第147話 子供という希望

 学校が始まってから約半年後。私は知事の視察権限を使い、バルセロク第一学校にやってきたわ。


 ここは地方庁が保有していた旧庁舎をそのまま学校に転用している。適度に広い上に、そのほうがコストが低くてすぐに使えたからね。


 まずは、この学校にバルセロクに住む6歳から12歳以下の子どもたちを集めたわ。その子達が、私達の改革の一期生ね。


 本当は6歳から入学して一つずつ学年を上げていくのが理想だけど、そうなると一期生の子どもたちに問題が生まれるの。この地方の識字率はだいたい30パーセントくらいだから。だいたいが、私立学校に通える貴族や大商人の子弟や聖職者たち特権階級の人たちね。だから、一期生の年齢はバラバラになってしまった。そこは、現場に難しいことを押し付けてしまったようで、私も引け目を感じている。


 でも、彼らは本当によくやってくれているわ。


 目標は10年後に50パーセントを超えるようにしたい。


「ルーナ知事、おまたせしました」


「忙しいのにありがとう、学園長」

 元叩き上げの大商人は、もう優しい学園長の顔になっていた。


「地元や親御さんの説得で大活躍してくれてありがとうございました」


 そう、親たちが子供に勉強をさせることに不平も強かったのよ。子供を労働力として考える親にとっては……


 学園長は、学校開設当初、そういう親たちを念入りに説得してくれた。彼の経歴が強い説得力を与えてくれたのは間違いない。


「なに、職業柄、交渉は得意ですからな。シロウトに私が交渉で負けるわけがないでしょう?」


「とても心強いです。今日は、国語の授業を見学させてもらいますね」


「どうぞ、教師はもちろん彼です」


「なら、安心ですね。楽しみです」

 問題児の実力を拝見できるわね。


 ※


 学校の黒板には今日の授業の説明が書いてあった。おぼえた文字で、文章を書いてみる。勉強をはじめて半年で、文字をおぼえたのね。もともとみんな話すことはできる。あとは、文字と発音を一致させることで、学習効率は格段に早まるのね?


「それでは、みんなには文章を書いてもらう。テーマは昨日、夕食に何を食べたかだ。まだ、文章を書くのには慣れていないと思うが、失敗をおそれなくていい。文字なんて、何度も練習すれば誰にでも書ける。失敗をすればするほど、成功に近づける。バンバン間違えろよ!」

 まるで、慈母のような表情で、問題児はみんなに説明している。教壇に立てば、性格がまるで変わるとは聞いていたけど、ここまで変わるとはね?


「はーい!」

 生徒たちは、いかにも学ぶのが楽しいように、どんどん課題にチャレンジしていく。


 なるべく、生徒の自習性を尊重し、自分で正解を導けるように、要所要所でアシストしている。さすがね。


 私はこの教室の光景に、この国の希望を見出す。歴史は着実に前に進んている。

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