本編
短録 勇者
──ふと、思った。
私がここで、ひまわりの世話を初めてからどれ程の時が流れたのだろうかと。
昔はひまわりを育てている暇なんてなかった、いつだって人間達が私の事を殺そうとしてきたからだ。
私は魔族の中でも特に魔力が高く、気が付けば魔王として扱われるようになっていた。
別になにか悪いことをしたわけでもなく、ただ生きる為に必要だから狩りをして、山の幸を採るだけの生活をしていただけなのに。
ただの一度だって私から人を襲った事はない、人の飼っている家畜にだって手を出さなかったのに──
なのに彼らは私を、殺そうとしてきた。
だから、本当は嫌だったけど。
仕方なく殺した。
初めて人を殺した日の夜は眠れなかった。自己防衛とはいえ人を殺したのだ、許される訳がない。
人を殺した事への悔恨と、また襲われるかもしれないという恐怖は暫くの間私を苦しめ続けた。
一人目を殺してから数日して思った。
場所が知られた以上、ここにいてはいずれまた襲われる。
だから私は両親と暮らした岬にある家を離れ、放浪の旅に出た。勝手のわからない土地を転々とし、極力人と関わらないようにして逃げるように生きていた。
そうする内に知ったのだが、人間は自分の力が及ばない存在が怖いと言う。だからなにかと理由を付けて迫害し、その存在を無きものにしてきた。
──なんて身勝手な理由なのだろう。
そう思ってからは、どこか吹っ切れてしまった。私は悪くない、向こうが勝手に恐れて、勝手に向かってきただけ。私の行いにはなんの罪もない。
それから程なくして私は岬に建てられた家へ戻り、以前と変わらない暮らしを始めた。
まずは雑草が生い茂ってしまった庭の手入れを行い、そこであるものを見つけた。
──口より上を失った人間の白骨死体。
その手に剣を握り締めたまま白骨化したそれは、私が初めて殺した勇者のものだった。それを思い出し、私はあの日から数十年の月日が経っていることに気づいた。
だがどうということもない。それだけの時が経っているのなら、私の事も忘れられていてるだろうと内心安堵していた。
しかし平穏は続かず、定期的に勇者を名乗る人間は私に挑んできた。私は常に1人、勇者は仲間を引き連れて向かってきた。
どの勇者もそれなりの実力を持っていて、私は正直驚いた。中でも驚いたのは、私達魔族が得意としていた魔術を習得していたということ。そしてその魔術を彼等なりに工夫し、私達が知らない魔術を使う者すらいたのだ。
──だけど、その全ては私に通じなかった。
卓越した剣技も魔術も当たらなければ意味がない、当たった所で致命傷には至らず、擦り傷程度にしかならなかった。
なのに相手は私が触れるだけで裂け、絶命する程度の存在。ワンサイドゲームが
それでも私は人の暮らしを犯したりはしなかった、私を殺そうとしてくる奴らだけを殺した。
私の生活を犯そうとする存在にだけ、この牙を向けた。
それでも時折、子供や老人が迷い混むことはある。獣に襲われていれば助けたし、怪我をしていれば応急措置も施した。それから人目のつかない時間帯にこっそりと、送り届けてやったりもした。
──私はもう、人と関わらなくなって長い。人里から遠く離れたこの岬に建てられた家に住み、ひまわりの花を育て続けている。あの人が好きだったひまわりの花を、延々と粛々と育て続けていた。
それはいつしか小高い丘を埋め尽くす程に広まり、私一人の手では世話が追い付かなくなり始めている。ひまわりの咲き誇る小高い丘のその中心に私がただ一人、認めたあの子が眠っている。
──私の友人、それは最弱の勇者。
歴代の勇者と同じように選ばれた存在らしきその子は、私を倒す為にここまでやって来た。これまでの勇者とは違い、たった一人で向かってきた。
身なりははっきり言ってお粗末、草臥れた革鎧はサイズすらあっていなかった。身につける衣服も継ぎ接ぎだらけで、肢体は酷く痩せ細っていた。顔立ちも少年、というよりは少女のそれだ。もしかしなくともこの勇者、女児か?
