超成り上がり男に嫁いでしまった頑張り奥様の苦労とザマァ録
温泉文太
出来る限りマイルドにしましたがグロがありますのでご注意ください
時は圧制! 世は不安定!
そんな時大事なのは個人の能力よね。
家が金持ちで、美人で、頭が良くて、度胸がある上に健康だと最高。
そう、わたしリョナリア・アンクルのように!!
でもわたしにだって悩みはあるの。若くてこんなに完璧だと余りに男たちからモテちゃってたーいへん。当然わたしに見合うような男は全く居ないし。
まぁ妥協はするつもりよ? 貴族だって狙えるかもしれないけど、幾ら家が名士でも平民の娘を欲しがる貴族なんて碌なもんじゃない。
何よりこの国は統一されたばかり。あちらこちらに恨みを抱いて何とかひっくり返してやろうと思ってる男どもが居る事は、そこらの子供だって知ってるわ。貴族になっても危なくなるだけと思うの。
でも、だからこそ夫には☆男 気☆が欲しいのよ。危ない時にも頼れる人であって欲しい。
『主人』なんて呼ぶ以上、日頃偉ぶってるのはまだしもヤバイ時にすーぐ怯えて縮こまるような人じゃ背中から刺……おほん。支えがいが無いじゃない?
だから父もわたしもパーティーの度に客かその親戚に良い男が居そうでないか
本当男って良いのは居ないのに数だけは多いわ。平民のパーティーだと参加費用徴収して、公表しないと山ほどただ酒を飲もうと集まってくるんだから。
今日一番いい男なのは―――主催者のショッカーさんかしら。悪者っぽい名前と裏腹に、この街でも最上位に偉い官僚さん。
仕事では有能な上に優しくて、王が税を厳しく取り立ててくる中なんとか皆の苦労を減らそうと頑張ってくれてる。当然大人気だし、夫にしても良いんだけど……んー、真面目過ぎて追い詰められた時どうなのかしらねぇ。
近頃どんどん国が不穏な感じになってるし、もうちょっと、
「ジパン・ドラグ様! ご寄付金貨百枚!!」
は? 今までで一番の人でも金貨三枚なのに百枚? お貴族様でも来たのかし……何あの男。どう見ても農民の遊び人じゃない。そんなお金持ってる訳が無いわ。あ、ショッカー様に殴られてる。でも知り合いみたいね。結局席についてお酒飲み始めちゃった。
下品ねぇ。作法も何もあったものじゃないわ。……でも、堂々としてる。完全に浮いてても楽しそう。金貨百枚の大ウソも大した度胸と言えなくも無いし、中々の男―――いやいやいや。無いわ流石に。幾ら何でも。妥協すると言っても程度って物が……あれ? お父様? どうしてその男に近寄るんです?
待って。婚約? 今婚約と言ったわよね。それ、妹の話じゃないでしょ。わたし? わたしが、その農家らしい貧乏くさい男と婚約するの!?
いや、いや、嫌ああああああ! 流石に嫌よ! 破棄。婚約破棄だわ! お父様、今した婚約を破棄なさって!
大丈夫。今婚約破棄は
やめて! 握手しないで! 嘘でしょぉおお!?
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無情よ! 無情だわ! お洒落に言うとレ・ミゼラブルなの!
このわたしが! もってもての上流美女が! なあぁんでぇ! なんちゃって警邏隊隊長如きで実質農家の家に嫁がなきゃ行けないの?!??!
あああぁぁぁあ、お父様どうしてなのですか。幾ら何でもこの家は無いでしょう? わたしも農業しないといけないのですよ? 肥料としてウンコを撒く羽目になってるんですよ!?
しかもこの超格上美女が嫁いで来るというのに、初婚だとコキやがった旦那様は愛人の影を完全に消してなかった。一応関係は切ったみたいだけど何処まで本当なのか。それも複 数 人 !
あったま来るわ……。そりゃね。知れば知る程困った時には頼れる人だから考えようによってはイイ男だと思うわよ? やたら機転が利くし仲を取り持つのが上手いのよねぇ。お金とかに全く執着しなくて太っ腹。太っ腹過ぎて貧乏なのだけど。
更に異様に多くの人と知り合いで、明らかに格上の人からさえアニキなんて呼ばれてる。ショッカー様まで偶に相談に来るなんて相当よね。当然モテるでしょうともさ。にしても他所に子まで居るなんて―――はぁ。家が貧乏過ぎてあちらが頼る気欠片も無いのがせめてもの救いね。
さようならお洒落で上品だったわたし。こんにちは日焼けと染みに怯える毎日。服も全部農家らしくしないとかえって笑われるし、当然化粧なんて出来ない。何より旦那が遊び人な所為で同居家族から馬鹿にされてて。そう、同居! 兄夫婦と両親!
