第198話 追い詰められたのはどっちか
「さあ、読んでみたまえ」
私は彼に渡された法案に目を通す。
一見、私の案を踏襲しているように見えて、理念とはかけ離れたものになっていた。
今回の根幹でもある身分を問わず優秀な生徒に対する奨学金制度は……
「優秀な学生に対しては、学資金を援助する。ただし、それは親が一定額の税を納めている場合に限る。詳細の金額は、規則で定める」
この条文のせいですべてが骨抜きにされてしまっているわ。
一定額の税を納めた者にしか奨学金が発生しないのであれば、まったく意味がない。そもそも一定額の税を納めることができる学生の親なんて貴族や富裕層だけ。
これでは、貴族層の特権を強化するだけで、本当に援助が必要な庶民層にはほとんど回らない法案に変わってしまっている。
つまり、私の理想とは似ているだけで、意味合いは完全にゆがめられてしまっているのよ。
「ルーナの反発はわかる。だが、これは一時的な措置だ。まずはこれで反発する貴族層を抑え込んで、徐々に対象となる層を増やせばいいじゃないか。よい妥協案だとは思わないかね」
彼は紳士のように笑う。でも、貴族階級が一度つかんだ特権は絶対に不可侵になるわ。それがこの国の慣例みたいなもの。つまり、この甘い言葉に惑わされたら、私の理想は永遠にかなえられない聖域になってしまう。
「さあ、この法案を正式案だと発表したまえ。1時間後に会見の準備はしている。そうすれば、キミは無能な大臣の烙印を押されることなく、名誉を守ることができる。大事な法案を部下にリークされて、廃案にでもされてみろ。もう、キミは最低の無能者になるぞ。キミの理想を叶えるための次のチャンスは一生回ってこない」
「……」
これがあなたから私に向けての
「さあ、会場に向かおう」
「……わかりました」
※
―会見場―
「それでは、ルーナ文部大臣より、新教育法案の説明を行わせていただきます」
会見場は保守党本部。まさに、敵陣の総本山ね。いい趣味しているわ。
「記者の皆さん。今日はよろしくお願いします」
私は必死の笑顔で記者に挨拶をする。質疑応答形式で、記者は保守党派ばかり。
「大臣、今朝の朝刊にあったものと私たちの手元にある資料。ところどころ、文章が食い違っておりますよね。どちらが正しいのでしょうか?」
「それは……」
私は答えるの
「もちろん、手元に配布した資料のほうです。朝刊の法案は、いくつも用意しておいた素案の中で最もインパクトがあるものを切りぬかれたものにすぎません。そうですよね、ルーナ文部大臣?」
私の横で勝ち誇った様子で王子は笑っていた。
それに対して、私は全力の笑顔で答えた。私の笑顔を見て王子は急に真剣な顔になった。
「何を笑っているんだ……早く答えろ」
小声で彼はそう促す。
私は小声で返答する。満面の笑みを添えて……
「気づきませんでしたね、最後まで?」
「なっ!?」
「私の勝ちよ、殿下」
私は、起立して質問に答えた。
「残念ながら、朝刊に掲載されたものが私が用意しておいた本案です。ですが、保守党より反対があり、残念ながら皆様が持っているような修正法案になりました。ですが、保守党案も私たちは受け入れることができません。よって、所管官庁である文部省を代表しまして、2つの法案を廃案としゼロベースで新しい法案を作成する予定です」
私の発言に驚いた王子は、立ち上がって怒り始める。
「何を言っているんだ!? そんなことが許されるとでも思うのか?」
「はい、思います」
「何を根拠に!?」
すごい剣幕ね。こんなに怒った彼をはじめて見る。
「私が文部省の大臣であることで十分ではないですか。まだ、正式に元老院に提出されてもいない法案です」
「なっ……」
「そして、会場の皆様。そして、国民の方々に私の方から重要なお知らせをしなくてはいけません」
会場の視線が私に集まる。
「昨日フリオ財務大臣が自由党総裁の職を退任するという意向を示されました。そして、自由党最高幹部会は、後任の総裁に私を指名したと発表をさせていただきます」
「「「なっ!?」」」
「そして、文部大臣ではなく自由党総裁ルーナ=グレイシアとして保守党に通告させていただきます。今回の保守党が行った教育法案に対する我が党への
――――
(作者)
明日は更新お休みです。
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