第2話 アレン=グレイシア

「この後、私はどうなるのよ。アレン様? 長い付き合いでしょ。それくらい教えて。お願いだから……」

 私を護送していたのは、顔見知りの騎士のアレンだったわ。

 アレン=グレイシアは長年、王子に仕えている私たちの5歳年上の騎士。


 私たちに対して、兄のように接してくれていた人。

 だからこそ、私は彼に慈悲じひを求めた。


 彼にまで捨てられたら、私はこのまま絶望のはてに死ぬ。


「ルーナ様、あまり気を落とさずに」


「それは無理よ。家族を失ってすぐに、身分も財産も奪われたのよ?」


「手続き上は、ルーナ様は火山噴火の被害の責任を取って自発的に、身分と財産を国に返還したという立場になっています。あなたが伯爵家の当主ですからね」


「あれが、自発的になのかしら? 強制的に、の間違いでしょう」


「……申し訳ございません」


「あなたが謝ることじゃないわ」


「クルム王子のプランでは、あなたはこのまま国境沿いの古い塔に幽閉ゆうへいされることになっています。表向きは……」


「表向き? なら、本当はどうなるの?」


「塔にたどり着く前に、馬車がぞくに襲われて、炎上。あなたは馬車と運命を共にする。もちろん、賊などいません。この馬車には、魔力爆弾が仕掛けられているんです」


「……口封じされるのね?」


「はい。私は、あなたが死ぬところを見届けるように命じられました」


 最悪の死刑宣告よ。私が抵抗しないように「過去の献身を考慮して命だけは奪わない」と言っていたのも、私をだまして抵抗しないようにして……


 ずっと、私の家族をだましていたように、今回も私のことを……

 結局、私の実家の財力しか興味がなかったのよ。あの人は……

 私がそれを失ったら、すぐに捨てるくらいだもの。捨てるだけじゃない。いろんな口封じのために抹殺まっさつされる。


 私は、涙を抑えきれなくなり、崩れ落ちる。


 せめて、最期の瞬間までアレンが付き従ってくれることが唯一の救いよ。彼は、最後の最後まで私に誠実に対応してくれるから……


 今回のことだって、私に言わなくてもいいことをあえて教えてくれたのよ。

 たぶん、命令に違反してまで……


 最後まで私に誠実な人が家族以外にひとりでもいるの。それは幸せなこと……


 私は必死にそう思い込もうとしていた。でも、涙は止まらない。


 死にたくない。

 こんな絶望の瞬間に人生を終わらせたくない。


 少しでも幸せになりたかった。誰かに本当に愛されたかった。

 死ぬにしても、愛してくれる人に囲まれて死にたい。


 私はまだ、20年しか生きていないのよ。まだ、これからなの……


 そんな気持ちが抑えられなくなってしまう。


「誰か助けて」

 私は、思わず声に出してしまった。


 アレン様が私の手を優しく握ってくれる。


「わかりました」


「えっ?」


「先ほどの計画は、あくまで王子様の計画にすぎません」


「どういうこと?」


「私は、ルーナ様を本当の妹のように思っています。妹が、そのようなことになっていくのを、黙って見ているわけがないでしょう? あなたの本心を聞けてよかった」


「でも、そんなことがばれたら、あなたの身だって危なくなるわ。ダメよ、破滅するのは、私だけでいいの」


「そんなわけにはいきません。すでに、準備はできております。馬車は、途中で私の領土の村を通ります。あなたは、そこで私の縁戚の娘、ルーナ=グレイシアとして生きるのです。すでに、村長には話をつけています。そして、馬車は、無人のまま爆発します。私は、あなたが死んだとクルム王子に報告すればすべて解決です」


「なんで……なんで、そんなことまでしてくれるの? 私は、あなたに返せるものなど、なにもないんですよ?」


「妹が……いや、あなたは王子の婚約者ではなくなったから、もう建前たてまえはいりませんね。私は、あなたのことをひそかに、思っていたんですよ。それは許されない気持ちでした。だから、あなたを妹のような存在だと、必死に思いこもうとしていた。でも、もうその必要性も無くなる。あなたは平民になってしまったけれど、そのおかげで何のしがらみもなくなった。そのような姫をさらわない騎士がいると思いますか……?」


「うそ、いつから……」


「それは、次に会った時にお話ししましょう。私の求婚の返事もその時にお聞かせください。それでは、もうすぐ目的の村です。逃げる準備をしてください」


 私は、頷くことしかできなかったの。

 すべてを失った私にとってアレン様の思いはもったいなさすぎる。


 彼は、王宮でも人気がある騎士だし……


 そして、カステローネの英雄……


 端正に整った顔と、すらりとした長身。そして、どんな魔獣にも負けない体。


 騎士団でも次期団長最有力。学業も優秀で、将来は政界、つまり元老院議員に転身するように勧められているとも聞くわ。

 なのに、私を匿えば彼の経歴に傷をつけることにもなりかねない。


「さあ、いきなさい。ここから街道に従って、1時間も歩けば、村にたどり着きます」


「ありがとう、アレン様……」


「騎士になって、お姫様を救うという夢が叶ったんです。礼などいりません」


 私はうなずいて、必死に森を走った。

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