第20話 1年後

 私が村長になってから1年後。


 村の生活にはかなり慣れて来たわ。自分で畑を耕してイモを収穫して食べる。他にも作るのが簡単な季節の野菜を栽培しているわ。


 イモは1年中作れるので便利だわ。王都での主食はパンだったけど、この村に来てからはずっとイモが主食ね。蒸かして塩をかけて食べるだけで美味しいし、たまにおっそわけのチーズと一緒にオーブンで焼いたりして食べるのは最高よ。季節の野菜にお酢や塩をかけてサラダで食べるのも好きね。


 最近はルイちゃんのお母さんにピクルスの作り方を教わったりして食卓が豪華になっているわ。


 イモと野菜、たまに乳製品の食生活は貴族時代と比べると見劣りするけど、自分で作った新鮮な材料に囲まれた食生活はとても充実しているわ。


 村の人たちに食事に呼ばれたりして、楽しく生活できている。


 ちなみに、アレン様は何度も村に来てくれているけど、お互いに恥ずかしくなって進展はないわ。残念なような、ホッとするような不思議な気持ち。


 そうそう、男爵家からもらった賠償金だけど、村の人たちと相談して金利分と相続者がいなくなってしまったお金は私に一任されたの。この村で一番賢いから、私がやり方を考えた方がいいとみんなに言ってもらえたわ。


 だから、皆が勉強するのに必要な教材を買い集めたり、オリーブの植樹をしたり、村の人たちの互助組織を作ったりするのに使わせてもらったわ。


 まだ、少し残っているから緊急時のために予備費にしているの。


 村の広場やイース前村長さんの家で、朝や夜に子供たちや希望する大人の人に読み書きや計算を教えているわ。子供たちはもう簡単な絵本くらいなら自分で読めるようになって私を驚かせてくれる。


 大人の人たちも少しずつ文字をおぼえてくれているわ。みんなしゃべる言葉と文字が一致しないだけで文字だけを理解できれば、あとはすらすらいくはずよ。ルイちゃんのお母さんは物覚えがよくて、文字をすぐにマスターしてしまって、今は騎士とお姫様の恋物語を楽しく読んでいるわ。


 お母さんは「いままで話していた言葉を応用するだけだから文字だけ覚えたら簡単よ。小説っていうのかしら。こんな素敵な恋物語が世の中にあるなんて知らなかったわ。文字をおぼえるだけでこんなに世界が広がるのね!!」って喜んでくれたの。


 お母さんの少女のような笑顔を見ているだけで、私も報われるわ。教材用に買ってきた本をふたりでシェアしたりして、今ではすっかりロマンス小説の仲間よ。


 図書館みたいなものがこの近くにもあればいいのになぁ。イブール王国には王都にしかないのよね。


 いくら本屋さんが格安で本を譲ってくれるとはいえ、そんなに何冊も本を買うのはかなりの負担だもん。


 私ももっと本を読みたいんだけどね。

 なにかいいお仕事でもないかしら? オリーブが収穫できるのは、あと何年も先のことになるし。


 アレン様もお仕事が忙しいから読書っていう趣味の話で相談するのも気が引けるのよね。


 そうだ、本屋さんに頼んでみようかな? たとえば、写本のお手伝いとかなら私でもできるだろうし!


 外国では、魔力活版印刷という方法が確立されているらしいんだけどね。諸外国の言葉と違ってイブール語は文字数が多くてなかなか導入できないそうよ。だから、本を手書きで写さなくてはいけないから、庶民がなかなか手に入らないほど高価になっているのよねぇ。


 明日、街に用事があるからその時に相談しよう!!

 そう思って私は早めにベッドに入る。


 ※


―バルセロク市―


 久しぶりに街に出てきた私は、村の人たちに頼まれた必需品を買いそろえて本屋に向かったわ。


 あの本屋さんは、貴族や大商人御用達ごようたしで品ぞろえも多いわ。

 写本にミスがあったして商品にならないものや仕入れたけど売れないものを安く譲ってもらっているの。


「おや、ルーナさん。久しぶりですね」


「ええ、1カ月ぶりですね、店主さん!」


 最初に来た時のあの嫌味な感じとはうって変わって本当に親切に対応してくれるようになったわ。私が村の人に文字を教えていると話したら、是非とも協力したいと申し出てくれたのよね。今では楽しくお話しできる仲よ!


「今日は絵本を用意しておきましたよ!」


「わ~、ありがとうございます! 子供たちも喜びますよ」


「そりゃあよかった。しかし、あなたのような賢い女性が人知れずあんな小さな村にこもって、子供たちのために勉強を教えているのは本当にすごい。あなたは本当に聖女みたいなひとだね。そんな徳が高い人に協力できてうれしいよ」


「ありがとうございます! でも、聖女なんて言い過ぎですよ。私はただのしがない女村長ですから」


「そして、謙虚だ。いや~現代の聖人ですね」


「もう、あんまりからかわないでくださいよ!」


 そして、私は絵本のお金を支払った。


「そうだ、店主さん。もし、写本とかのお仕事を手伝ったりできませんかね? 実はもう少し本を買いたいんですけど、農業のお金だけだと足りないんで少し働きたいんですよね」


「ああ、それならお願いしたい本があるよ。やってもらえるかな?」


 店主さんは部屋の奥から1冊の本を取り出してきたわ。


『イブール王国史列伝』。最近、編さんされたばかりの歴史書ね!

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