第3話 聖女と勘違いされる私

 私は頑張がんばって、森を走った。すべてを失ってしまったけど、私は生きたい。

 ここで終わりたくない。


 私を育ててくれた両親のためにも、私に命をけてくれたアレン様のためにも……

 そして、私自身のためにも。


 ここで死ぬわけにはいかないのよっ!


 それに、すべてを失った私のことを好きと言ってくれている人がいるのよ? 生きる理由なんて、それだけで十分よ。


 枝や草で、足にり傷ができる。それでも、私は走った。もしかしたら、追手が来るかもしれないもの。

 ここで捕まってしまえば、すべてが終わり。


 村につけば、私はまだ生きることができる。

 そして、幸せになる。みんなの分まで、幸せになるのよ。


 そして、私は希望までたどり着いた。よかった。追手も来ていないわ。


「大丈夫かい、お嬢さん。傷だらけじゃないか。ああ、もしかしてアレン様が話していたルーナ=グレイシアさんかな?」

 村に何とかたどりついた私は、入り口で力尽きる。もう、体に力が入らない。


「はい、そうです。よかった……」

 安心した瞬間に、今まで張りつめていた緊張の糸が切れて私は意識を失った。


「おい、誰か来てくれ。娘さんがケガをしているんだ。私の家まで運んでくれ」


 ※


「ここは……」

 私は、目が覚めると、ベッドに寝かされていた。

 

「目が覚めましたかな? ここは私の家ですよ、ルーナ様」

 老人の声が聞こえた。さっき、村で私を助けてくれたおじいさんだ。


「あなたは?」


「申し遅れました。私は、このマルト村の村長を務めておりますイースと申します。このたびは、大変でしたね」


「ありがとうございます。あの、アレン様からは、どう聞いておられるのですか?」


「伯爵領で起きた噴火で、家と家族を失った縁戚の娘さんとしか……まさか、こんなに傷だらけで、ここにいらっしゃるとは思いませんでしたが……」


「申し訳ございません。森で転んでしまって」

 私は苦しい言い訳をしたわ。


「なるほど。今、村の者が薬草を取りに行ってくれています。もうしばらく、お待ちください」


「大丈夫です。このくらいの傷くらいなら、自分でも治せますので」


「えっ?」


治癒ちゆ魔法ですよ。消毒も一緒に自分でできますわ」

 私は、学校で習った治癒魔法を使って、自分の脚の傷をいやす。

 ばい菌が入っているかもしれないから、解毒魔法もね。


 これでよし!


「あなたは、平民ですよね? どうして、貴族様でも一部の者しかできない治癒魔法を使えるんですか?」


 あっ……

 しまった。


 魔力は基本的に貴族しかできないんだったわ。

 私は身分を隠さなくてはいけないのに、それを披露ひろうしてしまったの。


 どうやって、言いつくろえばいいかしら……


「それが、私は先天性的な魔力適性があってですね。それで、その、独学で……」


「独学で!?」


「はい。そうなんです」


「なるほど、だからこそアレン様は人知れず、あなたをこの村にあずけたのですね。たしかに、そうしなくていけないな」


 うん?

 なんか、勝手に納得されてしまったような気がするわ。


「あのなんか勘違いしていませんか、村長さん?」


「いえ、何も勘違いなどしていません。なるほど、独学で高位の治癒魔法を習得したのですか。恐るべき才能ですな。そうか、アレン様があなたを助ける理由もよくわかる。たしかに、そのようななら、どんな危険に遭遇するかもわかりませんからね」


「えっ、聖女様?」


「そうでしょう。治癒魔法を独学で習得できるなど、神に選ばれし者しかありえません。世界中の国々が欲してまない人材ですよ。王国の切り札にすら成り得る。だからこそ、あなたを保護して、このような村に隠した。このようなへんぴな村に、そのような人がいるとは夢にも思わないでしょうからね」


「いえ、それはちが……」


「わかりますよ。立場上、肯定することも否定することもできないんですよね。構いません。我々は、勝手に勘違いしているだけですから。それなら、あなたが罪に問われることもないでしょう?」


「……」

 もう何も言うことができなかった。


 こうして、私の新しい聖女様生活が始まってしまったの……


 ※


「お腹が空いたでしょう。よかったらこれでもどうぞ」

 村長さんからは、かしたイモを渡された。


「ありがとうございます」


「私もいただきますよ。やっぱり、イモは最高です。蒸かして、塩をつければ、最高の一品になりますからな」


 そう言って、村長さんは皮をむいて美味しそうに、イモにかじりついた。


「笑っていなさい。あなたは生きているんだ」


「えっ?」


「あなたはずっと苦しそうな顔をしている。それほど、苦しいことがあったんだと思います」


「はい」


「だが、ずっと過去に縛られてはいけない。それじゃあ、キミのたましいまで、過去に行ってしまう」


「……」


「いいかい、心までは腐らせちゃいけない。しっかり食べて、しっかり生きるんだ。そうすることしか、人間は過去には打ち勝てないんだからね」


 私は、彼の話を聞きながら、イモをかじる。

 塩だけの簡単な味付けなのに、王都で食べたどんなごちそうよりも、美味しく感じた。

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