第4話 指導係


入学したてならではの忙しさがあった4月はあっという間に過ぎ、気がつくと5月になっていた。外部生である飛彩達も寮での生活にもだいぶ慣れてきていた。


「飛彩さん、ダウトですわ。」


静華の部屋員である莉菜と仲良くなり、今では四人で行動するようになっていた。莉菜は内部生ではあるが、あまり周りと馴染めず孤立していたようで、静那達の部屋のある右辺フロアに割り振られたようだ。飛彩達とはすぐに仲良くなり、今は飛彩の持ち込んできたトランプで、自由時間を謳歌している。


「百合ちゃんなんでわかるの?」


「飛彩さん、嘘をつくときちょっと不安そうに口をへの字に曲げるのですわ。それを見れば誰だってわかります。」


百合のこういう面には驚かされる。鋭い洞察力と推理力だ。飛彩も察しが悪い方ではないが、それはあくまで心情に関わる面での話であり、他人の癖などを見定めることはできない。


今夜は晩礼が予定されているので、早々にお開きとし、食堂に集まった。


「諸君!よくぞ集まってくれた!」


この間の先輩が前に立ち、話を進める。


「今回集まってもらったのは他でもない、この学生寮において非常に重要な役職、指導係についてだ。3人1組、合計3組まで募集する。初等寮まで赴き、小学生達を正しく導ける、そんな人材が欲しい。自身のあるものは挙手を!!」


即座に手が上がったのは6人。飛彩もクラスで見たことがある子が4人、たまに寮内で見かける子が2人。飛彩は自分もやってみたいと思いつつも、転入してきたばかりの自分にはそんな役目は務まらないと、挙手できずにいた。ふと右肩を突かれ、飛彩は振り向く。


「飛彩さん、やりたそうな顔してますけれど…挙手しないのですか?」


自分の葛藤など、百合には筒抜けだったようだ。飛彩は恥ずかしいような安心したようなくすぐったい気持ちになった。


「私じゃダメじゃないかな、外部生だし。」


「私はいいと思いますわよ。心意気さえあれば、できないことなんてありませんわ!私は、寂しいですけれど…。」


「百合さんはやりたくないの?」


「私、小さな子はちょっと…。ペースを持っていかれるのが苦手なのです。」


百合は申し訳なさそうに俯いてそういった。


「誰にだって苦手なことくらいあるよ。そんなに落ち込まないで。」


飛彩は諦めようとしたが、今度は左肩をつつかれる。


「あのさ、飛彩ちゃん。よかったら私とやってくれない?」


莉菜であった。百合は少しつまらなそうな顔をしてそっぽを向く。


「莉菜ちゃん、一緒にやってくれるの?」


飛彩は希望を取り戻した。


「うん。私低学年の頃、よくおトイレ失敗しちゃって、その度に今の高校3年生の先輩にお世話になってたの。その時から、中学生になったらきっと指導係になろうと決めてただ。けど、私友達があまりいなくて、飛彩ちゃんがやりたいって言ってくれてよかった。」


嬉しそうに微笑む莉菜の表情は天使のようで飛彩はこの笑顔を守りたいと強く思った。


「じゃあやろう、一緒に!」


飛彩は力強く手を挙げた。ボソボソとした声が周りから聞こえてくる。続いて莉菜も手を挙げると、周りの声が消えた。


「なんであんたなんかが指導係なんてやろうとしてるのよ!」


入寮最初の晩礼で話しかけてきた茶髪の子であった。


「あんたみたいなお漏らし魔に、小さい子の面倒がみれるの?」


ハリのあるよく通る声である。莉菜は泣きそうになっているが、前の先輩は成り行きを見守るつもりなのか、何も言わずにいる。


「私だってできるもん!昔はよく失敗しちゃってたけど、今はおトイレだっていけるもん!」


泣き叫ぶように言う莉菜に対して驚きを隠せない飛彩。もう少し静かな子だと思っていた。


「何よ、お漏らしボッチが偉そうに。友達がいなかったから、そこにいるよそもの3人にかまってもらってたんでしょ?ちょっと仲良い子ができたからって、調子に乗らないでよ!」


