短和.平行に在りし日の綿津見達
「にっがぁ……」
「これはまた酷いな、姐さん」
──独特の形状をした瓜、通称ゴーヤのスライスを口にした二人の顔は酷いものであった。
事の始まりはスイがゴーヤを買ってきた所にある。
夏の盛り、連日の猛暑に二人はやや夏バテ気味となっていた。そんなある日、いつものように彼女が夕食の買い出しにと出掛けたのは行き付けの八百屋。そこで夏バテに良いものはないかと聞いた結果、店主から勧められたのだという。そこでオススメの調理法を聞けば良いものを、彼女はゴーヤの効能を聞くや否や飛んで帰ってきたらしい。
アルテも多少料理の心得はあるとはいえ、ゴーヤを使うのは初めてとの事。そんな二人は見た目が似ている
……ほぼ漬け込まず、浅漬けの原液に浸して揉みしだいたズボラ漬けともいう。
「青臭いし、苦い」
「浅漬けは駄目だったな」
散々な思いをしつつ、ゴーヤの浅漬けを平らげた二人の顔は
ズッキーニを参考に、やや厚切りにしたゴーヤをバターと共に炒め、軽く焼き目をつけてみる。
見た目と匂いは合格、かくしてその味は──
「アルテ……これは、駄目だ」
「うん、苦味が強くなっている気がするぞ」
バターの風味を以てしても青臭さは取りきれず、絶妙な不協和音となって味覚を痛め付ける。コショウや醤油をかけるも味は改善されず、またしても失敗に終わったようだ。
「中々手強いもんだなぁ、このゴーヤってのは」
「ぐうう……こうなったら調べるしかないか」
スマホを手にとり悔しそうな表情を浮かべる彼女をみて、彼はなんとも言えぬ苦笑いを浮かべていた。
「……始めからそうしろよって思ってるでしょ、アルテ」
「い、いやぁ……そんなこと…………ある……かも?」
わざとらしく目を細めて睨む彼女の視線を受け、彼は視線を逸らしゆっくりと後退る。それにあわせ、彼女もゆっくりと距離を詰めた。
「ごめん、ごめんってば!」
視線に耐え兼ね、遂に観念した彼は両手をあげて降参の意思を示す。しかし彼女はじっと彼を見据えたままである。
「……よろしい。
と言いたいけれど、私にも落ち度はあるしなぁ」
突如踵を返しそっぽを向いてしまう彼女の背中は、構って貰えずに拗ねている子供のようでもあった。
それからスマホで検索すること数分、二人はゴーヤチャンプルーを作ると決めたらしい。彼がスマホを片手に手順を読み上げ、彼女が調理を進めていく。そんな何時ものパターンであった。
「ほうほう……ゴーヤはなるべく薄くした方が苦くなくなるらしいと」
「なら、もう少し薄くした方がいいか?」
彼女は手を止め、彼へと厚みの確認をとる。彼女はその内の一切れを摘まむと険しい顔をしてスマホの画面と見比べていた。
「うーん……写真のよりは薄くなってるだろうし、大丈夫じゃないか?」
「オッケー、なら次は何をすれば良いのかな」
「次は卵と──」
──そんな具合で迷いながらも二人は調理を進めていく。しかしこの二人、料理において
「見た目、ヨシッ!」
「あ、うん……見た目はレシピ動画と一緒だな」
出来上がり、盛り付けの済んだ料理を指差し独特のポーズを決める彼女に冷やかな視線を送るアルテ。
「おや、もしかして現○猫をご存じない?」
「残念ながら」
知っているのが当たり前だと言わんばかりの彼女は、彼の反応に呆気にとられたような表情を見せ固まっていた。
「え、そんなにメジャーなのかよそれ」
「多分。私もよく知らないけど……人気なのは間違いないよ、ぬいぐるみとかRINEのスタンプになってるし」
「そりゃ凄いな」
「反応が適当過ぎやしないか、アルテ」
「いやいや、いつも通りだろ姐さん」
適当な相づちを返しつつ、配膳を済ませ食卓に着く。
「それじゃ、冷めない内に食べよっか」
「ん、そうだな……今度はどうだろう」
恐る恐るといった具合で口にする二人。
匂いは合格だったのだが────
「にっっっっっがっ!」
「こりゃまた強烈に苦いもんだ」
咀嚼し、飲み込んだ二人の口から出たのは同じ叫び。卵やもやし、その他諸々を以てしても苦味を緩和すること叶わず。中ワタも抜いたというのに、どうしてこうなってしまったのか皆目検討もつかない様子である。それでもどうにかして完食した二人は、いつになく疲れ果てていた。未だ残る苦味に顔をしかめつつ調理器具と食器を洗っていく。
「なぁ姐さん、どうしてゴーヤなんて珍しい物に手を出したんだ?」
「……夏バテにいいって聞いたから」
洗い終えた皿に残る水滴を拭き取る彼からの問いに、彼女は一瞬の間を挟んでから答えた。若干の違和感を覚えつつも彼は続ける。
「それならいつものように、豚肉と茄子のポン酢炒めでもよかったじゃないか」
「その……あれだよ、たまには別のものを食べたかったの」
「ふーん……まぁそんな時もあるか」
いつもより歯切れの悪い答え。これはなにか裏があると確信した彼は、皿をしまい終えた後に自身のスマホで検索をかける。
調べているのはゴーヤについてのあれこれ。栄養素はどんなものが含まれているのか、主な産地はどこになるのか、主流の調理方法はどんなものなのか……果ては花言葉にまで手を出す始末であった。しかし特にこれといって興味を惹かれるような物はなく、花言葉すらも強壮という面白味もないもの。
どうしても腑に落ちない彼は、後日一人で件の八百屋を訪ねることにした。
「やぁ、おやっさん。繁盛してる?」
「ぼちぼちだな。今日はお前さん一人か?」
品出しを終えた所だったのだろう、店主は腰を反らしながら会話を続けた。
「そんなところさ。
ところでおやっさん、昨日姐さんがゴーヤ買ってよな?
