第14話 悪徳貴族、論破

「平民どもに何がわかる! お前は文字が読めたとしても、俺がやっていることのどこに問題があるのかわかるのかぁ! どこに申し立てしたら、俺を破滅させることができるかわかるのか! 痛い目にあいたくなかったら、早く絹を出せ。お前たちの生意気な態度も一度だけは見逃してやる!」


 太った悪徳貴族は、私にそう言って詰め寄る。


「自分の悪事をお認めになるんですか? 男爵?」

 私は、冷たい声で聞き返す。だって、そうでしょう。男爵は、「俺がやっていることのどこに問題があるのかわかるのかぁ! どこに申し立てしたら、俺を破滅させることができるかわかるのか!」と言っているのよ。これは、自分の罪を自白したのと同じ。


 こういう言い争いの場では、絶対に熱くなってはいけない。熱くなったら、自分の自制心が効かなくなってしまい、不利なことまで口にしてしまうから。


 貴族は、幼いころからそう叩き込まれるのよ。でも、実践できる人はほとんどいないわね。


 この男爵も同じ。年齢は30歳くらいだろうけど、まるで自分の感情を制御できていないもの。


「うるさい。俺の罪を、教えてみろ。言えたなら、認めてやろう。だが、できるわけがないだろうな。お前は、しょせん平民だ。平民はな、貴族に雑巾のようにしぼり取られているくらいがちょうどいいんだよ。下手な知識も持たずに、俺の言うことをはいと言えばいいんだ。それが、平民の幸せなんだからなぁ」


 この横暴な発言に、皆が歯を食いしばっているのがわかるわ。

 こんな奴のために、税を払っているわけじゃない。


 民は、貴族たちに守ってもらうために税を払っているのよ。

 そんなこともわからずに、ただ自分の欲望のために、平民を重い税を支払わせるなんて、許せない。


 こんな奴に、皆の幸せを奪われるわけにはいかないのよ。


「イブール王国徴税法第21条。何人なにびとも許可なく、税を徴収することはできない。それに違反した場合は、極刑に処す」


 私は必死になって、暗記した法律を、男爵にぶつける。


「何を言っているんだ……おまえ」


「イブール王国行政法第156条の2。政府が発行する公文書を偽造してはならない」


「おい、やめろ」


「イブール王国憲法第31条。貴族は、己が特権をむやみに乱用してはならない。また、平民は貴族が権利の乱用をしている場合は、抵抗権を持つ」


「やめろ、やめろ、やめろ、やめろ!!!!!!!!!!」


 私が、何も見ずに法律を読み上げている姿を見て、目の前の男は青ざめていく。もう、男爵と呼ぶのすら、ためらわれるわ。


「認めていただけますか? 素直に認めて、今まで私たちをだましてきことへの補償をしてもらえれば、今回の件は不問に付しますよ?」


 私もあまり表沙汰おもてざたにされたくはないし、村の皆も貴族に歯向はむかったという事実は、できれば隠しておきたいらしいわ。

 だから、甘いけど、ここで妥協だきょうしておきたい。


 でも、そんなことができるような人ではなかったわ。


「誰が認めるかぁ!! お前たちは、貴族である俺様をバカにしたな。その罪は、万死ばんしあたいする。裁判など必要ない。お前らを皆殺しにしてしまえば、私の罪などわからない。お前たちやってしまえ! 法律など知ったことじゃない。貴族の誇りを汚した平民など殺してしまえ!」


 男たちは、剣を抜いて、私たちを威圧する。


 やっぱりそうなるわね。

 これだけは避けたかったんだけど……


 一応、私は護身用の魔力が使えるけど、男たちを全員倒せるほどのものじゃない。村の男の人たちと力を合わせれば、なんとか撃退できるかもしれないけど、相手は武装しているから、犠牲は避けられない。


 だから、私は別の作戦を用意していたのよ。


 彼が近くの領土の貴族であることはすぐにわかったわ。あんなに男を雇うことができるなんて、貴族か大商人か盗賊くらい。


 そして、大商人は容疑者からは簡単に外れる。

 だって、この村の皆をだまして得ることができる絹なんて、こんな危険を冒してまで得るほどの利益にならないわ。


 盗賊集団も疑わしいけど、しゃべり方が、盗賊じゃなかったもの。そもそも彼らはこんな回りくどい方法をする必要もないわ。偽造書類なんて作るくらいなら、剣で襲って奪ってしまった方がいい。


 だから、容疑者は貴族だと思って、私は情報を集めたのよ。


 そして、詐欺グループの主犯が、男爵だとわかった。


 彼の領土では、当主を恨んでいる人がたくさんいたから、すぐに情報はつかめたわ。贅沢ぜいたくと出世のためのワイロにいつもお金を浪費しているから金欠だってね。


 自分の領土の税だけじゃ贅沢ができないからって、ずるいことを考えていたんでしょう。


 それが転落への入り口とも知らず。


 こういう名誉欲に駆られた悪徳貴族には、たいていの場合にお家問題があるのよ。

 それが定跡。


 だから、私は、男爵家を調べたわ。


 そして、弱点を見つけた。


 異母弟の存在ね。


 彼の父親は、どうしようもないくらい女好きだったらしいの。そして、父親が亡くなった後は、男爵と異母弟は跡目を争って、骨肉の争いをした。


 そして、なんとか彼が勝ったけど、弟はまだ跡取りの道をあきらめずにくすぶり続けているのよ。男爵家には、優秀な弟を支持する家臣もたくさんいるから、失脚した弟を兄が好き放題できずに緊張関係が続いている。


 その緊張関係に、今回のようなスキャンダルが見つかった。

 あとは、わかるでしょう?


「そこまでだ、兄上! 武器を捨てて、降伏しなさい」


 こうなるのよ!

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