「飛彩ちゃんたちのことを悪く言わないで!」


今にも取っ組み合いになりそうな睨み合いの中、飛彩はどうすればいいのかわからずオドオドしていた。


「ちょっとあなたなんですの?人の決断に文句ばっかり。そんなに莉菜さんが立候補するのが嫌なら、自分も立候補すればいいではありませんか。」


百合が口を挟む。莉菜は救われたように表情を明るくし、百合の方を見る。


「別に私がやりたいなんて言ってないじゃない。いきなり口を挟んできて何?意味不明なこと言わないでよ。」


「じゃあ放っておけば良いではありませんか、どうしてそんなに莉菜さんに構うのですか?」


百合は一歩も引かない。気の強そうな彼女に対して一歩も引かない百合を見て、飛彩は友達が悪口を言われてても何もできなかった自分が恥ずかしくなった。


「フン、もういいわよ。知らない!」


茶髪の子はツカツカと元いた場所に戻っていく。


「話はついたか?では、立候補者8名以外は解散、自由時間とする。8名は私についてこい。」


飛彩達は案内されたまま歩く。中学寮を出たかと思うと、その近くに位置する初等寮へ入っていった。


中は全体的に明るく、幼稚な印象を覚える。段差や物置等が低く作られており、飛彩は少し和やかな気持ちになった。しばらくいくと、「じむしつ~せんせいのおへや~」と書かれた部屋が目に入った。先輩につられて中に入って行くと、そこには1名の児童と、数名の教員がいた。


「おかえり、中学生!」


笑顔の眩しい若そうな女性教員が話しかけてくる。その声かけの対象外である飛彩は少し悲しくなりながらも、涙を流さないように必死に堪える。


「お、初めてみる顔がいるね、転入生かな?」


教員の視線が飛彩の方に向く。


「あ、はい。桂山飛彩っていいます、今年入ったばかりですが、みんなの足を引っ張らないように頑張るので、よろしくお願いします!」


先生の注目が自分に向いただけで先の悲しい気持ちが吹き飛んでいった自分に驚きつつ、女性教員に一礼。


「威勢がいいねぇ、お姉さん好きだよ?私は雪野絢音、飛彩ちゃんの学年のみんなからは絢姉って呼ばれてるよ、個人的には雪野先生って呼んで欲しいんだけどね。」


絢音が立ち上がり、握手を求めてくる。


飛彩は握手を求めて立ち上がった絢音が、揺れる二つの風船をぶら下げているのを見逃さなかった。自分もこのくらいになれるのだろうかと一抹の不安を抱きながら、差し出された手を握った。


「おねえちゃんたち、なにしに来たの?」


外見としては小2、3くらいだろうか、まんまるのたれ目が特徴的な女の子に話しかけられた。総勢9名の中学生が押し寄せてきたのだ。疑問に思っても仕方あるまい。


「お姉ちゃんたちはね、みんなのお世話をするために来たの。これからは寂しくなったらお姉ちゃんたちが紛らわせてくれるからね。」


絢音が伝える。よく懐いているのか、入室した時から絢音の服の裾をずっと掴んでいる。


「お姉ちゃんたちは大切なお話があるから、くるみちゃんは先生と一緒に外に出てようか。」


絢音は自然な手つきでくるみと呼ばれた少女の手を引き、外へ連れていった。事務室に静寂が訪れる。


「よし、では指導係についての説明を行う。まずは仕事内容。基本的には各階層均等になるように配置したい。3つのグループに別れてくれ。」


元々顔を見知っていた内部組の6名が3人ずつに分かれ、飛彩は莉菜と二人で組むこととなった。


「いいだろう。次に担当する階だ。これはくじびきで決めたいと思う。」


その場にあった割り箸を使ってくじ引きを行なった。クラスで見かけたことのある子3人組が2階、その他3人が3階であった。必然的に飛彩たちは1階を担当することとなった。


「わかっているとは思うが、1階が1年、6年。2階が2年、5年。3階が3年、4年だ。一番きついのは2階と言われているが、諸君らの存在はどのような階においても重要だ。例えば1階は、まだまだ垢抜けない6年のフォローかつ、入学したてで不安でいっぱいの1年の世話。2階は1年たって調子づいてきた2年の宥め役と、まだ高学年になった自覚の足りていない5年のフォロー。3階は学年も近いため、もはや友達という感覚で、いたずらでもなんでもやる無法地帯。君たちは日頃からの生活態度にも気をつけて欲しい。とりあえず本日の晩礼で諸君らの紹介があるはずだから、それまで担当フロアをうろうろしているといい。」


