短録.Revena's melon .


 自己の命を繋ぐために他の命を奪い、糧とする行為。それは動物である以上、避けては通れぬ行為であり背負うべき業の一つである。

 奪った命を残さず食べること、無駄の無いようにすることは奪った命に対する礼儀だと教え込まれた。だから私達は食料を無駄にはしない、可能な限り全てを使いきるよう努めている。


 地球は今、未曾有の危機に瀕している。今より数十年前、とある国で一人の女が異界への大穴を開けてしまったという。そこから溢れた魔素と呼ばれる物質は地球のありとあらゆるものを犯し、地表の動植物を変質させた。加えて海では名状し難い異形の化物がひしめくようになり、既存の生態系はあっという間に崩壊したのだ。

 故に人類は地下深くへとその生活基盤を移し、反撃の機会を伺いつつ新な命を手掛けた。

 その人類が手掛けた生命というのが私達、亜人種アドヴァンスである。亜人種には様々な系統があるが、私はその中でも初期に生まれた部類だった。故に異能はなく、魔素に耐性をもっているだけだ。現行の亜人種らのように直接的な戦闘能力はない為、今は人類の世話係を務めるに過ぎないひ弱な女が私だ。



 私は朝飯の配膳を済ませた後、飲料の再配と使用済み食器類の回収を行っていた。その中で一人、七歳前後の男児が食器を前に難しい表情を浮かべているのを見つけた。

「──……食事中、失礼致します造物主様ごしゅじんさま。もし、お体に不調があるのであればお申し付けをお願い致します」

「あ、う……ん」

 断りを入れ様子を伺うも、外見上特に目立った変化は見られない。彼の前に並べられた食器を見ると、特定の野菜が手をつけられる事なく残されていた。もしや、彼は何かしらのアレルギー疾患を持っているのだろうか?

 だとすれば医務担当の者へ連絡する必要があるだろう。食事の場において携帯端末を使用するのは行儀の良い行いとは言えないが、食品アレルギーは命に関わる可能性があると教えられている。

 医務官へ連絡を取る為、ホワイトブリムに取り付けられたインカムへ手を当てかけた瞬間、男児に止められた。

「ち、違うんだお姉さん……僕、これが苦手っていうか……その……初めてだから、食べるのが……恐くて」

「恐い……ですか」

 予想外の訴えだった。男児は落ち着きの無い様子で辺りを数度見渡すと、此方に耳打ちをしてきた。

「だからお願い、お姉さん。

 このお野菜、大人たちに知られないよう捨てて欲しいんだ……」

「お言葉ですが造物主様、それは……」

 恐いという理由で棄てられては困る。食料事情は改善され、先日はささやかなセレモニーが開催されたとはいえ完全な飽食の時代という訳ではない。廃棄する程の食料などは無いし、今残されているのは嗜好品とも言える食物なのだ。

「お願い、お姉さん」

「……ですが、その」

 男児は尚も食い下がる。残すのはいけないことだと叱れば良い話なのだが、子供とはいえ相手は造物主だ。数在る披造物の一人である私が意見し、あまつさえ叱るなど畏れ多い。

 かといって彼の要望を叶えれば食料不法投棄の罪で投獄、最悪の場合は慰み者として造物主の相手をさせられる可能性がある。代わりに食べると言う手段もあるが、その場合は食料横領罪を課せられるだろう。どう説明すれば、納得して食べて貰えるのだろうか……しかし、あまり長く時間をかける事は避けねばならない。決められた時間内に食事を済ませるよう、必要な補助を行うのも私達の職務なのだ。

「……造物主様、一つお話させて頂きたいのですがよろしいでしょうか」

「え……? うん、いい……けど」

 意を決して、言葉を選ぶ。震えそうになる身体を必死で押さえ込んで話を始めた。

「本当に、心の底から食べたくないと言うのであれば、私は貴方様のご希望通りこれを廃棄致します……そして、お言葉ですが私達とは違い、貴殿方あなたがたはその選択を許されている側なのです。

 ですが少しだけ、ほんの少しだけ考えて頂きたいのです。

 その食物、メロンは植物ですが一つの命に代わりありません。意地の悪い言い方になりますが、貴殿方の食事となるためにその命を使いました。

 食べられる為にそこに在るのです。なのにそれすら叶わぬというのなら、その命は何の為に摘み取られたのでしょうか……」

 男児に目立った反応はない。

「……すみません、出過ぎた真似を」

 話を終えた後、男児は私の顔とメロンを交互に見つめている。なにかを言いたげではあるが、何を言うでもない。その顔に浮かぶのは困惑か、それとも別の何かか……私にはよく分からなかった。

