心臓を触らせてあげる

門前払 勝無

第1話

「心臓を触らせてあげる」


 運河に泳ぐ金魚にハートチップスをばら撒いた。


 鼻につく異臭を漂わせる腐った水が夜空を映し出している。薄らと人影がアタシー。


 汚れた世界に赤く煌めく金魚が一匹泳いでいる。


 風船みたいに何か在るように膨らんでいっぱいに貯め込んで弾けると何も無いー。

 武蔵野線に乗ってた十代、山手線に憧れてた。でも、今は東西線で地下を走ってる。いつも何処だか解らない暗闇を走り抜けている。


 命を賭けてるって思ってる。

 死んでも良いって思ってる。この男の為ならなんでもするって思ってる。手首は何本もの傷痕ー。

 お店の女の子の紹介で知り合う男達はアタシの稼ぎだけが目当てーそれでも、寂しくなければ良いって思ってた。


 缶チューハイを呑みながらフラフラと中野通り歩いて帰った。窓の外を観たくても何処も彼処も暗闇の東西線には乗らないでたまにはゆっくり歩いて帰ろうと思った。眩しいトラックのライトに照らされて道路の真ん中に仔猫の死体を見つけた。アタシは仔猫を見ながら通り過ぎようとしたときに微かに仔猫が動いていた。アタシはどうすることも出来ずに焦った。

 すると、バイクに乗った男の人が十メートル位先にバイクを停めて走って仔猫に駆け寄った。首に巻いてるストールで仔猫を包んで拾い上げた。男の人はバイクに戻って仔猫を抱き締めていた。

 アタシは自然と男の人に近付いて仔猫の様子を見た。


「この仔猫はもうすぐ死ぬよ」

「可哀想…」

「死ぬ前に少しでも温もりを与えてやりたいじゃん」

「優しいですね」

「この位しか出来ないからね」

「何か出来ることありますか?」

「別に無いよ」

「……」

「お姉さんは帰っていいよ。俺はこの仔猫を埋めに行ってくる」

男の人は動かなくなった仔猫をストールに丁寧に包み直して革ジャンのお腹に入れた。

「アタシも行きます」

「俺はバイクだから」

「後に乗せてください」

男の人は面倒くさそうに後ろに乗れと首を傾げた。


 男の人の腰に腕を回してしっかりと摑んだ。振り落とされないようにしっかりと摑んだ。周りを見る余裕も無く必死だった。缶チューハイのおかげなのか全く寒さは感じなかった。


 アタシ達は多磨霊園の隅っこに枝で穴を掘ってストールに巻かれた仔猫を埋めた。空は薄らと白く朝を迎えようとしていた。

 男の人がアタシをジッと見つめている。


 この人もアタシを吟味していて愛のない愛を語るのかと過ったー。


「…ご苦労さま…あのさ」

「なんですか?」

「近くの駅まででいい?」

「え?」

「中野まで送るの面倒臭いから、この近くの駅までいいかなと思ってね」

「え?…普通はこのあとコーヒー飲みに行ったり家に送って家で朝食食べたりするものじゃ無いの?」

「お姉さん何言ってるの?なんで俺がそんな事しなきゃいけないの?下心で仔猫を埋めに来たの?」

男の人から思っても無い言葉が出てきてアタシは唖然とした。

「違います!!アタシは仔猫の為に何か出来ないかと思っただけです!いいです!歩いて帰ります!」

男の人はポカンとして軽く頭を下げてバイクで走り去ったー。

 アタシはプリプリしながら東八道路まで出てタクシーを捕まえた。


 アタシは飢えてるのかな、ロマンスを探してるのはアタシでアタシみたいな女を尻軽女と言うのかな…でも、でも!寂しいし優しい誰かと一緒に居たいんだもん!っと、虚しくなった。


 タクシーの窓から朝焼けがアタシを包んだ。


 アタシは仕事が終わると歩いて帰るようになった。たまにあのバイクの男の人が横切る時にクラクションを鳴らしていくー。

 アタシも車に轢かれてストールに巻かれたい…。


おわり

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