莉菜に連れられ、一階フロアを巡回する。1年が廊下を走り回っているのは見かけるが、肝心の最上級生が見当たらない。不思議そうに見つめてくる幼気な瞳に手をふりつつ、奥へ奥へと進んでいく。フロアの構成としては、10人くらいで布団を敷いてもまだまだ余裕のありそうな大部屋が部屋。向かいには2人部屋がさながらマンションのように続いている。大部屋の中には勉強机、洋服棚が共に10個配置されており、後ろには布団が積み上がっていた。向かいの2人部屋はベットがふたつ、机、棚がふたつずつ。そこまで詰め込んでもラグが敷けそうなスペースがあり、窮屈はしなさそうだ。飛彩は中学寮の自室を思い出しつつ、個性豊かな部屋を覗いていく。初等寮にはドアがなく、廊下と吹き抜けとなっている。小学生は学年が上がるごとに寮希望者が増えていくらしく、5部屋の大部屋は6年生が3人、1年生が5〜7人で、3部屋くらい使うと入りきるらしい。他の6年は二人部屋にいる。定期的にメンバー入れ替えを行うらしい。


「あ、莉菜先輩、お久しぶりです。」


ふと、大部屋で読書をしていたおとなしそうな女の子が話しかけてきた。どうやら莉菜の知り合いのようだ。鮮やかな藍色の髪を肩で切りそろえたおかっぱの女の子だった。


「瑠佳ちゃん、久しぶりだね、元気だった?」


莉菜の先輩らしい一面を物珍しそうに見る飛彩。自分にはこういう後輩はいないんだと思うと少し寂しい気持ちになるが、一年もすればできるだろうと気持ちを切り替える。


「瑠佳ちゃん、1年生の面倒見てるんだ。えらいね」


莉菜の褒め言葉に少し頬を赤くする瑠佳。莉菜よりも頭一つ分小さい体をさらに小さくしてモジモジとしている。


「そんな、くじで決まっただけですし…大したことじゃありませんよ。」


そんな瑠佳を穏やかな目で見る莉菜。友達が少なかった分、数少ない中のいい後輩に愛情を注いできたのだった。


「莉菜先輩、指導係なんですか?」


「うん、よろしくね!」


「隣にいる可愛らしい先輩は誰ですか?」


思わぬ攻撃に狼狽える飛彩。しかし、純粋な瞳に悪意はなく、素直な言葉として受け取った。


「桂山飛彩といいます!今年から入ってきた転入生で、瑠佳ちゃんよりもこの学校に詳しくないかもしれないけど、よろしくね!」


「飛彩先輩…」


つぶやく瑠佳を疑問に思いつつ、飛彩は巡回に戻ろうとする。


「飛彩先輩は、莉菜先輩が好きなんですか?」


またもや瑠佳からの不意打ち。今度は狼狽えるどころか、現実で尻餅をついてしまった。


「えぇっと…、どうしてそうなったの?瑠佳ちゃん。」


先輩と呼ばれたことに少し喜びを感じている自分に苛立ちつつも、あくまで凛とすました先輩らしい振る舞いを心がける。


「だって、莉菜先輩友達いないですもん。そんな莉菜先輩とわざわざ仲良くなろうだなんて、莉菜先輩のことが好きだとしか思えません。」


悪意がないから故、来るものがある。莉菜は半分泣きながら、飛彩の返答を待つ。


「私、莉菜ちゃんのことは好きだよ?可愛いし、いい子だし。瑠佳ちゃんが好きって言葉をどういう意味で使ってるのかはわからないけど、友達だと思ってる。別にわざわざ仲良くなったわけでもないよ。同じクラスになった静華ちゃんのルームメイトだったから仲良くなれた。これってちょっとした運命みたいじゃない?莉菜ちゃんだから選んだんじゃなくて、偶然そこにいた莉菜ちゃんがいい子だったから、仲良くなりたいなと思ったんだよ。もちろんそれは瑠佳ちゃんにも当てはまる。瑠佳ちゃんとの出会いも運命的なものだと思ってるし、仲良くもなりたい。って、答えになってないかな?」


気がつくと莉菜は飛彩に抱きついていた。嬉しかったのだ。入学してすぐの失敗、それによって離れていく同級生。中学になって、同じ内部の子と離されて、やっぱり自分はダメだったのかと落ち込みもしたけれど、結果的に友達と呼べる仲のいい子ができた。抱きつかれた飛彩は少しびっくりしつつも、自分の胸の中で嗚咽をあげている莉菜の頭を優しく撫でた。


(興味本位でやってみた指導係だけど、それのおかげで莉菜ちゃんともっと仲良くなれた気がする。)


飛彩は集まってくる1年生たちに赤面しながら、そんなことを思ったのだった。

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