第55話 刺客

「(勝負あったわね)」

 私は無言で、エル=コルテスを壇上から見つめた。

 彼は、顔面蒼白になって小刻みに震えているわ。


「ありえない、ありえない……どうして、ここにアレン大佐がいるんだ。兄上は何も言っていなかったぞ。こんな重要な情報がどうして共有されていないんだよ――まさか、俺はあいつらにとっては捨て駒に過ぎないのか」


 自分で墓穴を掘ったわね。こんな怪文書がなければあなたは若干の有利をもって選挙に臨めたはずなのに。


 もしくはここで自分が出てきてかき乱さなければよかったのに……

 悪手に悪手を重ねたわね。歴戦の政治家にしては不用意だったとしか思えない。


 有利な側がどうして積極的に動くのよ?

 自分から争点を作ってそれが突破口になってしまい逆転を許す。

 策士策に溺れるとはこういうことね。


 これで私に対する誹謗中傷は完全に覆ってしまった。

 怪文書のような形では影響力は限定されていたのに、わざわざマスコミの前で大事にして私の弱点を潰してくれた。


 もう、味方なのかしら? このおじさんは……

 壇上ではアレン様が演説を続けている。


「よって、伯爵家の対応を考えれば、ルーナの危機感力にも問題はありません。彼女は、お父上が行方不明という絶望的な状況にもかかわらず、領土の救援のために王都で気丈にも奔走していました。間近で見ていたから間違いありません。よって、エル=コルテス殿の――失礼しました。今回は怪文書でしたね。怪文章の内容は事実無根です。今日はそれをはっきりさせに来ました」


 あえて、エル=コルテスの名前を挙げて非難の意味を込めているわ。


 でも、会場の人たちもこの怪文書はエル陣営が作ったものだと察してくれているみたい。明日の朝刊が楽しみね。やんわりとエル陣営の責任を追及するような記事がたくさん発表されるわね。


 それが出れば勝負が決まる。

 僅差しかなかった支持率が逆転する流れが生まれた。


 会場は拍手に包まれる。

 

 エル=コルテスはうつむいたまま顔を上げない。ずいぶん素直に負けを認めるのね。


 おかしいわ。こんなに素直な相手なわけがない。なにかあるはず。


 コルテスに注意を向けていた私たちの前でひとりの男の記者が立ち上がる。


「この偽善者め!! 覚悟しろ!」


 男は絶叫しながら、魔力を手に集めた。


「伏せろ、暗殺者だ!!」と誰かが叫んだ。


 これがあいつコルテスの用意していた切り札ね。

 いざとなったら私を直接排除するために用意した強硬手段……


 男の手からは火炎魔法が放たれた。

 火球が私に迫る。

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