特に兄嫁! かつて此処までわたしの血管を攻撃したヤツは居ないってのよ! クソがぁ! ―――あ、やだ。はしたないわ。幾らしょっちゅう動物のクソを撒いてるからって駄目よね最低限の美しさを無くしちゃ。
はぁ……愚痴を並べてもしょうがないわね。お腹に居る子の為にもしっかりしなきゃ。
旦那は困った時以外は困った人だけど、楽しい人だし小さな幸せはいっぱいあるもの。
苗字がアンクルからドラグに変わったのも強そうで気に入ってる。ただ―――旦那様、もう少し農業してくれないかしら。警邏隊の仕事なんて殆どないじゃない。箱入り娘だったわたしよりしてないのは本当どうなの?
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やっべーーーですわ。
旦那が……旦那が突然犯罪者になってしまったわ。
国から労働する男手を連れて来いと言われたとかで監督して行ったら、途中で逃亡者が出ちゃってそのままだと死刑を食らうから山賊になるので戻れないって……。
は、え? お陰でわたし牢屋なんですけど? 家族皆臭い飯食ってるんですけど? おっと、食してますのよ?
ショッカー様とその配下の皆様が親切にしてくれなかったら、首飛んだか飢え死によ? ねぇ聞いてます旦那様? 届いてますわたしのてれぱすぃー?
あ……随分な人数の足音が。
も、もしかしてついに処刑かしら!? あれはわたしを縛り上げてこの男好きする体を舐めまわすように見た挙句、豚のように引きずって行くための大人数なのでは。
いや。いやよ。娘と息子が居るのに! 何をしてでも生き残らないと! イザとなったら……どうしようかしら。男を何とかするにはアノ手だけど、うちの国の法律のキツさはヤバイものね。幾らわたしが衰えぬ美貌の持ち主とはいえ、告げ口上等からの処刑に勝てる気はしない。
ああ、でももう足音がそこまで! なんとか……ッ!
「おお、リョナリア! 相変わらず綺麗だなぁ。すまねぇなこんな所に入らせちまって。助けに来たぜ!」
「旦那……様? え、どうして?」
「どうしてもこうしてもねぇよ。此処は俺の故郷だぜ。お前という奥さんも居る。帰ってきて何がおかしいってんだ?」
「だ、だって。山賊になったって。領主様から追われて逃げてるって!」
「おう。逃げてたぜ。でもお前も知ってんだろ。でっけー反乱が起こってるの。それで此処の領主もビビって俺にダチどもを纏めて騎士として守れと言ってきたんだよ」
「あ、そう……なの? え、そ、それって凄いわ。じゃあ今騎士様なんでしょう?! 後ろに居る散々わたしに迷わぅ……旦那様を助けてくださったお仲間たちは部下?」
ああ……やっと安心できるのね。何とか国を纏めていた国王陛下が亡くなって、ご子息になったらいきなり税金が増えて。反乱軍というか野党の群れが国を荒らして不安はいっぱいだけど。
旦那様が守ってくれるなら、これ以上は無いわ。こういう時こそ頼れる人ですもの。それにしても騎士の長か……やっぱり旦那様は大したものよ。誰にでも分かるくらいの人なのね。
「いや、騎士はやめた」
「ば!? ど、どうして! 騎士様なんて素晴らしいお話しじゃない!」
そもそも騎士様になってないならどうして此処に居るのよ!
「いや、それが街に入ろうとしたら突然領主のヤローがやっぱり俺を信頼できねーと言って、追い返そうとしやがってよ。流石に筋通らねーだろ? そんなフラッフラしてる奴に故郷任せらんねーし。それからチョチョイとあってな。殺した。で、俺が今此処の領主だ」
「りょ、領主様なの? え? 男爵様? わたしは男爵夫人?」
「いや、チゲーんじゃねーかな? 国王から認められた訳じゃねーし。まぁ、とにかく俺が頭になったんだよ。だから安心しろ」
「え、う―――うん。安心する。じゃ、じゃあこれから旦那様が領主となって、此処の皆を守ってくれるという話はそのままなのね?」
ああ、それなら。騎士様より更に良かっ「俺が守るのは無理だ。三日後には兵を連れて出ねーと」た……?