「それではこれにて失礼致します。

 邪魔をして、申し訳ありませんでした」

 逃げるようにして私はその場を離れた。他の創造主が使用した食器を片付け、半刻程経った頃に男児が利用していた席へ向かう。


 ──そこに男児の姿はなく、机には配膳トレイだけが残されている。そして載せられた食器には、なにも残されていなかった。

 ……私の言葉が届いたのだろうか?

 そうであれば、嬉しく思う。残された食器に手を付けた時、食器の下にある一枚の紙切れを見つけた。拙い字で記されているのは部屋の番号と思わしき七桁の数字、加えて小さく記されているのは来て、と言う二文字。その隣に描かれた絵はメロン……だろうか?


 私は全ての業務を片付けた後、食材管理班長へ交渉し一つの小さなメロンを融通して貰った。柔らかな布で包んだそれを手に、記された部屋を訪ねる事にする。

 ……一介の給仕係が造物主らの部屋を訪ねるなど、正直言って愚行だ。けれど何故だか会う必要がある、会わねばならない気がしていた。

「すまない、7935室にいる少年にメロンを届けたいのだが」

「……レヴナか。お前がそういう頼みをするなんて珍しいな」

「自分でもそう思う……それで、頼めるだろうか?」

「この時間帯ならまぁ、なんとかなるか。

 しかしあまり時間をかけられると難しい……まぁ、一時間が限度だな」

 そう言って彼は懐から小さな時計を取り出すと、なにやら操作を加えた上で手渡してきた。表示画面ディスプレイには52:28と表示され、一定のペースで数字は減っている。

刻限リミットの五分前に鳴るようにしてある。お前なら五分もかからんだろうが、一応な」

「……助かる」

「帰りに返してくれれば良いさ。

 ……気を付けろよ、レヴナ」

 私は守衛に礼を告げ足早に目的地へと向かう。今は消灯時間間際、故に出歩く人は居ない。もしもこの時間帯でなければ、守衛の彼が通行を許可しなかっただろう。

「ここだな」

 目的の部屋は守衛室からそう遠くはなかった。私が部屋の扉を軽く数回ノックすると、すぐに扉は開けられた。中から現れたのは件の男児と、その父親と思わしき男性。

「息子から話は聞いております。

 ……人目につかぬ内に、早く中へ 」

「お姉さん、早く早く」

「あ、……ちょっ」

 二人に急かされ、私はろくな挨拶も出来ずに引き込まれた。私が玄関を潜るや否や、息子は玄関を手早く施錠してみせる。そうして通された居間は、想像していた物とは正反対の非常に質素なものであった。

「私のような者を招き入れたとあっては──」

「──構いませんよ。

 それよりもすみません、息子の我儘でこんな事を」

「ごめんなさい、お姉さん」

 呆気にとられたのも束の間、私を先導していた父親が息子と共に私へ頭を下げてきたのだ。有り得ない、あってはならない事に一瞬思考が停止してしまう。

「お────、お止めください造物主様ごしゅじんさま……!

 そんな、私のような者に頭を下げるなど、あってはなりません。それに謝るのは私の方で御座います。この様な時間帯に突然訪問するなど、非常識な振る舞いをお許しください」

 精一杯それを止めて頂けるように、言葉を選んで伝えても二人は頭を上げなかった。他人に、それも造物主に頭を下げられたなんて知られたら、それこそどんな罰を与えられるのかわからない。

「これは息子が望んだこと、貴女が謝る理由にはなりません。貴女に迷惑をかけた、悪いことをしてしまったのですから謝るのは此方です」

 そんな言葉と共に再度頭を下げられてしまう。平静を装ってはいるものの、内心もうどうすれば良いのかわからず焦燥感だけが膨らんでいく。

「ですが……ですが、私達は立場が異なります!

