 今日もまた、私を捕らえようと多くの人間が山頂にあるこの施設に押し掛けて来ました。扉を打ち破り侵入してきたのは30名程の兵士、同じ意匠の鎧に身を包んだ彼等は私を取り囲み武器を携えて居ます。その中から一人の兵士が一歩踏み出し、大きな声で宣言しました。

「奇術によって村民を惑わす魔女よ、大人しく投降しろ。抵抗するようなら容赦はしない!」

「扉を破壊した上、魔女扱いですか」

「黙れ!」

男が私の言葉を遮る様に叫び武器を抜きその切っ先を私へと向ける。どうやら対話する意思はないらしい、男に続き兵士達が一斉に武器を構えた。

「全く、穏やかではありませんね」

 本を閉じ立ち上がろうとした瞬間、男が更に一歩踏み出し私の首筋へと剣先を当ててきました。

「両手を上げて膝をつけ」

 男の目は本気、大人しく従った方が良いのは確かでしょう。あの程度の武器で傷付く事はありませんが、蔵書に被害が及ぶのは避けねばなりません。男の指示に従い膝を着くと、背後から両腕を麻縄で縛られました。

「魔女を連行し、この館は焼き払え」

 破壊された扉を抜けた途端、男が周囲の兵士へ伝えた言葉に私は凍りつきました。

「お待ち下さい、館を焼き払うなんて──」

「奇術に関わりのあるものは全て焼き払えと指示されている」

「──そん、な」

 それは、それだけは阻止しなければ。施設はともかくあの蔵書を失うわけにはいかない、彼らを護るために私は在るのです。

「何故、そのような命令に従うのです!?」

 叫びに等しい訴えに、周囲の兵士達が一斉に私の方を向く。

「魔女の扱う奇術は禁忌、それを記した蔵書を焼き払うのは当然だろう」

 返された冷たく事務的な返答に膝の力が抜け、私はその場にへたりこんでしまいました。この人達は自分達が何をしようとしているのか、自分達が手を下そうとしているものが何なのか疑問を持っていない。

「貴殿方が……貴殿方が焼き払おうとしているものが何なのか、疑問を持ったことはないのですか?」

「怪しげな呪法だろう、そんなものに何の価値がある」

 鬱陶し気に私を一瞥した男は、周囲の兵士へ火の準備をさせる。

「貴殿方は精査する事なく、これらが怪しげなまじないだと何故断言出来るのですか!

 どうか、どうか焼き払う事だけは──がはっ」

 すがるような気持ちで男へと近寄った瞬間、蹴り倒されてしまった。

「──まったく煩い魔女だ、この場で処刑してやっても良いんだぞ?」

 冷ややかな言葉と共に、剣の切っ先が首筋へと当てられる。

「……貴殿方の行いは度が過ぎています、報いは必ず訪れましょう」

「ほぅ」男は私の髪を掴むと乱暴に持ち上げ、不敵な笑みを浮かべつつ顔を覗き込んできます。

「誰が俺達へ報いを与えるのだ、よもやお前とは言うまいな?」

 下卑た笑いを漏らす男の顔は酷く歪み、この光景を目にした他の兵士達も此方を見て笑っていました。この場にいる誰一人として自身が行おうとしている事を疑わず、私とこの館を焼くつもりなのだ。

 で、あるのならば────


「……ええ、私が罰を与えます」

 主様、私の行いに暫し目をお瞑りくださいませ。私はただの羊にあらず、羊を護るモノなのです。短刀と荒縄を以て害為すモノに抗いましょう──

「──今、な──ん──と──……」

 小型の何かが館から飛び出し、一筋の軌跡を残した瞬間に男の首はするりと落ちた。ざわめく周囲の兵士を他所に女が立ち上がると、再び何かが煌めき女の手を縛っていた麻縄が解ける。

「な、なにをし──」

 怯えながらも剣を抜いた兵士の体を縦に一閃、寸秒の間を挟むことなく左右に別れ多量の血液を吹き出す。吹き出した血は恐怖を伴って周囲の兵士を濡らし、その精神を犯していく。半狂乱となった兵士達の動きはバラバラ、泣いて踞るものもいれば、怒号を発しながら武器を矢鱈滅多に振り回すものもいる。

 そんな兵士達の間を超高速で飛び回る何かの軌道は縦横無尽、急停止に急発進、直角にも等しい急旋回と出鱈目であった。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……一体では効率が悪いですね」