「はぁ!? どーして出るのよ! 返って来たばかりでしょ! お父様も若くは無いし、兄夫婦は見つかって兵に取られたら嫌だとか言って外に出ようとしないし! 畑の世話も大変なのよ。子供たちも居るんだから家をまず何とかして!!」
「ワリーとは思ってるさ。けどよぉ。今の国はクッチャクチャだろ? どんどん動いて強くなんねーとあっさり殺されちまうよ。それにデカくなれるだけデカくなってみてぇ。ダチどもだって大きくなるのを望んでる。期待は裏切れねぇ。だから家は任した。まぁ数日は一緒に居れるし、良い奴を領主代行として残して行くつもりだから何とかなるよ。頑張ってくれ」
は!? え、男の夢とか言う気なの!? ざっけぇんなこらあああああ!! こっちは敵だらけの家で子供たちを育てて来たんだぞこらわよ! 味方と言ったらお優しい義父様だけなのに! ちょっと! え、本当に行っちゃうの?! う、嘘でしょおおおおおおお!?!? 安心。貴方つい一分前に安心しろと言ったわよね? 意味知ってるのかしら!?
******
ああああ……。もうやだ。実家帰りたい。でも、義父様を一番助けてるのはなぜかわたし。居なくなったら義父様は本当に困った事になってしまう。はぁ。美しくて頭がよい上に体が強くて働き者だったなんて。わたし神に愛され過ぎだわ。それにしては運命が酷いけど。
というか実家まで子供連れて旅なんてしたら山賊に襲われて殺される。どうしようもないの……。
何か知らないけどどんどん世の中は荒れてる。我が家の人は皆働きが遅い役立たずな上にイライラさせて来る奴ばかりだけど、その中で一番の役立たずは旦那よ! もう様なんて付けてやらないわ!
なぁああにがデッカクならないと、よ! 生きてるって話を聞くし、出世したみたいな噂も聞くけど我が家は貧乏な現状維持さえやっとだっていうの! 出世したなら金貨の一枚、いえ銀貨でいいわ。送ってきなさいよ!
加えて余り考えたくは無いのだけど、あの旦那がこんな長期間別々に生活しててわたしに義理立てするかしら? ぜってぇえええしないわよね。ああ……実家に帰りたい。でも、家を守るために頑張って畑を耕してしまう。
何処にも行けないからって、こうまで頑張らなくて良いのに……自分の立派さが憎いわ。でも、子供たちは可愛いし。あの子たちをお腹いっぱいにさせてあげたい。
はぁ。よし。次は種まきね。……あれ? 馬に乗った騎士様たちが十人以上? こちらに来てない? 凄く……嫌な感じがするのだけど。
「―――おい。其処の女。ここはジパン・ドラグの家だな? そしてお前は妻のリョナリア・ドラグ。ああいい。顔を見せろ」
―――剣で顎をクイって。さいってー。
「どうだ? この女で間違いないか? ならばいい。縛り上げて連行しろ」
「え!? き、騎士様! どうしてですか。わたしは何も罪を犯しておりません! ご覧ください。税を納める為、必死になって働いてる所なのですよ!?」
「罪ならお前の夫が犯したのだ。我が主君ページ・フェザー様に反逆し、今も抵抗している。お前たちは人質だ」
「ぅ―――ぉ」
「うん? まぁ兎に角夫の罪はお前の罪。大人しくしていれば危害は加えん。黙ってついて来」「ク!!! ソ!!! 旦那あああああああああああ!!!!!!! 何も助けないで問題だけ作りおるうううううううううう!!!!! お陰で種も蒔けないわあああああ!」
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頭が重いわ……。いえ、体調は一応良好よ。単に乗ってるモノが重いの。金銀宝石で出来た冠なの。
目の前には百人以上の綺麗な身なりをした偉そうな方々が、身を投げ出して平伏している。隣にはわたしのク……旦那……様。殴りたい笑顔を浮かべて上機嫌ね。ほんっとぉこいつは……。
本当、わたしを含め誰であろうと何が何だか分からない事になったわ。
ページ・フェザー様は思ってたより良い方で、お腹いっぱい食べさせてくれた。イケメンだったし。
ただ殺されると思った事があったのと、意気消沈して自殺しそうだった義父様と、キンキン叫びまくるクソ兄嫁以外は大した問題もなく人質生活を送れたの。そう、ほんの二年ほどね。やはり旦那様をブチ殺……おほん。
そうしたら夫との和平交渉だとかいう話があって、人質は返されることに。もう何年ぶりかしら。っていう感じで夫に会えたわ。一応歓迎して喜んでくれた。
た だ 横にわたしより若くて男好きする感じの知らない女が居たけど。
正直全力で殴りたかった。でも覚悟してはいたのと、もうほんっとおおおおおおお訳分からないのだけど、不義理な夫はその和平交渉を即日破って、あのイケメンで女性みたいに優しい所のあったページ・フェザー様を殺した結果、この国の王となってるの。
意味わかりませんわ。王って。貴方、只管遊んでましたよね? 酒を芸術的にツケで済ませて飲みまわってましたよね? わたし大丈夫と言われても謝って回ってたんですけど? なのに王? 世界はどうなってしまったの?
