第19話 アレンの夢

「では、よろしく頼むよ、ルーナ村長!」


「はい、つつしんでお受けいたします」


 うう、村長なんてやれるのかしら。私は荷が重いかも……


「それで男爵家から支払われる賠償金はどうするつもりかな?」

 そうね。

 翌日には、クリス様から賠償金が支払われたわ。とりあえず、村の金庫に保存して手つかずになっているのよ。さすがに領主様に相談なくお金を分配するのも違う気がするし。


「アレン様と相談してどうしようか決めようと……」


「なら、ルーナ村長が中心になって決めるといい」


「ええっ!!」


「大丈夫だ。今回の件は、私はほとんど関与していない。利子がついたとはいえ、もともとは村の人たちのお金だ。キミたちが決めるのが一番だろう」


「なら、まずは被害にあった人たちにお金を返金します」


「そうだね。それがいい。でも、絹を払った人でも、もう亡くなった人もいるだろう? この家の元家主のように?」


「はい、返金できない部分については、村の共有費にまわそうかと」

 家族もなく本人も死んでしまった家もいくつかあるわ。受け取り手がいないお金は仕方がないから村の人たちみんなでありがたく使わせていただくしかないわね。少しだけ心苦しいけど……


 でもみんなが幸せになるためにお金を使うのよ。たぶん納得してくれるはずよね。


「うん。その共有費をどうしたいんだい?」


「いくつか考えがあるんです。村の人たちに相談してからどれがいいかを選んでもらおうかなって」


「ちなみに案を教えてもらえるかな?」


「はい。ひとつ目は、教材の購入費です」

 これは街の本屋さんとも提携できるからね。あの人はすっかり私と仲良くなったのよ。たまに手紙でやり取りしているの。私の案を手紙で話したら、格安で教材を譲ってもいいと言ってくれたの。本は貴重品なのに……


「ほう?」


「この村の人は文字を読むことができなかったり、簡単な計算ができなくて、今回のような詐欺に巻き込まれてしまいました。だから、少しずつ皆に勉強を教えるための教材費を買おうかなって……」


「いい考えだね。たしかに、識字率は大事だから」


「基本的な教育も受けられないと、やっぱり損をするのは本人です。自分の身を守るためにも知識って必要だと思いました。今回の件でも、私は法律を勉強できたおかげで皆を守ることができました。文字の読み書きはやっぱり大事ですよね」


「なるほど、今回の経験も大きいんだね」


「はい! 自分の身を守るためにも、知識って大事だと思うんです」


 もし村の人たちが本を自力で読むことができるようになったら、今回の事件のようなことには巻き込まれないかもしれない。自分の人生を生きることができるかもしれない。やっぱり、教育って選択肢を広げるために大事なことよね。この国はそれを軽視しすぎよ。


「ちなみにほかの案は?」


「ある程度、まとまった額が手に入ったので、それを元手に銀行のまねごとをしてもいいなと思っています」


「銀行?」


「はい。どうしても緊急時にお金が必要になることってあると思うんですよ。災害や病気とかですね。でも、手元に置いておくとお金ってすぐになくなっちゃう。私も平民の生活をしていたらよくわかります。だから、本当に必要になるまで、私が預かって管理しておこうと思うんです」


「うん? でもそれだけだと村の人たちにはあまり利点はないよね?」


「はい、なのでお金を引き出した人から若干の手数料をもらうことにします。銅貨3枚とか本当に少額です。それでその手数料を他の人たちに分配するんです」


「なるほど。長く預けていた人が一番得をするようにするのか。お金が勝手に利益を作ると?」


「はい。お金がお金を生むようになれば生活は楽になりますから」


「だが、一人で管理するのは大変じゃないか?」


「そこはナジンにも手伝ってもらいます。彼はお金にうるさいうえに、鎖のせいで絶対に不正ができないんですから。最適の人材です」


 これは東の大陸のとある地方の互助制度をもとにしているわ。向こうでも村の人たちが自分たちを守るために村のグループで団結して、こういう制度を考えたそうよ。どこの国でも平民は必死で生きているの。弱者だから知恵を出し合って頑張っている。私たちだって頑張ればきっとうまくいくわ。


「ふふ、すごいことを考えるね。他には?」


「この村に商品作物も増やしたいので、苗を買いたいです」


「商品作物?」


「はい、この村は芋が農業の中心です。蚕を飼って、絹を作ることで補完していますが、利益を出す体制が不安定です。だからこそ、オリーブなどの栽培も増やしてはどうかなと」


「たしかに、オリーブは食用にもなるし、油にもなる。油は高級品で高く売れるからね」


「村の人の生活が豊かにもなりますし、そうすればアレン様への税収も増えます。この村の男の人は農業ができない季節は都市に出稼ぎに行くんです。でも、豊かになれば家族が一緒に過ごせる期間が長くなる。みんな笑顔になれるんですよ」


