第22話 アレン様と本
―バルセロク市―
「おいおい、旦那!! どうしてこんなに早く写本を大量に用意できるんだ! どこの業者を使っているんだ。教えてくれよ。『イブール王国史列伝』をもう30冊も用意できたのか。神業かよ」
「いや~それは企業秘密です。ライバルの本屋さんに教えるわけないじゃないですか」
「だろうな。しかし、何人雇ったらこんな速さで写本を量産できるんだよぉ。それくらい教えてくれよ!」
「まぁ、それくらいなら……実は、9冊を3週間で作ってくれる人がいるんですよ。それもひとりで!」
「ひとりだと!! すごいな、その人は!! 有名な聖職者のひとか? それとも法務官僚の人にアルバイトを頼んだのか!?」
「いえ、無名のかたですよ。その人は学者としても通用するほどの知性がありながら、小さな村にこもっているんです」
「そりゃあ、随分と変わり者だな」
「いや、徳が高い人なんですよ。文字が読めない村人のために、自分で教材を買い集めて教えているんです。だから、私も写本のアルバイトを回して少しでもお手伝いできたらいいなと思ったんですが、まさかこちらがこんなに助けてもらえるとは思いませんでした」
「貴族の人たちは、悪く言ってしまえば自己本位なところがあるからな。俺たち平民の目線に立って寄り添ってくれるのか。やっぱり貴族様なのか、その人は?」
「それがよくわからないんです。でも、あの本を理解できるくらいの知性を持っている方です。きっと高貴な方なんでしょうね。彼女は自分の出自に口をつぐんでいるから、私も深くは追及しません。しかし、彼女が見せる献身性は、簡単にできることじゃありませんよ。私たちは、陰で彼女のことをこう呼んでいるんです……
森の聖女様とね」
※
私はいつもお世話になっているルイちゃんたちにご飯をごちそうして帰ってきたわ。ふたりともシーフードランチを美味しそうに食べてくれたの。嬉しいなぁ。ふたりともお父さんがまた、出稼ぎに行ってしまって寂しそうだったから元気になって嬉しいな。
お父さんも立派な体を持った力持ちの農夫さんみたいなひとでとてもやさしかったわ。私がルイちゃんたちに勉強を教えていることを話したら目を丸くして驚いていたの。
あれは少しだけ面白かったな。
その後、涙を浮かべて感謝されたっけ。この村に来てから、私はいろんな人に応援されたり感謝されている。貴族時代はそんなことはほとんどなかったのに……だって、私は王子様の婚約者だったからみんなに
物質的な豊かさはあった王都生活だったけど、今の生活ほどの充実感はなかったの。
だから、物が不足しているけど精神的に豊かな今の生活は本当に楽しいし幸せ。誰かに必要とされている今の方が気持ちが楽よ。
私はこの生活が大好きなのね。
そして、この生活を与えてくれたアレン様のことも……
「やあ、ルーナ。元気にしていた?」
噂をすれば……神様は意地悪に見えて親切な気もするわね。
「はい、アレン様! 手紙に書いていた写本作業も上手くいっていますよ。『イブール王国史列伝』ももう10冊も書き写しました!」
「そんなに書いたのかい? すごいな」
「実はアレン様にもプレゼントがあるんですよ。これは自分で紙を買って作った写本です。もらってくれませんか?」
アレン様用にも実は1冊取りおいていたのよ。
だって、恩人だもの。私から彼にプレゼントを渡せる機会なんてめったにないから。こういうチャンスを逃してはいけないわ。
「ああ、ありがとう。王都でもこの本は品薄でね。プレミアム価格で取引されているんだよ。とても嬉しいな。キミからもらえる初めてのプレゼントがこんな貴重なものなんて……」
「アレン様は恩人ですからね。ちゃんとお礼を返さなくちゃいけないじゃないですか!」
「ふふ、大切にさせてもらうよ」
「アレン様のことを考えながら一番丁寧に写した本ですから、読んでもらえると嬉しいです!」
「騎士で歴史を学ばない者はいないよ。歴史はたくさんのことを教えてくれる。人の動かし方、戦略、物事の考え方。特にこの本の1巻は僕が一番尊敬するカルロス国王の列伝だからね。大切にするよ。僕の宝物だ」
「よかった! 王都で昔そんな話をしていたのをおぼえていたんで喜んでもらえると思ったんですよ!」
「嬉しいな。おぼえていてくれたのかい?」
「はい! 私は記憶力がいいんですよ!」
「そうだろうね。それもこれは今、国中で話題になっている"森の聖女"写本だ。家宝にしないとね!」
「えっ!!」
「あれ、当事者は知らないのか。実は噂になっているんだよ。謎の聖女がどこかの田舎に人知れずいて、写本をすごいスピードで作っているとね。彼女は、大貴族か学者の家系出身で、弱者のために献身的に自分の知識を使って活躍しているってね」
「もしかして……そのうわさの聖女様って……」
「もちろん、ルーナのことだよね。噂の震源地が、バルセロクってことで確定だね」
「ごめんなさい。まさか、こんな大事になっているなんて……」
「大丈夫だよ。誰もキミが聖女の正体だとはわかっていないから。村の人たちには僕の方から口止めしておく。アルバイトのほうも頑張ってね!」
「うう、頑張ります」
私って聖女様っていうがらじゃないのに……
どうしてみんな勘違いするのよ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます