第165話 渡河作戦

 さあ、もうすぐバルセロク市だ。抵抗らしい抵抗はほとんどない。

 やはり、地方庁で決戦か。たしかに軍事上はそれで正しいが、政治的には愚かな結論だな。自分が何年もかけて築いてきた成果を灰にするのだから……


 いくつかの川を渡る必要があるからな。それが難しいが……

 明日にでもバルセロク市を包囲可能だ。


 包囲してしまえば、敗北はあり得ない。数の力で包囲殲滅ほういせんめつするだけでいい。


「陛下……今日は川の水が少ないです。一気に渡ってしまいましょう」


「これはまさに天運です! 神は我らに勝てとおっしゃっているのでしょう。大軍が川を渡るのは危険ですが、この水量ならリスクもほとんどありません」


「ここが最後の関門ですからね。その最後の関門がこうも安々と突破できるとは……」


 幕僚たちは、口々にそう言った。たしかに、ここ数日は雨が降っていないかった。

 だからか……


 若干の違和感はあるが……


 だが、このままここに待機していれば水量は必ず増していく。チャンスは今日しかない。


 ここは決断の時だな。さいは投げられた。


「諸君、いよいよだ。ここを抜ければ、いよいよ賊軍の本拠地バルセロク市は目と鼻の先だ。総兵力はこちらの方が圧倒的だ。負ける要素はない。ここで勝利すれば、本当の意味で僕が国のトップに立てる。勝てば恩賞は思いのままだ。勇者には、相応の褒美を取らせる。バルセロク市は叛徒はんと巣窟そうくつだ。奪えるものは奪ってしまって構わない。キミたちにとっては、敵の本拠地は宝の山だろう。ここで手柄を立てれば、新政権では相応の地位も約束しよう。ここからは一気に敵陣を制圧する!!」


「「「うおおおおぉぉぉぉおおおおお!!!」」」

 これで軍の士気は上がる。


「では、前進だ!!」


 ラッパが鳴ると、兵隊たちは我先にと川を渡り始めた。胸ぐらいまでは水があるようだが、兵士たちは次々と前に進んでいく。


 無事に渡れそうだね。先ほどの違和感は杞憂きゆうだったか。


「陛下、前方にバルセロク地方兵団が展開を開始しました……」


「やっときたか……」


 我々の進軍を知って、ついに決戦に挑む覚悟を固めたようだ。たしかに、渡河の後なら疲労で有利かもしれない。だが、最終的には数の力で制圧可能だ。ならば、こんな場所で正面衝突は悪手にしかならない。さらに、展開が遅い。


「あの旗……指揮官はシッド少将だね。相手にとって不足なし。一気に押しつぶしちゃって!」


 軍の半数以上は川に入っている。渡り切ってしまえば、こちらの勝ちだ。


 そう思った矢先のことだった。地鳴りが、周囲を包んでいる。


「なんだ、この音は……」


「陛下、あちらを見てください……」


 幕僚にうながされて、見つめた先は川の上流側だった。さきほどまで、ほとんど水量がなかった上流に水が増え始めている。


 まさか……

「撤退を命令し……」


 その指示は致命的に遅かった。すでに、大部分の兵の近くまで濁流は迫っていたのだから……


 僕の兵士の大部分は、濁流にのみこまれた。

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