第3話 入学式

 牡丹学園生徒寮の朝は静かだ。特に集まりがあるわけでもなく、それぞれが起き、食堂へ行く。厳粛な空気の中、食事をとり、制服に着替えて登校となる。


「さあ飛彩さん、参りましょうか。」


「入学式から遅刻するわけには行かないからね!」


 ここに二人、新生活に胸を躍らせている少女たちがいた。彼女たちは“外部組”と呼ばれ、中学からこの学園に編入してきた。


 そもそもこの学園はどのようなものなのかというところから説明していかねばなるまい。この学園は小中高一貫の女子校であり、何より生徒の個性を重んじる。それ故部活動、クラブ活動も活発であり、中学からの編入を考えるものも多い。

 この学園は個人の財産で建てられたものであるが、学費はそこまで高くない。というのも、この学園の様々な試みは多くの経営者の目に留まっており、決して少ないとは言えない額の支援金をもらっているため、基本的に高い学費は必要ない。そもそも金銭の問題で学校に入れないような子が出ないようにするための学院長の方針でもある。

 この学園の試みの一つとしてあるのが、初等寮教育である。通常、小学生を寮に入れるというのはあまり聞かない。というのも、社会のモラルやマナーを完全に学んでいないというのもあるが、親元を離れるにはまだ幼すぎるからだ。この学園では任意で寮に入れることができる。無論、親が恋しくなり、ホームシックになる児童も少なくないため、帰宅は自由であるし、親の訪問等も比較的オープンである。初等寮では、縦の繋がりが強固になる。1年と6年、2年と5年と言った風に組み合わせ、上級生は下級生の面倒を見るシステムとなっている。たった1年の関わりなので、その後もべったりというわけでもなく、比較的バランスの良いシステムである。もちろん、学年の組み合わせだけでなく、原則として上級生は下級生の世話、面倒を見なければならない。この学園は個性を尊重するという名目のため、人によって得意不得意の幅が大きい。こうした環境で育った児童は他人の個性を尊重し、受け止めることのできる大人へと成長できる。公立の小学校ではこうはいかず、多人数に少数が負ける形ができてしまっているため、その中で育った子供は異端を認められず排除する傾向にある。

 と、言ったようにこの学校は進学校というわけではなく、あくまで特殊な学校である。設備も不自由ないものを用意されており、児童、生徒は心置きなく社会勉強ができるというわけである。

 ただ、個性を尊重というのは簡単なことではない。個性と言っても長所だけではなく、当然悪い方向にも個性はある。たとえば、自分のことが一人でできない。無自覚に友達を傷つけてしまう。他人が嫌悪するようなことを行なってしまう、などだ。無論、教員の介入もないわけではないが、生徒同士のトラブルは基本、生徒同士で解決させてゆく。そのためにいるのが指導係であり、これは初等部の場合は中等部から。中等部の場合は3年の中から選ばれる。これは立候補制であり、一見誰も立候補しなさそうではあるが、この学校では違う。自分の面倒を見てくれた上級生に憧れる生徒は少なくなく、毎年五人は指導係に立候補する。

 この学校が女子校というのにもわけがある。開校当初は共学という声も上がったが、個性を重んじるこの学校において、異性の存在はあまり好ましくないと考えられたからだ。異性と生活となると、様々な社会的問題も出てくるというのもあるし、ペアの組み合わせもややこしくなってしまうからだ。

 そんなこだわり抜かれたこの学園であるが、何もかもが異色というわけではない。各種行事は、公立のそれとなんら変わらない。


この入学式も、変わりない行事の一つである。


「新入生代表、瀬戸楓(せとかえで)さん。」


「はい。」


 光の角度によっては赤に見えなくもない明るい茶髪を僅かなウェーブと共に腰まで下ろし、颯爽と歩く様に、飛彩は思わず息を呑んだ。今朝、寮の晩礼で見た数よりも多い同級生の数に驚いていた飛彩であったが、それ以上の驚きを感じた。それほどまでに洗練されており、美しかったのである。


