第26話 朧月夜
どうして眠れないんだろう?
もう体は疲れているわ。朝からずっと畑を耕していたんだもん。
畑仕事が終わったらそのまま現代語訳の準備よ。本屋さんから辞書を借りているけど、高価なものをずっと借りておくわけにもいかないからできる限り早く返さないといけないと思って連日、がんばっているの。
体も頭もつかれているからいつもなら布団にもぐったらすぐに眠れているのよ? でも、まだ眠れない。
土のにおいを思い出す。生物が作り出すあの香り。
自然にもにおいがあるのよ。私も王都にいた時は、考えたこともなかったんだけど土や草、花には違うにおいがあって生きているの。
私はずっと香りに囲まれていたはずなのに、この村に来るまで気がつかない愚かな貴族だったのよね。
村の人たちは文字は読めなくてもこういう本質的なところはしっかり理解しているの。
私は彼らの先生だけど、ルイちゃんみたいな女の子も私の先生なのよ。本当に大事なものを教えられているわ。
※
「お姉ちゃん、恋してるでしょ?」
「えっ!?」
「隠さなくてもわかるよ。きっとアレン様でしょ?」
「それは……」
「ルーナお姉ちゃんは私の先生だから言っておくね。だって、お姉ちゃんは私にとって大事な人だからね。これはお母さんから教えてもらったんだよ。幸せになりたいなら、自分の気持ちに素直になった方がいいよ。それが一番後悔が少ない生き方だってお母さんが言ってたもの」
※
ルイちゃんの言葉が私の心に突き刺さる。
「わかってるわよ。好きにならない方が無理じゃないの。ずっと私を近くで見てくれていた人なのよ。命を懸けてまで私を助けてくれた人なのよ。そんな人を好きになるなっていう方が無理よ」
でも、私が彼の重荷になってしまうのは間違いないわ。彼の栄光あるキャリアにも私の存在は邪魔になる。
※
「そんなわけにはいきません。すでに、準備はできております。馬車は、途中で私の領土の村を通ります。あなたは、そこで私の縁戚の娘、ルーナ=グレイシアとして生きるのです。すでに、村長には話をつけています。そして、馬車は、無人のまま爆発します。私は、あなたが死んだとクルム王子に報告すればすべて解決です」
「なんで……なんで、そんなことまでしてくれるの? 私は、あなたに返せるものなど、なにもないんですよ?」
「妹が……いや、あなたは王子の婚約者ではなくなったから、もう建前たてまえはいりませんね。私は、あなたのことをひそかに、思っていたんですよ。それは許されない気持ちでした。だから、あなたを妹のような存在だと、必死に思いこもうとしていた。でも、もうその必要性も無くなる。あなたは平民になってしまったけれど、そのおかげで何のしがらみもなくなった。そのような姫をさらわない騎士がいると思いますか……?」
「うそ、いつから……」
「それは、次に会った時にお話ししましょう。私の求婚の返事もその時にお聞かせください。それでは、もうすぐ目的の村です。逃げる準備をしてください」
※
私はあの馬車での会話を生涯、忘れることはできないわ。
でもね、次にあったら言うはずの返事はまだできていない。
彼も優しいからあえて答えを聞こうとしないの。私はずるいのに。彼に言葉を返してしまって関係が壊れてしまうのが怖いのよ。
身を焦がすほど彼を思っているからこそ言えないのよ。
『クロニカル叙事詩』の騎士と姫はどうやってこの怖さを乗り越えたのかしら?
外では
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます