第138話 レオ=トルス

「この国を変える?」

 私は大事な部分を聞き返した。彼を最終合格に入れるかどうかはこの返答にかかっているわ。シニカルな笑みを浮かべて、レオは「そのとおりです」と頷いた。彼の短い金髪が優雅に泳いだ。


 まるで、糸のように美しく細い髪の動きに私は見とれていた。


「そうです。もし、よろしければルーナ知事閣下と1対1でお話しさせて欲しい。俺の考えはある意味では、革新すぎて突いていけない人も多いからな」


 その慇懃無礼いんぎんぶれいな言い方に、他の試験官は反発した顔になっていた。普通の試験なら、これで不合格よ。でも、私たちがやることは普通じゃない。なら……


 私よりも早くロヨラさんが口を開いた。


「それはできないよ。警備の問題だってある」

 白髪のベテラン政治家は、常識的な発言をする。

 しかし、その発言にレオは、露骨に不満そうな顔になったわ。眉間にしわまでできていた。


「なら、もう話すことはない。知事なら、同志になれると思ったんだがな。どうやら、俺の見当違いだったようだ。時間を無駄にした。不合格にしてもらって構わない」


「なっ!?」

 副知事は、その物言いに震えていた。


「私なら構いません。ロヨラ副知事、彼の扱いは私に任せてください」

 ロヨラ副知事はその発言に驚くものの、しかたないとわかったのかため息をついて「わかりました」と短くその場を収めた。


「さすがは、森の聖女様だ。話が分かる」


「ただし、他の受験生の方もいらっしゃいます。今回の面接試験後に、時間を取りましょう」


「感謝します、知事閣下」


 ※


 そして、夕焼けが差し込む部屋に、私たちは取り残された。

 これなら私達だけで本音が話せる。


 おそらく、彼は私と同類だ。


「知事、俺がどうやって教育でこの国を変えるかわかりますか?」


「まるで、面接官と受験生が逆になったみたいね。でも、いいわ。教育とは、国家の基本です。国家とは、人間の集まりです。その人間の知性が国家の知性になります」


「……」

 私をなめていたようね。私は、髪の毛を整えながら続けた。


「国の力を底上げするには、教育は不可欠です。教育とは将来、豊かになるための投資であり、未来に与える影響力は現代に生きる政治家などよりも教師の方が大きくなる可能性もある。だから、あなたは国を変えるために、教師になりたいんでしょう?」


「じゃあ、どうして俺が国を変えたいのか、わかるか?」


「おそらく、復讐でしょう? トルス家は、地方貴族。嫡子以外は、あくまでもスペアに過ぎない。どんなに優秀でも、飼い殺される。個人の幸せすらも追求できない。家を守るという大義名分のもと、あなたの幸せは殺される。そんな閉塞された社会を変えたいのでしょう? 違いますか?」


 彼の眼からはすべてに絶望しているようなオーラが出ていた。

 昔の私と同じ。彼は、私とは違って助けてくれる仲間もいない。


「さすがだな。あんた、かわいい顔をして悪魔のようにすべてを見通しているんだな」


「悪魔? なら、悪魔らしくあなたにささやいてあげるわ。私とともにこちらに来なさい。望み通りこの国を変えるチャンスをあげるわ」


 私はゆっくりと、手を差し出した。

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