第25話 遣らずの雨
私は、朝の畑仕事を終えて、本のお仕事を再開する。
今日は、第5幕のラスト「
恋愛感情を自覚したふたりは、森の小屋で密会し、お互いの気持ちを確かめ合う。でも、そこで姫が総督の娘であること、騎士が反乱軍のリーダーであることが発覚するのよ。
この事実がふたりを永遠に分けてしまうのよね。ふたりが恋人になれたのは一晩の間だけだった。
ふたりは敵同士で、もう二度と会うことができない立場だったのよ。
姫は、騎士に「もう帰らなくちゃ」とつぶやく。
彼は「次に会う時はどちらかが処刑台にいるかもしれないね」と返す。
その瞬間、
小屋の外は、雨が降ってきたわ。
「まるで、"遣らずの雨"ですね」
「遣らずの雨?」
「そうですか。イブールにはこの言葉はないのね。ヴォルフスブルクに伝わる言葉なんですよ。帰ってしまう友人や恋人を引き止めるかのように降る雨のこと。お互いを思う気持ちが強ければ強いほど雨は降り続けるの。帰らないでって、まるですがるかのように」
「なら、雨が降り続けるうちは恋人同士でいることができるんだね」
騎士がそう言うと、姫は震えながら肯定する。ふたりは目に涙を浮かべながら、何度もキスをするの。
悲しみに震えながらの会話は、
※
「悲しいけど素敵な話ね」
私は今日の分の仕事を終えて、本を閉じたわ。写本のアルバイトで生活には余裕があるけど、高価な油をそうたくさんは使えないわ。暗くなってきたら節約でご飯を食べて早く寝てしまうのよ。
それで、朝に早起きして活動するの。
貴族時代は、油を節約するなんて考えたこともなかったのに、1年間の平民生活でしみついてしまったのよね。
騎士と姫の密会の場所は、森の小屋。もしかしたら、こんな感じの部屋だったのかもしれないわね。油なんて用意していなかっただろうから、月明りだけがお互いのための灯り。
そんな些細な明かりだけを頼りに、1日だけの恋人関係は支えられたのね。
最愛の人と過ごせるのは、一生でわずかな時間。
それでも、ふたりは他の人間が一生をかけてぶつけるべき気持ちを一晩でぶつけ合ったのね。
自分がそうなってしまったらどうだろう。
最愛の人と会うことができるのは、あと1日だけ。
実際にそうなってしまったら、耐えられないわ。
「会いたいな。どうして、遠くにいるんだろう。もっとすなおになりたいな」
空に浮かぶ
今日は、眠れないかもしれない。
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