あれってどんな野菜なんだ?」
「あぁ、来てたぞ。
ゴーヤは夏バテ解消のスーパーフードだ。くっそ苦いが、その分健康にいいんじゃないかって中高年が買ってくんだよ」
「あの苦味は確かに効きそうだ」
「その様子じゃ上手く調理出来なかったみたいだな?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて店主は笑い、全くその通りであったとアルテは苦笑しつつ答えた。
「で、どうだったよ?」
店の奥を一瞥した店主がすっと距離を詰め、耳元でこっそりと囁いてきた。普段見かけぬ行動故に一瞬だけ身構えてしまう。
「どうだったって、何が?」
「どうってほら、あっちの方だよ。言わなくてもわかんだろ?」
「わかんねぇよ、おやっさん」
「察しの悪い奴だなぁ、おめぇも……こりゃあスイちゃんも苦労するわなぁ」
深い溜め息と共に肩へのせられる店主の手をそっと退ける彼の顔は小難しいものになっていた。
「そら姐さんにゃ色々苦労かけてるけど……本当になんなのさ、あっちの方ってのは」
「昨夜のスイちゃんを思い出して考えな坊主」
溜め息混じりの声で頭を軽く振る店主は酷く呆れた様子であった。彼は昨夜の様子を思い返すが、目立った変化があった覚えはない。暫く頭を捻るものの該当するような出来事は記憶になかったようだ。
「昨夜の姐さん……駄目だ、よくわかんねぇや。
取り敢えずありがとな、おっちゃん」
「ならなんか買ってけ、ニブチンが」
「おっとそう来たか」
「ったりめぇだボンクラ」
相変わらずだと思いつつ、彼が選んだのは瑞々しく張りのあるトマト。普段見かけるものよりも二周りほど大きいそれを二つ購入し帰路へと着く。
「ただいまー」
「おふぁえりー(おかえりー)」
居間に居たのは襟元のよれ始めたタンクトップと短パン姿の彼女で、その口にはアイスキャンディーが咥えられていた。
「そのトマトどしたの。しかも二つだけって」
「ちょいと通りかかりに八百屋でな。あんまりにも旨そうだから買っちまった」
「いいねぇ、冷やして丸齧りでもする?」
「ナイスアイディアだ、姐さん」
買ってかたばかりのトマトを冷蔵庫へと入れ、軽く汗を流して着替えてから居間へ戻る。彼女はといえば、扇風機の前に座り風を独り占めしていた。
「あ゛ぁ゛~……」
そして扇風機に向かって声を発している。その調子でワレワレハウチュウジンダー、なんてやるんじゃなかろうかと見ていたがそこまで子供ではなかったらしい。
「懐かしい遊びしてんなぁ姐さん」
「扇風機あるとさぁ、なんかやりたくなるんだよ。お前もやるか?」
「やらないやらない。
ところで姐さん、昨夜はなんで俺の布団に?」
ゆっくりと振り向いた彼女は、がっかりとした表情でかなり深い溜め息を吐いた。
「アルテはさぁ……ほんっとーに鈍いよなぁ」
「姐さんまで?」
彼女の見せた店主と同じような反応には流石に動揺を覚えたらしく、彼も不安気な表情を隠しきれていない様子だ。
「もうさ、濁さずストレートに誘えば良いの?」
「……まさか、そういうこと?」
「そういうことだよ少年。
まったく……何時まで経っても君は骨無しチキンなんだから」
「悪い……まじで気付けなかった」
申し訳なさそうに視線を伏せて頬を掻く彼。彼女はそんな彼の頭を軽く小突き、自身の胸元へと抱き寄せる。
「もう少し察しよくなれよ、アルテ」
「ウス……」
──その晩、二人がどうしたのかはまたの機会。
人の私生活など、あまり記録するようなものではありませんからね。
記録者……R.
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