剣の技もなく、その動きは児戯に等しい。あれでは自らの攻撃で怪我を負いかねないと、敵であるはずの此方が心配すらした程だった。
私も私で、いつものようにさっさと殺してしまえばよかった。けれどそれよりも、この子の事が心配になってしまった。
なぜ──そう思ったのか。
それはあの子が動く度、衣服の隙間から覗く身体に青痣が見えたからだ。剣を振るうも、本気で相手を斬ろうとしていない。嫌々やらされているような、そんな気配があった。
「──きゃっ!」
だから私は、その子の細腕から剣を取り上げた。取り上げた剣は刃こぼれが酷く、とても戦いへ赴く者が持つものではなかった。
こんなナマクラしか与えられないなんて、この子は一体なんなのだろう。
……気になって仕方ない。
「どうして君はこんなナマクラで、たった1人で私に挑むんだ?」
「それは……わた……私が、勇者だからだ!
け、剣を返せ、魔王めっ!」
そう吠える子の足はまるで生まれたての子鹿のように震え、私を見据える目にはうっすらと涙を浮かべていた。
「ひっ……!」
「ほら、返しただろ」
返すために投げた剣は子のすぐ脇、拳一つ分の隙間を開けた地面に突き刺さっていた。この一投で完全に腰が抜けたのか、ペタんと座り込んだまま自称勇者様は動かなくなってしまった。
「……はぁ、なんなんだ君は。
装備はボロクソで剣もナマクラ、枯れ枝のような貧相な身体でよく挑んできたもんだよ」
「うる……さい、うるさい!
やらなきゃ、ダメなんだ……私が、私しか居ないんだから!」
泣きながら立ち上がり、剣に手をかけて引き抜こうと奮闘する自称勇者。暫く見守っていたが、その剣は一向に抜ける気配を見せなかった。
「こんっの、ぬけ……てよっ!」
「ねぇ、まだやる気なの?」
「うるっさ……い!」
奮闘を始めてもうどれ程経ったか。途中途中で休みながらも決して諦めず、自称勇者が剣を引き抜こうとするのを一時間は待った気がする。
「まぁ好きなだけ頑張ればいいさ、自称勇者様。
抜けたら呼びに来てよ、私はお昼ご飯作ってるからさ」
そう言い残して私は家へと戻り、昼食の準備に取りかかる。今朝採ったばかりのトマトでトマトソースを作り、小麦粉とジャガイモを練り合わせた団子を茹でそれに絡める。
これは昔助けた老婆から教わった料理の1つで、たしかニャッキ……じゃなくて、ニョナントカというアレだ。
「……む、作りすぎたか?」
皿に盛り付けてから感じるのも変な話だが、明らかに多い。ちょっとした山になって、尚且つ普段使っている皿からはみ出そうなくらいはある。
捨てるのは論外、しかし作った以上は早めに食べないと傷んでしまう。
どうせまだまだ頑張っているだろうから、あの子にでもくれてやろうか。ニャッキだかニョッコだか忘れたソレを、二つの皿に等分してからあの子がいるであろう庭へ戻る。
思った通り、自称勇者様は地面に突き刺さった剣を相手に格闘中だった。
「ねぇ自称勇者様、一度休まない?」
「い、や……だっ!」
「ご飯もあるよ?」
「……」
「作りたてだからねぇ、温かいよ?」
「……いく」
「それじゃあおいで、さぁさ早く」
自称勇者様を椅子へと座らせ、テーブルに昼食を並べる。並べるといっても、メインディッシュのニョナントカとフォークだけなのだけど。
「い、いただきます」
「……なにそれ?」
いざ食べ始めようとしたときに、自称勇者様は両手をあわせて軽く頭を下げていた。それにいただきます、とはなんだろうか。聞いたことがない。
「魔王のお姉さんは、知らないの?」
「その……イタダキマス?とやらはなんだい」
「……ご飯になった、命に感謝するお祈り……みたいなものだよ。食べ終わったら、ごちそうさまっていうの」