 造物主かみ披造物くぐつに謝るなどあってはなりません……私は貴殿方に仕える身なのです。何をされたとしても私達は受け入れます、許します。だからどうか、顔をあげて頂けませんか……!」

 手にしたメロンを抱えたまま膝をつき、額を床にぶつける勢いで訴えた。

「この通り、どうかお願い致します。私のような存在ものに謝らないでください……!」

「そこまでしなくて良いですよ、給仕さん。

 だから顔を上げて下さい」

 彼の驚いた様な声に、私は反射的に顔を上げる。目前にあったのは、心配そうな顔で此方を見つめる二人の顔。

「も、申し訳──」

「謝らないで下さい、給仕さん。

 貴女に謝る理由はないのだから」

 反射的に口をついた言葉に被せられた言葉には、今まで向けられることの無かった感情が籠っているようだった。

「……ですが、その」

「そうだよお姉さん」

「この子の言うとおり、だから立って下さい。

 それにお互い、あまり時間は無いのでしょう?」

「──そう、ですね」

 突然の出来事、未経験の連続で忘れかけていたが私達には時間がない。急ぎ立ち上がり、手にした包みを開き彼へと差し出す。

「申し訳ありません。

 その、私ではこの程度のものしかご用意出来ず……」

 差し出された物を見た彼は、驚いた様な表情を見せ息を飲む。もしや私は、あの手紙の内容を読み違えたのか?

「──……いいえ、そんな事はありません。

 ありがとうございます、給仕さん」

 感謝の言葉と共に彼の頬を伝う涙に、私は面食らったような気分だった。あの声音こわねは喜んでいる人のそれだが、なぜ涙を流すのだろう。もしや、なにかしらの病気なのだろうか?

 逡巡し始めた途端に感じた下半身への衝撃に視線を下ろすと、そこに居たのは息子だった。

「突然、どうされたのですか」

「本当に持ってきてくれたんだね……ありがとう、お姉さん!」

 戸惑うばかりの私に伝えられた感謝の言葉は、私を更なる混沌へと誘う。この二人はなぜ、私のようなものに斯様な言葉を下さるのだろうか。長年給仕として造物主かれらに尽くしてきたが、この様な経験は無かった。「ありがとう」という感謝の言葉、そのたった五文字の言葉さえ贈られた記憶はない。


 ただそんな事はさして重要ではない、この親子は何を思ってメロンを欲したのだろう。造物主様かれらであれば大抵のモノは手に入るだろうに、一介の給仕係でしかない私へ頼むのも不思議だ。

 ……しかし、そんな事を訪ねて良いのか?

 披造物くぐつ造物主おやの意思に疑問を抱くなど、原則許されるようなものではない。

「給仕さん、聞きたいことがあるんですよね」

「っ、いえ! そんな事はありません!

 貴殿方に疑問を抱くなど……」

 此方の意図を見透かした様な内容の質問に、心臓が跳ね上がったような感覚を覚えた。かきたくない類いの汗が、じんわりと背を濡らしているのがわかる。

「給仕さん、貴女のお名前をお聞きしても?」

「レヴナントと申します。

 造物主様ごしゅじんさまのお好きなように、お呼びください」

 震えそうになる声を必死に抑え、自らに付けられた符号なまえを答える。

「では、レヴナさん」

「はい」

「どうして今頃メロンを栽培したのか、わかりますか?」

「……申し訳ありません、浅識の私には理解しかねます」

 実際その理由について、全く以て想像がつかなかった。メロンは栄養価が高いが、如何せん栽培コストは高い。また安定した生産も難しく、他の野菜に比べて生産数も少ないと言うことで長らく栽培リストから外されていた。そんなメロンを栽培する運びになった理由について、誰も知らなかったし疑問に思わなかった事を思い出した。