ああ、いえ、違うわ。正気を失いそうでも、そう、夫は王なの。一千万人は居そうな人々の頂点に立ってるの。
なら側室の二人や三人や……十人や……とにかくいっぱい! 子供もいっぱい居ないといけないの! だって頼りになるのはやはり親戚だし! わ、わたしの子や、その内産まれてくる孫にとっても親戚はとりあえず居てくれないと……困るの。
だから怒りは抑えなきゃ。短刀を持ち歩かないようにして。特に旦那様が近くに居る時は駄目。
ぶるっしゅううううう―――ふうううううううう。はぁああああ。よし、落ち着いた。という事にしましょう。
物事は考えようよ。わたしは苦労が報われた。貴族どころか王族になるなんて想像もしてなかった話じゃない? 昨日飲んだ紅茶は本当香りが良くて最高だったし、お食事も毒見で冷めてても美味しかった。何とかして温かい物食ってやるわ。
兎に角、良いことはいっぱいよ。そして―――わたしみたいな元平民でも分かるくらいこれからも大変なの。当然ク……偉大なる旦那様の跡を継ぐのはわたしの可愛い息子。
国が乱れていたら王族は平民より悲惨になりかねないのは、此処数十年の王の皆様が身を引き裂かれて証明してくださったわ。
だから、頑張らないと。というか、もう既に反逆の可能性があるヤバイ奴の話を聞いてる。
何でも史上最強地上最強ドリームがトルゥーしちゃう訳わからないくらい強い将軍が居て、謀反したら止められないから何とかしないといけないんですって。
そりゃ止められないでしょうね。最強なんですもの。で、どうするのよ。と旦那様に聞いたら、「俺も頑張るけどまだ歯向かう奴いる上に蛮族が攻めて来たりもするし、俺戦いに行かないといけないから、出来たらお前が何とかして」ですって。
……知ってる。それ、わたしが殆ど何とかする羽目になるやつだ。
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ぶへぇええ……。あらやだ下品。……でも疲れた。仕方ないわよね。
何とかシたわ。狂人で無敵で最強な将軍をブッコロしてやったわよ。
戦う事しか頭に無くて、政治みたいな絡め手だとぴゅあっぴゅあで助かった。
恩人だとかでショッカー様を子供みたいに信頼してたから、真面目なショッカー様に国を滅ぼすんですか! と追い詰め、いえ、正義の話で協力を求めたのは我ながら賢い。
はー、旦那様が居ない時もこうやって守ってしまう……ああ、有能過ぎて自分が憎い。
でもまぁ、旦那様も最初は『勝手に殺した』なんて言い腐りやがっ……仰ってたけど、最後には褒めてくれたんだから良かったでしょ。何時かはしないといけない仕事だもの。
さーて、今日はパーチーよパーチー。面倒はあっても、皆が着飾ってるのを見るのは楽しいし、てきとーに煽てられていい気分になれる気もする。楽しめなくもないでしょ。
あ、クソ。旦那様の隣にあの女が、ニアが居る。本当近頃何時も傍に居るのよね。戦地にまでついて行くほどよ。そりゃ身の回りの世話をする者は必要だけど、少しは遠慮ってものをしてほしいわ。
はぁ。でも挨拶に行きますか。あくまで旦那様にね。
うん? ニアが口を耳元に寄せて、何か話して……
「ねぇ、陛下。世継ぎの子なんですけど、今のリョナリア様のご子息より、わたくしの息子の方がよくありません? 健康で、強くて。陛下そっくりですもの」
「うーーーむ。確かに。俺も不安ではあるんだよなぁ。ヒョロ過ぎんだよあいつ」
―――――――――――――――あ""?