「そうなんだ……面白い事をするんだね。君たちって」
「えっと、ふつうだよ……?」
「むぅ……なんだか気になるな。他にもそういう、お祈り?のようなものはあるのかな。
あれば教えてほしいんだけど……」
「……ふふっ」
「な、なんだよ……笑うなんて酷いな」
「ご、ごめんなさい。なんだか、普通のお姉ちゃんみたいだなって……」
「よくわかんない子だね、君は」
他愛ない会話を挟みつつ済ませた昼食はいつもより美味しいように思えた。自称勇者様もお気に召してくれたようで、子犬のような緩みきった笑顔のまま椅子に腰かけている。この子、なかなかどうして可愛げがあるじゃないか。剣を握るよりよっぽど良い。
「ねぇ、キミはどうして勇者なんかやってるんだ」
「……私ね、勇者の一族なの。
この左手をみて、魔王さん」
子はそう告げると、左手に巻かれた薄汚い布を外して此方へと見せてくる。そこには確かに、勇者の印と呼ばれるものが彫られていた。
「……なるほど、本当に勇者だったんた。
疑って悪かったよ」
「い、いいのよ魔王さん……私……こんな身なりだけど女だし、弱いし……本当はもっと、強くなれたら良いんだけど……」
やはりというかそう言うわけだ、要するにこの子は何らかの理由があって邪魔な存在なのだろう。
しかし邪魔だからといって殺す訳にもいかない。だから偽物の勇者の印まで彫って、勇者へと仕立てあげ魔王討伐を命じた。誰が望んでいるのかは知らないが、邪魔者であるこの子を私に殺させようとしているのだろう。
とても──不愉快だ。
「ねぇ魔王さん、お願いがあるのだけれど」
「お願い?」
「私を、鍛えてほしいの!」
「……はぁ!?」
頭がイカれているのか、本気で疑ったよ。倒すべき相手である魔王に、事もあろうか勇者が弟子入りしたいというのだから。
「おかしいのは重々承知してるわ。
けど、村の皆は私を鍛えてくれないの……親戚も、親もいない私には……頼る相手が居ないの」
「だからって……魔族、事もあろうに魔王に師事を求めるなんて駄目だ。
自分の立場を考えてから相手を選べ!」
「お願い!」
「駄目だ!」
「なら、ここで殺してよ!」
「どうしてそうな──」
「どうせ、村に帰っても痛い思いをするだけ。
小さな魔物一匹殺せない、落ちこぼれの私にはもうなにもないの!
だからお願い、私を鍛えて……私に力を頂戴、1人で生きられる強さが、欲しい……」
悲痛な訴えだった。痩せ細った手足と無数の痣、この子は大層酷い目にあってきたのだろう。しかしこの子は人間で、紛い物とはいえ勇者だ。魔族である私に師事を願ったと知られたら、なにをされるかわかったものではない。
けど、このままでは近い内に命を落とす。確実に命を落とすことになる。
助ける義理なんてない、けれどこの子は私の知る人間とは違うような気がしてならなかった。
「……わかった、引き受けよう。
けれど約束を守ってほしい、それを守れなかったら私はキミを見捨てる。場合によっては殺す。
それでもいい?」
我ながら馬鹿だとは思う、こんなのただの気まぐれだ。それに、ちょっとキツイメニューを組んでやればすぐに根を上げるだろう。大人ならまだしも、こんな枯れ枝のような女児だ。
「いい、それでもいいわ……!
ありがとう、魔王さん」
「やめてくれ、勇者が魔王に礼をいうなんて……」
「おかしくないわ、魔王さん。人が魔族に感謝の気持ちを持っちゃいけないというの?」
「いや、そうとは言ってない……」
「なら良いじゃない、ありがとう魔王さん」
「というかその魔王さんというのはやめてくれ、なんだか落ち着かない」
「なら名前を教えてくださいな、魔王のお姉さん」
「私の名前はマリーナだ、たしか……ラズベリーっていう意味らしい」
「素敵な名前じゃない!
