短録 猫



 ”A black cat crossing one's path by moonlight means death in an epidemic .“



 随分と勝手な事を言うものだと我々は思う。


 海を越えた仲間からの手紙にあったが、斯様な迷信を産み出したのはアイルランドの異人達らしい。


“月夜に黒猫が横切ると、横切られた者が流行り病で死ぬ”


 そのような世迷い言を伝える者達も居れば、イギリスの紳士達は黒猫を幸運のシンボルとして信じていると言う。

 同じ種族であるにも関わらずどうしてこうも真逆の印象を持ち得るのか、我々がそれを理解出来る日が来るとは思えない。


 ニンゲンは我々の事を自由奔放な生き物だと言うが、我々からすればニンゲンの方が余程自由奔放な存在だと思う。社会常識など、我々よりも多くの誓約に縛られているがニンゲンは我々にはない自由を持っている。


 ……なに?

 わからないだと?

 それでも貴様はニンゲンか。


 ──それは想像する自由だ、忘れるなニンゲン。


 在りもしない存在を作り上げ、物語を綴りあらゆる感情を呼び起こす。貴様らには我々のように鋭い爪も、牙もないがそれに負けず劣らずの想像力という強みを持っている。


 効率良く樹を切る為に回転式電動鋸チェーンソーなる物を生み出し、空を飛ぶ為に飛行機と呼ぶ鉄の塊を作り上げた。他には航空力学や流体力学、熱化学反応と枚挙すればキリがない。


 貴様らはその想像力を以て文明という新しい理を作り出した。夜は暗いものだという理を、貴様らは光を生み出す事で覆した。我々が恐れていた火を扱う事で宵闇を退け居場所を作り出したのだ。


 お陰様で我々のような化物ミディアンには住み難い世界となったが、それは仕方ない。我々には世界の理に抗う自由はなく、それを叶える想像力もなかったのだからな。


 とはいえ、感謝もしているのだよニンゲン。


 貴様らの想像力がなければ、我々のような化物が実体を持つことは出来なかった。我々を産み出したのはニンゲンの持つ想像力なのだよ。


 在りもしない存在を物語として綴り、世に広めたのだからな。

 闇夜に歩く我々を、只の猫から化け猫へと変えたのも君達の想像力があってこその事象だ。

 こうして言葉を交わせるのも、貴様らのお陰だ。


 我々のような化物を産んでくれて有り難う、ニンゲン。願わくばこれからもその自由な発想、想像力で我々を認識して欲しい。

 君達が想像し続ける限り、我々は存在し続けられる。君達へ迷惑をかける同胞も居るかもしれぬが、まぁそれはお互い様として見逃してくれ。



 ……今宵はこれにて失礼するよ。



 ──────ニャー。


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