…………………………。よし。便所に行きましょう。顔を出来るだけ隠して。
―――――――――――――――うん。どう考えても、許せないわ。
あんの、あんの、あんのおおおおおおお、クソ野郎おおおおおおおおお!!!!!
てめええええええ! 誰のお陰で! 家族に会えたと思ってやがるのかしら!?!?!?!?
わたしが! わ! た! し! が!!! 面倒見なければてめーーーーの家族全員飢え死にしてんぞおおおおおおお!??!?!
その間てめぇは何かしました!? 面倒増やす以外! 何もしてないわよねぇ!?!??!
てめぇのその横の女! わたしが苦労してる間ちょろっと世話する以外は愛嬌振りまいてただけでしょ。それが一番の寵愛? 筋が通らないのも大概にしなさい!
わたしの息子で不満? てめぇのように野蛮じゃないだけでしょ! ショッカー様を始め臣下の人たちだって特別不満は言ってないわよ! てめぇの数十倍仕事が出来る人たちがね!! 優しくて、賢くて、それ以上何を求めるっていうの。
もう駄目。もう許せない。もう好きにするわ。
あああああ、でもダメダメ。落ち着きなさいリョナリア。わたし自身の剣で二人を殺せたら爽快だろうけど、絶対無理。
まずは息子。あの子が跡を継ぐのが最優先。そしてそれは難しく無い。
頼りになる臣下の人たちは、大体わたしの息子が跡を継ぐとして、調整してくれてるんだもの。
そしてあのクソ野郎は、人の言う事を聞く。自分個人に大した能力が無いとよくわかってる。
だから叫ばず、喚かず、冷静に、安心させて臣下の人たちに根回しするだけで、まず大丈夫。
でも………………なんとか分からせてやりたいけど……。クソ野郎に、何かするのは、駄目ね。
勝てない。絶対に。
わたしは確かに頭が良くて働き者でタフな素晴らしい女だけど、クソ野郎はそーいう表現出来てしまうような領域の男じゃないわ。少なくとも臣下の皆はそう見てる。当然よね、単なるマフィアの兄ちゃんみたいだったのが、山ほど居た貴族や英雄と言われた人たち全部を倒して王ですもの。同じ人間とは思えない。
加えてわたしは知ってる。旦那野郎は近頃人を信じられなくなってきてる。そしてヤラなきゃと思えばヤる人。相手が誰であろうとね。
……旦那様を、これまで通り支えよう。我慢しなきゃ。
わたしの方が"若い"のですもの。
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旦那様が、死んだ。
戦場で受けた矢傷が元で。でも、ずっと戦場に居たにしては長生きだったわよね。やはり大した、凄い男。
うん。色々本当、どうしようもなく頭に来てた。それでも好きだったのは間違いない。
亡くなって哀しく思ってるのだから。
……そして、それ以上に。
抑えきれない喜びがあるわ。
やっと。やっとぉ。やっとおおおおお! 我慢しなくて良いのね!!!
苦しかった。辛かったわ。ずっと証拠を溜めるだけしか出来ない日々。わたしの息子が後継者となって、自分の子を後継者と出来なかったニアが、国に対して抱く不満の証拠を見るだけの、使いたくても使えない日々。
はあああぁぁぁ……。仕方ないわよね。国の安定は最優先ですもの。その為には、旦那様の血を受け継いでいる子であっても……処分しなきゃ。
その母親も。まあ、見せしめはどんな時でも有効だから、普通に殺すだけじゃ『駄目』なのも仕方ないのじゃないかしら。
「ふ、ふ、ふふふふふふふ。うふふふふふふ。あーーーーーーーははははははははははははははッッ!!!!!」
「!? ……こ、国母様? 如何されました? 何か良い事でもあったのでしょうか」
「―――ふぅ。良い事? 無いわよ。あるのはとても、とてもとてもとても哀しい事だけ。だってそうでしょう? わたしの愛した陛下は亡くなってしまったんだもの。その上やらないといけない事があるなんて。とーーーーっても哀しいわ。
で、も。やらないとね。だからこの手紙を届けてちょうだい。宛名の通りの人に。その者に兵の準備から連行までの用意を全部させておいたの。本当はわたしがしたかったのだけど、旦那様が生きてた時わたしがしたら気づかれてしまうでしょ? ああ、分からなくても気にしないで良いのよ。さぁ直ぐに行って。わたしを待たせたら許さないから。
―――あ、そうだ。ねぇそちらの貴方。十人くらい人を集めて。して欲しい仕事があるの。ああ、一人残してね。一時間ほどしたら息子を、陛下を此処にお呼びしないといけないわ」
******
息子が、今ではこの国の王となったブレス・ドラグ陛下が走ってくる。少し急がせ過ぎたかしら? 我慢出来る自信が無かったとはいえ、王にあんな顔をさせるような伝え方は駄目ね。反省しないと。
そ、れ、は。そ、れ、と、し、て♪
「良いわ。放り込みなさい」
「……仰せの通りに」
さーて、どんな表情を。あら、息子に肩を掴まれてしまった。でもごめんなさい。今この瞬間だけは見逃せないの。
―――うふ。ふふふふふふふふふふふっ!!!