私はソレイユ、ソレイユっていうのよ」
自分の名前を言いながら、どこか恥ずかしそうに笑うソレイユ。つられてこちらの頬も緩んでしまいそうだ。
「よろしく、ソレイユ」
「ええ、よろしくお願いします。
マリーナお姉さん」
それから毎日、私は彼女を鍛えた。
子供が行うにはキツイメニューばかりを組んだというのに、彼女は決して諦めなかった。
此方が止めなければ身体を壊すまでやり続ける、そう確信するまでそう時間はかからなかった。
彼女を鍛える上でまず気になったのは、魔術の才能が皆無ということ。なので体術を教え込むことにした。
そうして泥だらけの傷だらけになりながらも、彼女が諦めることは無かった。何度叩きのめしても、気絶するまでは何度も立ち上がった。
そんな苛烈な修行に耐えること三年、彼女は見違えるような強さを手に入れた。今では大型の魔物を単独で狩れる程となり、村での扱いも変わったそうだ。収入も安定しており、生活もかなり充実してきているのだという。
勇者に恥じない実力を身につけた彼女には、回ってくる仕事も増えた。
人の頼みを断れない彼女はそれに応える為に毎日働いたよ。私とは週に一度しか会えなくなっていたけど、それでも良かった。独りで生きていたあの頃に比べて、何倍も楽しいのだから。
両親と暮らしていた時と同じように、私の心は満たされていった。
──私だけが満たされていったんだ。
鍛え始めた頃は鬱陶しくて仕方なかったけど、今では彼女の来訪を心待ちにしている自分がいる。
今日は彼女が来る予定の日、だというのに雲行きが怪しい。折角庭のひまわりが綺麗に咲いたのにこれでは台無しだ。
降ってしまったらきっと寒くなる。冷えてしまうだろうから、今日は暖かい紅茶でも淹れてあげよう。最近彼女に教えてもらったお菓子も充分美味く作れるようになった。見た目だって綺麗に出来ていると思う……出来ているよね?
──しかし、約束の時間になっても彼女は姿を見せなかった。
とうとう雨が降り始め、この時期には珍しい雷雨となった。窓ガラスを打ち付ける雨音が耳について仕方ない、ふと目をやった先に人影が見えた。
この豪雨の中、傘も差さずに突っ立てっているそれは彼女だった。気がつけば身体は動いていて、私は雨に濡れるのも構わず駆け出した。
「ソレイユ、どうしてこんなところで傘も差さずに立っているんだ?
早く家へ入ろう、これじゃあ風邪を引いてしま──っ!?」
前触れもなく訪れた腹部の激痛に数歩、後退り膝をついた。腹を押さえながら見上げた彼女の顔は、うつむき雨に濡れてよくわからない。
その手に握られた銀の短剣は微かに赤く濡れ、小刻みに震えていた。
間も無くそれは彼女の手から離れ、地面に突き立った。
「ソ、レ……イユ……、なぜ……こんな……」
「ごめんなさい、ごめんなさいマリーナ……」
腹の痛みを堪えつつ立ち上がり、彼女の肩を掴む。ようやくあげられた彼女の顔は、酷いものだった。色んな感情がごちゃ混ぜになって、何がなんだかわからなくなっている見慣れた顔。
「なにか、理由があっての事なんだろう?
