第5話 可憐な嵐


「今年転入してきました、一階担当、1年3組桂山飛彩です。1年生、6年生、よろしくね!」


その日の晩礼にて、飛彩達8名は順に自己紹介を行った。小学生全体を集めた晩礼であった。飛彩を始めとし、次々と自己紹介が進んでいく。


「1年1組、枝華手莉菜です。同じく一階担当です。よろしくお願いします。」


瑠佳が莉菜に手を振る。莉菜は小さく手をふり返すと一歩下がる。


「二階担当、3組、金城結依。よろしく。」


飛彩と同じクラスではあるが、初めて聞く名前だ。口数が少ないのが原因なのかもしれない。自ら立候補するような人物には見えないが、友人に誘われたのだろうか。


「同じく二階担当の九重沙月でぇっす!ゆいゆいと、飛彩ちゃんとは同じクラス!2年生と5年生のみんな、よっろしっくねぇ〜!」


唐突に出された自分の名前に驚いた飛彩だったが、思えば教室で一度話しかけられたことがあることを思い出す。3重のまぶたが印象的だった明るい女の子だ。


「倉智真冨由です。二階担当です。二人とは同じクラスです。仲良くして欲しいです。」


鼻の上に小さなメガネをちょこんと乗せているのが特徴的な、ちっちゃめな女の子。ツインテールで、その長い髪は腰まで伸びており、手入れが大変そうだ。


「3階担当1年2組、内藤恵梨奈だよ。仲良くしようね!」


アルビノでありオッドアイ。美しくはあるが同時に奇怪でもあるその見た目にコンプレックスを抱いているのか、最後に萎縮したように笑う。飛彩は素直に綺麗だと思った。顔もまるで人形のように整っており、自嘲したような笑いでさえその場にいたものの心を鷲掴みにするには過剰すぎるほどだった。


「同じく、堀田かぐらという。エリを泣かせたら叩き殺すから、気をつけろよ?ガキども。」


身長が高く、威圧感もすごい。怖そうだし、関わりたくないと飛彩は思った。ベリーショートの黒髪はツンツンしており、まるで本人の性格を表現しているようだった。


「同じく、児島志乃です。かぐらちゃん、口は悪いけど、とっても優しいし、こんなこというのも、エリた…ちゃんのことが好きなだけだから、大目に見てね。」


かぐらのフォローをするように、何故か頬を紅潮させながら自己紹介をしたその少女は、12歳とは思えないほどに大きい胸を持っていた。服の上からはち切れんばかりに自己主張をするそれに、飛彩は嫉妬の炎を燃やさざるを得なかった。


「この8人が、みんなをお世話してくれます。みんな、どんどん頼ってね!」


最後に先生が締め括ると、晩礼は解散となった。


飛彩が広場から出ていく小学生を観察していると、恵梨奈に話しかけられた。


「飛彩ちゃん…だよね?」


不安気に尋ねてくる。


「あ、はい。どうされました?」


「実は私、飛彩ちゃんのこと好きになっちゃったの!」


不意な告白に驚く飛彩。異性から告白されたことはあっても、同性は初めてだ。


「その…どう反応すればいいんでしょう…。」


「簡単だよ、付き合って!」


漫画であれば目の代わりに不等号が描かれるであろうがごとく、必死の表情で叫ぶ恵梨奈。確かに恵梨奈は可愛い。外見による神秘的な美しさに加え、顔も整っており、すごく可憐である。が、それとこれは別だ。


「その、好意はすごく嬉しいんですけど、まだ恵梨奈さんのことよく知りませんし、友達から、始めませんか?」


妥協案である。よくある返答だが、断って恵梨奈を傷つけるだけでなく、かぐらまで怒らせるのは避けたい。この返答ならば、大丈夫であろう。しかし予想とは異なり、恵梨奈の表情は暗くなった。


「付き合って…くれないの?」


みるみるうちに恵梨奈の目に涙が溜まっていく。そのうち嗚咽が聞こえ始め、飛彩がオドオドしていると、爆発した。


「うえぇぇん!飛彩ちゃんのいじわる、えりな頑張ったのに!」


幼児のごとく泣き出すと、志乃の元へとかけていき、抱きついた。


「しのちゃぁん、どうしよう…」


ぐすっぐすっと鼻水をすする音が響く。志乃は恵梨奈の頭を撫でつつ、顔にはニンマリとした下衆な笑みを浮かべている。気がつくとかぐらが目の前にいた。


「飛彩さん…すまないが、恵梨奈は過去のある出来事のせいか、精神年齢が幼い。忍耐力や羞恥心が年相応ではない。ああなるともう泣き止まない。ここは話を合わせてやってはくれないか?」


恵梨奈を泣かせたことによって容赦ない鉄拳が降りそそがれると思ったのだが、対話による解決というものを知っていたようだ。人は見かけによらないと飛彩は思う。恵梨奈然り、かぐら然り。このカオスな場面で混乱しつつも、かぐらの助言に従うことにした。


