第206話 王子の言葉

 夢の中で血塗られた手を見て目が覚めた。

 そこは保守党の会議室だった。これから、リムル局長との打ち合わせだったな。少しだけ時間があったから、座って待っていたがどうやらうたた寝をしてしまったらしい。


 手は震えているが、血などは付着していなかった。

 水差しから慌てて、グラスに水を注ぎ一気に飲み干す。


 そうすることで、少しだけ落ち着いた。


「殿下。お待たせして申し訳ございません。大丈夫ですか、お顔の色が真っ青ですが……」

 リムルがやってきた。


「いや。気にするな。選挙関係で疲れているだけだ」


「それならいいのですが……」

 

「それで結果は?」


「自由党政調会長アラゴン=レオン男爵がこちらへの協力を受け入れてくれました。彼の派閥である旧・国民党議員30人が寝返りの確約をいただいております」


「上出来だ!」

 これで選挙で敗北した場合でも、首班指名の勝利が確定的となった。

 アラゴン=レオンは大連立でも閣僚のポストはあてがわれず、年下のルーナが総裁の座に就くことに反発していた。

 

 だからこそ、海賊の財宝をつかった買収に乗っかったな。こんな買収によって転ぶなど愚かでしかないが、4大大臣のどれかはくれてやる。功労者だからな。


「よくやった。リムル、これでお前は内務省次官だ」


「ありがたき幸せです、宰相閣下」


 これで今夜はゆっくり眠れそうだ。さっきの悪夢もきっと疲れていたせいで見たものだ。そうに決まっている。


「そう言えば聞いていなかったな」


「なにをですか? 殿下?」


「弟の最期の言葉だよ。クーデターの際に、お前が弟を救出して軍務省に送り届けたのだろう?」


「ええ、そうです。クーデター発生時は、ちょうど元老院が開催されていて、クーデター軍が議会に突入した混乱期を狙いアマデオ殿下を地下の脱出口にお連れさせていただきました。私が見た殿下のお姿はそれが最後です」


「その時は何と?」


 別に聞く必要はないのに、どうしても聞かなくてはいけない気持ちになっていた。


「"兄上はまさかここまで考えていたとはね。なるほど、兄上らしいよ。ここで僕が退場するのがキミたちのシナリオなんだろうね。兄上ほどの男だ。もう、僕に逃げ道はないようだね。ならば、僕はキミたちのシナリオ通りに踊ってやろう。この先に死が待っているのかもしれないが……僕はここで終わるつもりない”と……」


 その言葉を聞いて、「弟らしい」セリフだと思った。

 優秀でありながら、どこか冷めている。達観した言葉遣い。


 まるでチェスの負けを悟った時のようなセリフが胸に突き刺さる。

 最後の言葉が負け惜しみのように聞こえる。


 残念だったな。弟よ。俺の勝ちだ。

 お前は負けたんだ。父上も、叔父上も……そして、ルーナとアレンももうすぐ俺の軍門に降る。


 ※

「俺は勝ったんだ。勝ったんだ。すべてに……勝ったんだ」

 リムルが帰った会議室では俺の声だけが響いていた。

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