「は、母上! どういう事ですか! ニア義母様と母上の不仲は知っていますが、だからといって処刑など! それに弟は、余を助けてくれているのですよ。頼りにしているのです。処刑をお止めください。父上が亡くなってまだ大した日が経ってないのですよ!」
はぁあああ―――。本当に優しい子。貴方を助ける? 確かにそう言っていたわね。でも謀反する事だって考えの中にあるのよ。少なくとも、そう思えなくはない証拠はある。ならそれで十分。
ま、細かい話は良い。それより今は、
「え、嘘。いや、いや、いやああああああああああああああ!!!! ウィル! ウィルウウ!! お願い、目を開けて!!!!」
「ニア義母様の声? 穴……?! ニア義母様!? どうしてそんな所に!」
は、ははははっは。アハハハハアハハハハハッ!! 素晴らしい表情! そう、この表情が見たかったの! 何年も、何年も待って良かった!!!
はぁ……楽しいけど、陛下へご説明はしないとね。穴から出されたら詰まらないもの。
「陛下、この二人はお伝えした通り謀反の罪なのです。ならばそれ相応の罰を与えなければなりません。この穴はその罰を与える為のものです」
「罰? ……そういえば酷い匂いがするそこの樽は何ですか。ああ、いえ、そんな事はどうでもいい。弟は……助けられませんでしたが、せめてニア義母様は助けます。おい! お前たち! 何を見ているのだ。縄を下ろしてニア義母様をお助けしろ。王の命令であるぞ!」
「無駄ですわ陛下」
「……無駄? どういう意味ですか母上」
「ニア様は既に毒を召しておられます。今はお元気ですが、後数十分で死ぬ解毒剤の無い毒です。第一謀反と言ったでは無いですか。これ以上ない大罪を犯した者を助けては国は立ち行きません。証拠も一緒にお渡ししたはずですが?」
だけど急いだほうが良さそうね。息子が何が何でも助けようとすれば、楽しみが一つ減ってしまう。ま、急ぐと言っても手で指示するだけですけど。
「証拠は……見ました。でも、幾ら何でもこんな、―――おい、お前たち樽で……やめろ! 母上! 止めさせてください」
ごめんね。幾ら可愛い息子の頼みでも、それは聞けない。この瞬間をずっと待っていたのだから。
樽から、臭い人が出したモノが降り注いでいく。ああ……臭いわ。でも、悪くない。好きになってしまったらどうしようかしら。幾ら何でも趣味が悪すぎる。
「ざまあああああを見なさいニィイイイイアアアアァァァ!! どう? 臭い? 貴方みたいな匂いがする?
わたしが! 貴方が媚びていただけの時、わたしは散々それで苦労してたのよ! そうでしょう? 義理の両親にさせる訳にはいかないじゃない? 兄夫婦がしてくれればいいけど、しょっちゅうサボるんですものあの人たち。ねぇ、どうなのよニィアァ? 嫌がって叫ぶだけじゃなくて、わたしの苦労の百分の一でも分かったのなら、褒めてくれないかしら? ほら。早く褒めないと埋まっちゃうわよ。もうわたしを褒めても声が届かなくなっちゃうでしょぉ!
