第129話 策士策に溺れる

「お言葉ですが、私は議会と対立しているとは考えておりません」

 私は、余裕を見せるためにゆっくりと立ち上がる。そして、笑顔で答えた。


 会場はどよめいた。


「しかし、知事……保守党……地方議会第一党の過半数が審議拒否ですよ? これで対立していないとは……詭弁きべんを通り越して、妄言ではありませんか?」


 質問した記者は苦笑いして、私をバカにした顔になっている。後方にいるアドリアンも同じような顔ね。


「妄言? おもしろいことをおっしゃいますね。議会第一党が保守党?」


「そうですよ。議会第一党は22議席を保有する保守党が……」


 カレン副議長もゆっくりと立ち上がった。


「残念ながら、記者さん? それは1時間前までの話ですよ?」


「はぁ?」


 カレンさんとのアイコンタクトで私が引き継ぐ。


「ここで、私たちから発表があります。ただし、この発言はバルセロク地方の知事としてではありません」


「なら、一体……」


「自由党バルセロク地方支部長・ルーナ=グレイシアとして、発表させていただきます」


「まさか……」

 アドリアン幹事は、瞳孔どうこうを開いて私の意図に気づいたようだ。でも、もう遅いわ。


「この度ですが、私の横にいるバルセロク地方党の代表であるカレン氏から提案がありました。それは……です。そして、それは自由党総裁であるフリオ=ルイス伯爵も賛同されたことを発表させていただきます」


 記者たちは一斉に立ち上がった。号外を出すためね。

 

「それだけではありませんよ」

 カレン副議長は笑う。私が続ける。


「同じ申し立てが、庶民党と国民党からもありました。こちらは地域政党ではなく、元老院……中央にも議席を有しています」


「……」

 会場は完全に私たちの発言に支配されている。


『待てよ、地方党、庶民党、国民党の議席を合わせたら……』


『間違いない。現有議席は21だ』


『それだけじゃない。元老院でも、保守党に次ぐ第2党の誕生だぞ!?』


『まさか、あの森の聖女は……バルセロク地方から国政まで動かしたのか!?』


『あんなかわいい顔をして、どこまで計算していたんだ?』


 記者の人たちは勝手に騒いでいる。否定しない方がいいので、私は笑っている。今回の件は私だけの成果じゃない。中央のフリオ閣下の功績なんだけどね。彼は水面下で野党の再編を進めていた。それが偶然、このタイミングになっただけよ。


『だが、バルセロク地方議会においては、まだ保守党が……』


 私は聞こえてきた記者さんの言葉を否定する。


「違いますよ! そうですよね、アドリアン幹事? たしか、今日、保守党に離党届を出した議員の方が1名いらっしゃるんですよね」


「ああ」


 なぜ、それを……と言う顔で彼は凍りついた。

 離党者の名前はルシウス議員よ。息子さんを先の海賊騒動で亡くした議員。


 彼が、あの騒動の真実を知ればどうなるか……

 火を見るよりも明らかよね。


 彼も明日、自由党に加わる予定になっている。


 これで22対21。自由党が議会第一党に躍り出たわ。


 アドリアン幹事は青ざめている。それはそうよ。楽勝だと思っていた政治的な駆け引きに完全に敗北したのだから……


 油断をして議会第一党から転落した彼の政治的な手腕は疑問符をつけられる。

 彼は出世の道から完全に外れたはず。


 地方庁と議会はこれで協調関係となった。私たちの理想の政治に近づけたわ。


 ※


―アドリアン視点―


 なんとか議場の廊下を歩いていた。ショックで足元が震える。


 やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた、やられた。


 女なんかに負けるなんて――


 あの女に完全にやられた。

 無害で無知のような顔をしていて、腹の中は真っ黒な怪物だった。


 私の野望もここまでか……


 あの女を批判することで、保守党の英雄になる。

 そして、今回の議会で議長となり……

 次回の知事選で、ルーナ=グレイシアを破り知事になる。


 この完全な計画が、一気に崩れ去った。

 エル=コルテス議長がいないバルセロク地方保守党の頂点にせっかくなったのに……


 今回の件で、私は笑いものになった。1時間前まで、保守党の英雄だった私は一瞬で議会第一党の地位を失った無能男になり下がったのだ。


 怒りとともに、目の前が真っ白になって私は廊下の固い床に倒れ込んだ。


 これで終わりか……

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