 阿鼻叫喚の中にあって、彼女は眉根一つ動かすことなく兵士の数を数えていた。館に突入してきたのはおおよそ三十人、しかし外にはその三倍近くの兵士が居たのだ。

 既に十数人を殺害したとは言えこれでは時間がかかる、手早く処理しないと増援を呼ばれる可能性が出てしまう。


 彼女はその場で指をならし、四体の洋風人形ビスクドールを傍らへ転移させる。それらは全て空中で制止しており、見えない糸によって吊られているようであった。大きさは子供の頭ほど、白を基調としたドレスの上に黒鉄の鎧を着込んでいた。言うなれば鎧ドレス、実践向きでないのは明らかである。

 携えた武器も人形に合わせてダウンサイジングされた簡素な直剣や斧槍ハルバード洋弓銃クロスボウであり精巧な玩具に見えなくもない。

「──ただ惨めに死に果てろ」

 彼女が告げた静かな死刑宣告と共に、四体の人形が空を駆ける。最初の一体同様、四体の人形は滅茶苦茶な軌道を見せつつ兵士を狩っていく。

 悲鳴諸共両断される者もあれば、両足を撃ち抜かれ悶える間も無く首を飛ばされる者もいる。彼等は皆、なにが起こっているのか理解できずにその命を散らしていく。

 そうして半刻も経たない内に百を越える兵士達は物言わぬ肉塊と成り果てていた。増援の気配は無いと一安心仕掛けたその時──

「……あんな物まで用意されていましたか」

 大気を震わせるような咆哮と共に、全長七メートルはあろうかという人型の怪物が森の中から立ち上がる。

 怪物の名はギガース、知能は低いがそれを補う程の耐久性と怪力を兼ね備えた生きる対城兵器。その平均身長は五メートル前後、引き締められた肉体から放たれる一撃は小さな砦を簡単に破壊する。加えてカノン砲程度ではびくともしない、正真正銘の怪物だった。そんな怪物が鎧と鉄の戦棍メイスを手にしている。

 あんなモノを一体どこへ隠していたものかと気にはなるが、今は迎撃に徹するべきだ。あの怪物ギガースは真っ直ぐに館へと向かっているのだから。


 とは言え、あの人形達では火力不足。あれらは人斬包丁であって化物を斬る為の刃ではない、化物には化物をぶつける他ないと私は教わっている。

「……久方ぶりに、操るとしましょうか」

 彼女は再び指を鳴らし、対化物用の化物を呼び出す。

 地響きと共に降り立ったのはギガースと同等の大きさをした洋風人形ビスクドール、先程より活躍している小型の洋風人形同様の意匠を汲んでいる。小型のそれらと異なる点があるとすれば、大盾タワーシールド斧槍ハルバードを携えた上に防護兜フルフェイス・メットを被っている事くらいだろう。


 人形を視認したギガースが戦棍を振り上げながら走り、人形の頭部目掛けて振り下ろす。衝撃と共に巻き起こる砂埃と衝撃波、如何に武装した大人形とはいえ当たればただではすまないだろう。


 そう、当たればの話だが──


 響き渡る掠れくぐもった悲鳴、その主はギガースだ。大人形はギガースの一撃を横へ踏み込むことで回避し、がら空きの脇腹へ斧槍を突き立てていたのだ。怪物の反撃が来る前に即座に武器を引き抜き大盾で殴り付け、よろけた怪物の手を握りしめた戦棍諸共斧槍で貫く。次いで大人形は深く突き立てた斧槍を軸に相手の足を引っかけ、負傷した腕を掴み捲るようにして押し倒す。

 化物相手に放たれたそれは九鬼神伝流クキシンデンリュウ鎧組打ヨロイクミウチ鬼砕オニクダキと呼ばれる東洋の甲冑術──

 大人形は倒れた化物の胸板を踏みつけるとそのまま相手の頭部へと斧槍を突き立て、その生命活動を停止させた。引き抜いた途端、吹き出した鮮血は大人形と大地を濡らし山頂一帯を赤く染め上げる。


 この怪物が頼みの綱であったのか、山の麓からは兵士らしき人影が蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていく。

 残った人形を使って殲滅させても良いのだが、それではまた余計な戦を呼び込むことになるだろう。ならば此処を捨て、新たな場所へと蔵書カレラを移せば良い。



 その館の主人であった長身の女性は、絹糸を思わせる銀髪をなびかせながら六体の人形と共に何処かへと向かっていったという。

 その行方を知るものはどこにもなく、ただ願いを叶える不可思議な魔女がいたという伝承のみが細々と物語として語られるだけだ。







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