「私達67期は今年、無事中等部への進級を、同級生誰一人欠けることなく果たすことができました。それも先生方、先輩方のおかげであります。しかし、今年からは我々67期に新たな仲間も加わります。これまでにない困難が訪れると思いますが、仲間と力を合わせ、乗り越えて行きたいと思います。67期代表、瀬戸楓」


 この人が一番頭がいいのかなと飛彩は思ったが、否である。この学校は勉学に重きを置いていないため、このような代表に成績などは一切関係していない。故に誰でもチャンスを掴み取ることのできるのが、この学校の良いところである。


 * 

 

「はい、今年度の担任となりました。岡久美子です。初等部からの人は、見たことある顔もいますね!」


 担任は女性であった。まだ若いのか色の白いすべすべとした肌が特徴的である。


「じゃあまずは、自己紹介からしていきたいと思います。4人1班になってください。」


 飛彩は百合と同じクラスになり、出席番号のおかげか席も近かった。近くの人4人と机をくっつけ、自己紹介をするということで、飛彩は百合と他二人と同じ班になった。


「えっと…私、桂山飛彩って言います。気軽に飛彩って呼んでください!」


 一人は本を読んでおり、もう一人は忙しなく視線をキョロキョロと動かしている。聞こえなかったのかと不安になる飛彩であったが、百合があとをつなげてくれた。


「白河百合と申しますわ、飛彩さんはもう存じておりますわよね。お二方、どうかよろしくお願いしますわ。」


 百合が紹介を終えると、あたりをキョロキョロと見渡していた方の女の子が立ち上がり、話始めた。


「あ、あのっ、私、原田若菜と言います!えっと、お二人は、寮生なんですかっ?」


 やけに緊張している様子で、少し気の毒であった飛彩は少し硬っていた表情を崩した。


「そうだよ、えっと…若菜ちゃん?」


「わ、若菜で大丈夫ですっ!」


 この子も外部組なのだろうか。同じ外部組同士仲良くできたらいいなと飛彩は思った。百合は少し面白くなさそうに若菜を見ており、残る一人は相変わらず本に没頭していた。


「呼び捨てはちょっとできないよ〜。若菜ちゃんって呼ぶね?」


 若菜は2、3回頷くと、席についた。


「えっと…あなたのお名前は?」


 飛彩は残る一人に声をかけるが、返答が来ない。飛彩は百合の方を見、少し困ったように首を傾げると、様子がおかしいことに気づいた先生が近づいてきた。


「どうしたの?何かトラブルでもあったかしら?」


「えっと…自己紹介に参加してくれなくて…」


 少し先生に密告するような形になってしまったことを後悔しつつ、飛彩は助けを求める。


「それは困ったわね…静華ちゃん?自己紹介、できるかな?」


 まるで小さい子をあやすような口調の先生を少し疑問に思いながら静華の動向を見守る。


「……静華。」


 妖精のように澄んだ綺麗な声であった。飛彩はこの発言が自己紹介であるとすぐに気付き、会話を繋げようとする。


「静華ちゃんっていうんだ!声、すっごく綺麗だね、本、好きなの?それなんて題名?」


 飛彩の様子に満足そうな顔で頷くと、久美子は全体の様子見へ戻って行った。


「ん……」


 静華は黙って本の表紙を見せてくる。


「“怪物たちの宴”…?なんだかおもしろそう!どんなお話なの?」


 飛彩はチャンスを離さないべく、思いつく質問をどんどん聞いていった。その会話の中で飛彩は、静華は決して無視をしていたわけではなく、どのようにして会話に混ざろうか考えていただけなのだと気付く。事実、彼女は手に持っていた本のページをめくっていなかったし、時折こちらを伺うそぶりも見せていた。単に会話に混ざるのが苦手なだけなのだと気付いた飛彩は、この子とも仲良くできるかもしれないと嬉しく思った。


 静華に気を使いながらの会話ではあったが、入学初日にしてはいい滑り出しであった。小学校の内容の算数の簡単なプリントを解き終えると、その日は下校となった。飛彩は百合と帰っていたが、静華も寮生であることに気付き、放課後、自己紹介の続きをしようと約束をした。静華の部屋を訪ねることになり、ワクワクしながら寮までの道を歩いていた。


 そんな彼女の姿を面白くなさそうに睨むグループがいることには気づかずに。

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