ホ、ホホ、オオッホホホホホホホホホホッ!! 見て御覧なさい陛下! 人のような豚が豚らしく汚いモノに埋もれて醜い悲鳴を上げて苦しんでますわっ!」
「ま……うぇっ。待ってリョナリア様! ゲベェエッ。お願い、お許しください! わたくしが悪かっ―――! こん……こんなのっ嫌! 臭ッッ。 た―――さ! ……」
ああ、残念。見えなくなってしまった。
ふぅ……胸がス――っと通った感じがする。こんなに爽快な気分は何時以来かしら? 子供の時以来かも。
「母上……」
ん? ……どうしたのよ。何その目は。息子、貴方はわたしの苦労を見てきたはず。だから分かるでしょう。
「母上……幾ら、恨んでいても。人にはして良い事と悪い事があります。……母上は、人ではありません」
「……。陛下。甘い事を仰らないでください。この国の前、始めてこの大地を征服した国で一人の官僚がどれだけ多くの残虐な真似をしたかご存知でしょう。あれに比べれば大した事はしてませんよ。当然あの官僚のような真似をすればこの国は同じように滅びます。でも、陛下に反抗する可能性は全て処理しておかなければ。どの国でもそうしてきたと歴史で学んでないのですか?」
「学びました! だからと言ったって……ッ!
……もう、良いです。これが国にとって必要だと言うのなら、余は。いえ、私は関われません。政治は母上の好きなようにしてください」
行ってしまった。政治は好きなようにって……まぁ、その内落ち着くでしょう。
ただ、好きなようにして良いのは有難いわね。信頼出来る者、わたしの身内で要所を固めましょうか。
******
あれから十年と持たず息子は死んでしまった。
本当に国の仕事を投げ出してしまって、なら仕方ないから次の後継者にわたしと血の近い娘との子を産んでもらおうとしたのだけど、産まれなくて。
ならやはり仕方ないから側室の一人が産んだ子を、その娘が産んだとして、側室の方は後で自分の子だなんて言われたら邪魔だから当然始末したのだけど、そうしたら常に酒を飲むようになってしまった。
そのまま、二十も半ばで……。
葬儀では涙が出なかった。哀しかったけど、次にどうするかの方が大事だもの。順当に孫にはした。ただそれがとてもわたしの事を嫌ってる孫なのよねぇ。
それでも暫くは何とかした。でも、逆らう可能性のある臣下と、旦那様の山ほど居る浮気の子を機会を作って殺してたらいよいよ逆らい始めて。仕方ないから殺したわ。
次の後継者はわたしに歯向かいそうもない孫を選んだ。そしてヤルべき事をヤったわ。
旦那様の愛人の子で少しでも疑えそうな奴は殺した。当然でもあるわ。国一番面倒を掛けるのは、身の程知らずの王の血族ですもの。
でもそれに逆らう重臣も居る。それも殺す以外無い。
そして空いた役職にはわたしと血の繋がりのある者を就ける。別にいいじゃない。わたしと繋がってれば王とも繋がってるんですもの。
ただ困ったのが、そうやって当然の事をしてるだけなのに、旦那様にも仕えた有能な重臣たちが暗殺されたら嫌だからって仕事をしなくなっちゃったの。
ふざけてるわよねぇ。何もしなければ殺される理由も無いでしょって? じゃあ国はどうするのよ。とにかく罷免してわたしの身内を付けたけど、そんな有能な身内が幾らでも居る訳じゃないし……。と悩んでる内に病気になってしまったわ。
歳を考えず働き過ぎたのね。これも仕方ないとは思うけど、残った旦那様に仕えた奴らを処分出来なかったのは本当困ったわ。
あいつらは絶対やり返そうと思ってる。わたしにざまぁ見ろと言いたがってる。
だから身内を出来るだけ軍の偉い所に置いて対抗させないと。後は、残る者たちに覚悟させれば……何とかなるでしょ。
「お前たち、よく聞きなさい。わたしが死んだらより一層気を付けないと駄目。重臣たちが反旗を翻そうとするに違いないわ。大事なのは警戒を緩めない事。そして可能なら力を奪いなさい。何より一族の団結を大切にするの。良い、奴らが我々を追い落とすときは、一族全員が標的になるんだからね。わたしたちは一つながりの紐で此処に居るの。それを決して忘れないで」
「―――国母様、よく存じておりますとも。我ら一族の者皆に朝、昼、晩と仰ってるではありませんか。誰もが暗唱できるほどです。どうか心やすらかにお休みください。重臣たちなど気になさいますな。国母様は周到に奴らの力を削がれております。我らに何を出来ましょう」