「これは一つの記念品なんですよ、レヴナさん」

 一体、なんの記念なのだろう。過去人類の崇めた神の中には特定のものを要求したらしいが、メロンを要求するモノは居なかった気がする。

「植物、特に花を咲かせるものには象徴的な意味を与えられていることがあります。花言葉と言って、レヴナさんが持って来てくれたメロンにもあります。

 その意味は──……」

 小さな電子音が彼の言葉を遮った。

 ……定刻五分前の警告アラート、彼の話をもう少し聞きたいところだが諦めるしかない。今の音の意味を、彼もわかっているようだった。

「……時間、ですね」

「はい、申し分ありません。

 お話の途中ではありますが、刻限となってしまいました。これ以上の滞在は御二人にも多大な迷惑をおかけする可能性がありますので、失礼させていただきます。

 ……身勝手な振る舞いをお許し下さい」

「いえ。また何処かでお会いした時には、ゆっくりと話しましょうね」

「身に余るお言葉、感謝致します。

 それでは失礼致します」

 二人に頭を深々と下げ、足音を極力立てぬよう急ぎ玄関へと向かう。玄関を解錠し振り返り、再度頭を下げてから父子の部屋を後にする。

 手にした時計の残り時間は二分程度、充分に間に合う時間だった。後は誰にも見られないよう守衛室へ向かうだけ、闇夜に紛れて行動するのは馴れたものだ。

 結果として、行きと同じように誰の目にも止まることなく守衛室へと到達することが出来た。


「時間ギリギリだな、レヴナ」

「あぁ、思ったよりも楽しくてな……これがなければ危うかった。ありがとう、ネル」

 小さな時計を看守のネルへと返す。表示画面には00:01と表記されていた。

「役に立ったのならなによりだ。

 それよりもお前、感情があったんだな。お前の口から楽しい、なんて言葉を聞ける日が来るとは思わなかった」

「そうだな、自分でも驚いている。

 ……ところでネル、お前は花言葉に詳しかったりするか?」

 私の言葉に彼は呆気にとられた表情を見せ、数度瞬きを繰り返した。

「……知らないのならいい、今の話は忘れてくれ」

「いや、幾つかは知ってるさ。

 知りたいのはなんの植物だ、言ってみろよ」

「メロンだ」

「メロン?

 そりゃ、たわわに実ったアレだよ」

「……たわわに実ったアレ、とはなんだ?」

 私の質問に対し、彼はおもむろに手を伸ばすと私の胸を揉んできた。ゴツく節くれ立った指は私の胸を遠慮なく揉みしだくが、下着が痛むので止めて欲しい。もしやメロンは乳房の事だという事なのか?

「もしや胸の事なのか?」

「そうだが……お前、怒らねぇのか」

「ネル、私がお前に怒る理由はないが普通は怒るのか?」

「人と場合によるな、大体はビンタの一発でも飛ぶもんだよ」

 そう言った事を教育された記憶はない。胸を触られる程度の事は幾度もあったし、単なるボディタッチだと思っていた。今後は注意……まぁ、彼相手ならビンタの一発でもしてみるか。

「そういうものか……だがしかし、それでは違和感がある。乳房の他に意味はないのか?」

「違和感?」

「そうだ。造物主様かれらはメロンを記念品だと言っていた」

「記念品……あぁ、そう言うことか」

 彼は納得したような顔で軽く手を叩いた。

「レヴナ、最近あった祭を覚えているか?」

「……忘れる訳ないだろう、あの日は流石に倒れるかと思ったんだからな」


 あの祭と言うのは、先日行われた食料生産プラントの開設祝いの事だ。安定して大量生産が可能な類の野菜しか栽培されて来なかったが、このプラントの開設により嗜好品種の栽培が可能になったのである。

「あの日は大忙しだったもんな」

「二度は御免だと思ってはいるが……まぁあの様なまつりごとは好ましいからな、なんとも言えん。

 それであの祭となんの関係性があるんだ?」

「あの祭で施長しちょうが飽食時代の幕開けだと言ってただろう。それで飽食の花言葉を持つメロンを栽培することにしたんだとさ。

 それ以来、メロンを幸せの象徴として造物主かれらは扱っているんだ。だから記念品といったんだろう」

「そうか……長々とありがとう」

「まぁ胸を触らせてもらったしな」

「……あぁ、そうだったな」

 忘れかけていた。

「此度の礼だ、受け取れネル」

「え……──ぐはっ?!」

 手を振りかぶり、彼の頬目掛けて平手打ちをかましてやる。肉を打つ感触と音、次の瞬間彼は吹き飛び後方の棚にぶつかった。大きな物音を立てて棚は崩れ、彼は落ちてきた物の下敷きになってしまう。


「ってえ~……!

 ちったぁ加減をしろ、バカ」

「女の胸を揉んだら叩かれると言ったのは、お前だろうネル?」

 這い出て来た彼の手を取り立ち上がらせると、彼は埃を払い溜め息を一つ吐いた。

「そりゃあ確かに言ったがよぉ……お前、自分がなんなのか考えた上でやれよな。俺じゃなきゃ死んでるぞ、全く」

「私はひ弱で可愛い給仕めいどさんだ。

 この程度でやられるなんて情けないぞ、ネル──」




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