そうなんだよね、ソレイユ」
「……ごめんね──」
──寂し気に彼女が笑い、雷鳴が辺りを照らした。
胸を突く衝撃と共に、彼女がもたれ掛かってくる。揺すっても返事がない、彼女の背に回した手に感じたのはヌメっとした生暖かい液体。
「──ソレイユ……?」
何がなんだかわからなかった。
雷鳴かと思ったそれは、誰かが弾丸を放った音だということも。ソレイユを撃ち抜いたのが、彼女の仲間の人間だったということも。
全部、嘘であってほしかった──
「……駄目、死なないで、死なないでよソレイユ!」
私は無我夢中でソレイユを抱えて走った。背後で人間共が叫んでいたけど、雨音に混じってとても恐ろしい何かに聞こえた。
飛んでくる銃弾がソレイユに当たらないように必至で守った。逃げる間に何発撃たれたのかは知らないけど、私の身体は問題なく動いてくれた。
やや疎ましくも感じていた頑丈な魔族の身体に、初めて感謝したと思う。
岬から離れ、山の方へ逃げても人間はしつこく追ってきた。普段ならやり返せばいいけど今は無理だ、早く何処かでこの傷を塞がないと彼女が死んでしまう。私の身体はこの程度で死なないけど、人間の彼女は死んでしまう。
どこか、どこでもいい。人間の居ないところへ彼女を連れていかないと。
「……マリー、ナ……」
虚ろな瞳でこちらへ視線を向ける彼女の顔は青白く、生気が殆ど感じられなかった。急がないと本当に助からない、そんなのは嫌だった。
「喋らないで、今助けてあげるから……すぐ助けてあげるから……!」
「ごめん、ね……マリーナ。
みんなを、ゆる……し、て……あ……げて──」
私の腕の中で微笑んだ彼女の頭が、急に消えた。腕に残ったのは、首のない彼女の死体。
──そこから先は、あんまり覚えていない。
ただひたすら人間を殺して回ったことだけは、朧気に記憶している。
目についた人間は勿論、痕跡を辿って徹底的な殺戮を繰り返した。男も女も関係ない、赤子だろうが老人だろうが人間であれば躊躇いなく殺した。
そうして死体から首だけを奪い去った。お前らが彼女の頭を吹き飛ばした様に頭を奪ってやった。それが意趣返しにもならない、ただの幼稚な八つ当たりだというのは理解している。
けれど止められなかった、そうせずにはいられなかった。人の為に役に立てて嬉しいと笑った彼女を、殺した人間が憎かった。
私が育てたのが間違いだったとでもいうのか?
私が力を与えなければ、彼女は人のまま死ねたとでも言うのか?
──何が正解だったというのだ。
どうして彼女が、ソレイユが殺されなければいけなかった。
彼女はただ、お前達に認められたかっただけなのに。どうして受け入れてやらなかった、どうしてあんなにも健気な子を受け入れてやらなかった。
私だったら、君を受け入れてあげられたのに。
どうして私では駄目だったんだ。
なぜ、君の側に居る事を許してくれなかった。
君が死んでしまってから、私の胸は空っぽなんだ。その穴を埋めるために沢山の人間を殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し続けても、これっぽっちも満たされなかった。
腕を引き抜いて、腸を引きずり出して、成るべく苦しめて殺しても満たされない。
一撃で身体を引き裂いても、心臓を潰しても、身体を引き千切っても駄目だった。考えられる限り残虐な方法で殺そうが駄目、どんな手段で命を奪っても心は空っぽのままだった。
復讐では満たされないと気付いた時には、国が一つ消えていた。
魔王になってしまった私に、こんな事をいう資格はないのかもしれない。
けれど伝えたいんだ。
私は、君が好きだった。
朗らかに笑う君が好きだった。
魔族の私にも笑いかけてくれた君が好きだった。
そんな君を失ってから考えていたんだ。
どうして君が勇者になれたのかをね。
君はさ、魔王として恐れられた私に1人で立ち向かったよね。
きっと、とても怖かっただろう?
けれど君はたった1人、ボロクソの装備とナマクラの剣で挑んできた。枯れ枝のような貧相な身体で、素人よりも酷い腕前で必死に立ち向かってきた。
そして君は、自分が弱いことを認めていた。
弱い自分を変えるために、敵である私に教えを願った。
それは、私の知る人間にはなかった事だ。
自らの弱さを認め、他人を頼る事を選択する人は少ないんだ。けれど君はそれを選んだ。君はそれを恥ずかしそうに語っていたけれど、それは恥ずべき事ではない。
君は、誰にでも出来るけど出来ない事をやって見せたんだ。私はその背中を少しだけ押したに過ぎない。
この道を歩んでいったのは、君の意思だ。
君には勇気があった。優しさがあった。
それは間違いなく、君が勇者であるという事の証明。君のように優しく勇気のある人間を、私は知らなかった。
私が知る勇者は君だけだ、ソレイユ。
太陽の名を与えられた、ただ1人の勇者。
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