「愚かな! ごほっ。良い、あいつらはね、旦那様を王にした男たちなの! 有能なの。勝つために必要な物を持ってるのよ。何の苦労もしてないお前たちとは浴びた血の数が違うのよ! ウッ……。絶対、何があっても目を離しちゃ駄目。殺しなさい。せめて旦那様が王となった時、役職に選ばれた奴らが全員死ななければ、わたしたちに安寧は訪れッ……ッッッ!!!! こ……ゴバァッ」
「こ、国母様!? だ、誰か! 誰か医者を! 国母様が血を吐かれた!! 助けてくれ誰かぁああ!!!」
……ああ、もう、駄目、ね。死んじゃうくらい苦しい。
はぁ……出来る限りはした。それは確かよ。でも、これで何とかなる……の、かし……ら。
不安だ―――ぁ。
******
―――ん? 苦しくない。何十年ぶりに何処も痛くない。どうしたのかしら。
え”。どうなってるのかしら。わたしの、酷いババァな姿が見えるのだけど。
信じられる? わたしは生きてるのに。完全に死んでるのよ。このババァ。
えーと……。もしかしてゴーストになってしまったの? 本当にあったのねぇ。知らなかった。殺した奴らが面白おかしい顔で恨んでたのに、特に何も無かったから絶対こーいうの無いと思ってたわ。
んー。よし、とりあえず邪魔に思ってた奴らを殺せないか試しましょう。特にあの引退させた将軍ね。さて、何処に居るのかし、
「前進せよ! お前たちの恐れた最凶の女は死んだ! 今こそあの一族に復讐し、国を助ける時!! 恐れるな! 王宮で血を流す罪は全てこの我が背負う! 何より今、この時! 殺さねばお前たちの家族も人豚とされるぞ!!!!!」
は、はあああああ!??! こ、こいつ! 殺そうと思ってたのに! わたしが死んで何日後よ今! クソ! 本当に役立たずの身内どもね。この準備に気づいていなかったというの!?
ああ、そんな事よりこいつを殺さないと! ……う、嘘。体が動かない。見てるだけ!? わたしは見てる事しか出来ないの??
―――ああ、一族の者たちが次々に殺されて行く。そんな……赤子まで?
え……待って。その子はわたしの妹の子だけど、父親は貴方たちの仲間でしょう!? あんなに仲良さそうだったじゃない! それなのに殺すの!? やめて、わたしの苦労を無くさないで……ああ……何ていう事。
たった二か月。わたしが死んでそれだけの期間で、この世にわたしと血の繋がった人間は居なくなってしまったわ。わたしが、苦労してきた事が全て無くなってしまった。残ってるのはわたしの敵だったやつらだけ。
呪われた血ですって? 何が呪われた血よ。旦那様が好き勝手したのが悪いんでしょう。何の苦労もせずわたしの苦労の上に座ろうとした雌豚どもと、わたしと旦那様の苦労の結晶を奪って、住もうとしたその子供らを殺すのは当然の筋でしょうが。
そのついでにわたしの憂さを晴らして何が悪いの。ナウく言えば廃材利用よ。どうせ土に返すなら気持ちよく返しただけよ。
なのに民は歓呼の声を上げて、雌豚の子の一人を新たな王に。しかも賢王として迎えてるわ! 何よこれ!!
は? アンクル一族のザマを見よ? 国に安寧が訪れた? 最凶の女リョナリア・アンクルとその一族の族滅によって!?
わたしは! リョナリア・ドラグよ! それにわたしだって生きてる間平民は苦労しないよう頑張っていたじゃない! 確かにわたしというより、あのクソな臣下どもがした事かもしれないけど。最後はそいつらがわたしを恐れて仕事サボってた所為で、国が乱れて来てたけど。でも、わざとじゃないのに!
……え? 何か書いている。わたしの事? あ、嫌! してきた全てが、ある事ある事書かれてる!? は?! 流石に其処まではしてないわ! 幾らその雌豚の子が正しい事をしたと世に知らしめる為だからといって、事実を1.1倍にして書くなんて神が許さないわよ!!!
嘘、嫌、嫌、嫌あああああ!!! お願いそんな多くの書物に書かないで! わたしを史上最凶の令嬢として、何千年も残そうとしないでぇえええ!!!
~Legendary End~
以上になります。
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メチャ分かり難いと思うんですよねこの評価システム……。
超成り上がり男に嫁いでしまった頑張り奥様の苦労とザマァ録 温泉文太 @wanisame
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