「いいことづくめだ」

 アレン様は納得したように笑う。よかった、合格みたいね。


「今のところはそういう形で考えています」


「わかった。村の人たちと話し合いが終わったら、続報を教えて欲しい」


「はい。よろしくお願いいたします」


「しかし、ルーナがこんなに優秀だとは思わなかったよ。殿下は、とても大きい逸材を見逃していたんだね。キミほど優秀な人材を追放するなんて大きな損失だった」


「いえ、私はこの村に来たからこそ変われたんだと思います。環境が人を作ると言いますか……いろんな状況を知って、価値観が変わってしまったんですよ。たぶん、良い方に」


「ルーナの潜在能力に気が付けなかった殿下が、本当のことを知ったら悔しがるだろうな」


「そうだといいんですが」


「でも、僕は君を手放したくない。たとえ、相手が殿下でも、ルーナは絶対に渡さない。殿下が本当のキミを見抜けなかったのがいけないんだ。それは彼の責任だ」


 うう、不意打ちでデレるのはずるいわ。ずっとまじめな話をしていたのに、いきなりそんなストレートな好意をぶつけられたら恥ずかしくなっちゃうじゃない。


「……」


「どうした? そんなに顔を赤くして」


「いえ、気にしないでください。少し興奮しただけですから」


「興奮? まぁ、いい。ちょっと夢の話をしたい。付き合ってくれるか?」


 うう、朴念仁ぼくねんじん。自分が愛の告白をしたことにすら気が付いていないのね。そんなことってある。いくらなんでも、天然すぎる。


「はい。夢、ですか?」


「うん。僕はこの国を変えたい。貴族たちは自分の利益しか考えずに永遠に派閥抗争に明け暮れて領民のことすら考えないこの国を。低いまま改善されない識字率や永遠と同じものを作り続けている農業。現状維持を是として何も発展しないまま、貴族だけが利益をむさぼっている。そんな国には未来がない。改革が必要なんだ。そうしなければ、ヴォルフスブルクやグレアなど強大な列強国に飲み込まれて国が滅んでしまう」


「そこまで考えていらっしゃるんですね、アレン様は……」


「だが、僕では器が足りないんだよ。僕はどちらかといえば古い人間だ。ルーナのような自由な発想が生まれてこない。僕の考えは保守的なんだ。だから、改革の旗手を求めていた。クルム殿下が僕の求めていた改革者だと思っていたんだ。でも、違うな。彼もまた保守的な枠組みでしか物事を見ることはできないんだよ。最近の彼の言動でそれがよくわかった」


「えっ?」

 アレン様はすごいことを言い出したわ。これはとらえ方によっては不敬だし、派閥からの独立宣言にも聞こえる。


「キミを追放したり、情報局を乗っ取って監視社会を作ろうとしている。彼の権力基盤は、やっぱり王権という古い枠組みの中にしかしないんだ。それでは、現状を維持する方向にしか動かない」


「……」


「彼と僕はいつか決定的に対立することになると思う。できればそれは避けたいけど、避けられないかもしれない。そして、その時……僕が頼るのはルーナだ。助けてくれるね?」


 ものすごい話になってしまった。私は自分の考えを話しただけなのに、それ以上に期待されている気がするわ。王子とアレン様が対立? 本気なのかしら。それとも試されているだけ?


「もちろんです。私は絶対にあなたを助けます」


 でも、アレン様を助けないという選択肢はないわ。彼は私のことを命がけで助けてくれたのよ。それに報いなくてどうするのよ!


「ありがとう。キミだけが頼りだ。ルーナならこの国を変えてくれるかもしれない。期待しているよ」


「でも、私はまだ一介の村長です。クルム王子には生存を知られるわけにもいきません。そんな私がアレン様の夢をかなえるなんて、それこそ夢物語ですよ。あんまり期待しないでくださいね」


 私はアレン様の考えには半信半疑ね。私に政治の才能なんて本当にあるのかしら。にわかには信じがたい。たしかに小さいころからその政治の世界を横から見ていたけど……


「大丈夫だよ。これでも僕は運命論者なんだ。ルーナは運命に愛されているよ。だって、運命はずっとルーナに味方している。たぶん、キミのことを世界は放ってはおかないさ。時が来れば、キミはクルム王子すら足元にも及ばない特別な存在になって僕の夢をかなえてくれるよ。キミには才能がある。それもずば抜けた才能が……政治の才能を持つ人間を世界は絶対に見逃したりはしないさ。キミはいつか絶対に世界に必要される。その時はすべての問題が解決して、表舞台に出ていけるようになる。僕はそう思うよ」


 アレン様は興奮したように語るわ。一人称が"僕"の時は彼は本音を話しているときだもの。


 運命か。たしかに私がこの村にいるのも偶然の運命なのよね。ならなにかをやるわけじゃなくて頑張って生きればアレン様の言う道が開けるかもね。


「じゃあ、その時が来るまで今の生活を頑張って生きようと思います」


「そうだね。僕も王子とうまくやれるように最善を尽くすよ」

 私たち共犯者は静かに笑いあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る