「大丈夫だよー恵梨奈。私がついてるからねー。」


棒読みで慰めの言葉をかけつつ、恵梨奈の体を満喫していた志乃は近づいてくる飛彩を見、背中をむけた。


「えりたんは渡さないわよ?」


強い嫉妬のこもった視線を向けてくる志乃。ここにも変人がいた。飛彩は無視して恵梨奈に声をかける。


「恵梨奈さん、さっきは意地悪言ってごめんなさい。私も恵梨奈さんのこと好きだから、付き合いましょ?」


涙で腫らした目をこちらに向けてくる恵梨奈。明らかな変人であるのに、それだけで絵になるから美人というのは困る。


「ほんとう?」


恵梨奈の言葉に強く頷く飛彩。すると、恵梨奈が胸に飛び込んで来た。


「ほんとにほんと?飛彩ちゃん、恵梨奈のこと、すき?」


凄い豹変ぶりである。こんな人が下級生の面倒をみれるのであろうか?謎だ。


「うん。嘘はさっきのでおしまい。大好きだよ、恵梨奈ちゃん。」


恵梨奈は満面の笑みを浮かべ、顔を胸に埋めてくる。ふと志乃の方を向くと、鬼のような形相で飛彩に襲い掛かろうとしているのを、かぐらが必死に抑えている。一番まともに見えなかったかぐらが、一番まともなのかもしれない。


少し離れたところで、莉菜が泣いている。同じクラスの3人は、よくわからないものを見るようにこちらを見ている。飛彩は厄介なことになったと、憂鬱な気分になった。



 それからというもの、毎日のように恵梨奈がくっついてくる。寮内はもちろん、学校内でも。始業のベルがなる直前までくっついてくる。一度百合が引き剥がそうとしたら、例のごとく泣き叫ばれた。ペースが持ってかれるから小さい子は苦手と言うだけあって、恵梨奈が癇癪を起こした時の百合は見ていて可哀想なくらい挙動不審で、今にも倒れそうだった。「どうしましょうどうしましょう」とオタオタする姿を見て思わず抱きしめて撫でてしまった程に。初めこそ驚いた飛彩だったが、これはこれで楽しいからいいかと受け入れ、しばらく百合、静華、莉菜、恵梨奈、かぐら、志乃の7人で行動するようになった。


 事件は夜、起こった。飛彩がベットで寝ようとした時、何かが中で動いているのに気付いた。びっくりして布団をめくりあげると、そこには幸せそうに指しゃぶりをして寝ている恵梨奈の姿があった。流石に寝られないのは困るので、飛彩は優しく揺さぶる。


「恵梨奈ちゃん、お部屋戻って…」


うにゅう…と乙女にあるまじき声を上げつつ、目を開ける。飛彩の顔を見ると、表情を太陽よりも明るくさせ、言った。


「一緒に寝よ!」


流石の飛彩も困った。返答に困っている間に恵梨奈は飛彩の隣で寝転がり、飛彩の細い腰に手を回してきた。


「えへへ…飛彩ちゃんいいにお〜い♪」


帰ってくれる気がしなかったので、諦めて横になる。


「今日だけだからね?明日は一人で寝てよ?」


一応言ったが、もう寝てしまっていた。寝顔はやはり可愛い。恵梨奈の頭を優しく抱くと、呼吸に合わせてポンポンと撫でる。至福に満たされ、飛彩はいつの間にか寝てしまっていた。

朝起きた百合が驚くのは言うまでもない。



 さて、恵梨奈の幼児化には深い訳があった。彼女の両親は彼女が5歳の時に死別しており、現在はとある資産家の養子となった。しかし、資産家である内藤家は恵梨奈を愛しているわけではなく、単純なコレクション感覚で珍しい特徴を持つ恵梨奈を引き取ったのであった。牡丹学園に初等部から入学、入寮させ、身の回りの世話等も身につけたが、恵梨奈とて年頃の娘、人の愛が欲しかったのである。最初は友達で我慢できた。自分を見てくれる特別な存在、それがいるだけで幸せだったのである。しかし、毎週末襲ってくる孤独には耐えられず、寮では、今のくるみのようにずっと先生に張り付いていた。寂しさを紛らわせてくれた上級生に憧れ、指導係になろうとしたのが始まりだった。桂山飛彩、彼女はまだまだ外見的には幼いが、どこか懐かしいものを恵梨奈に感じさせた。気がつくと彼女は飛彩に告白をしていた。“好き”というのがどういうことなのか、恵梨奈にはわからなかったが、そんなことはどうでもよかった。赤の他人である飛彩にくっついていられるのなら、飛彩の特別な存在であれるなら、口実なんてものはなんでもよかった。

ただひたすら、飛彩の温もりに甘えたい。飛彩の懐かしい匂いを嗅ぎたい。飛彩に抱きしめてほしい。飛彩に撫でてほしい。飛彩に名前を呼んでほしい。飛彩のそばにいたい。

 少女は純粋であった。故に、親の遠い親戚の子である飛彩に強く惹かれ、飛彩を姉のように慕っているのだ。もちろん、当の本人はそんなこと知るはずもなく、ただひたすら恵梨奈の好意に応えたいと思うだけであった。


〜〜〜

題名変えようかな笑

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