第24話
「う”ォい!!! ここを開けやがれェ!!!!!」
小屋の入口をしきりに叩き続けるキリルがいた。
うわぁ、相当にキレてる。今にもドアを破壊しかねないキリルを視界に捉え、足がすくんで立ち止まる。なんとかしたいけれども、近寄りたくなさが勝るなあ。
「落ち着けワンパクボウズ!」
リュカはそのままキリルのもとへ走ってゆき、後頭部を一発どつく。
「バカ力で殴るんじゃねェ! テメェも殺されてェか!?」
よろけながら振り向くキリルは刀に手をかける。
「おっ、いいねぇ。この前は引き分け、ってな感じだったからね。改めて決着をつけてあげようか」
リュカの角がググっと伸び、目に赤が灯る。
僕はどうすればいいんだ。リュカに加勢したいけれども、あの2人の喧嘩に入り込める気がしない……。
キリルとリュカは見合ったまま、間合いをはかっていた。僕がただ見守る中、とうとうキリルが土を蹴り、呼応するようにリュカが拳を構える。
「はい、そこまで。ディフェクティオ!」
線の細いその声が発せられた瞬間、今にも突撃せんとした鬼と戦士は突如としてその場に倒れ込んだ。頭に岩でも落ちてきたかのような衝撃とともに膝から崩れ落ちる。
小屋のドアがいつの間にか開いており、1人の少女が立っていた。
「まさかあの一瞬で本を盗られたのに気づくなんてね。仕方ないから返してあげる。その代わり、二度とアオの家に近寄らないで」
ボロボロの着物の上に翠色のローブを羽織った彼女は、キリルの横に数冊の本を置くとバタンと勢いよく扉を閉め、再び中に籠ってしまった。
「おい、ふざけんな! 出てこいこのチビ!」
頭を押さえてよろけながらなんとか立ち上がるキリル。今日二度目の攻撃で相当参っているみたいだ。
「もうやめなよ。とりあえず本は戻ってきたんだし、泊めてもらう村で問題を起こすのもマズイって」
「ハヤトの言う通りだよ。子供には優しく、だよ」
リュカですら少しフラついていた。いったいどんな魔法を使ったら一瞬でこの2人を制圧できるのだろうか。ひょっとして想像もつかないような技術や魔導機がこの村にはあるのではないか。これはいろいろ見て回るべきだという僕の好奇心がキリルの手を引っ張る。
捨て台詞を小屋に吐きながら喚き散らかすキリルを引きずって村に向かう。門をくぐったそばからお昼の賑わいでごった返している人の群れをわき目に宿へ戻ろうとすると、1人の男性に声を掛けられた。
「おっ、いたいた。あんたら旅人さんかい? 是非話しをしたいと思っていたんだが、一緒に飯でもどうだい?」
しゃきっとした黒と白を基調とした服装で、僕らよりもすこし年上のお兄さんと言った風貌だ。
「良いですよ。これからどうしようかと思っていたところです」
「いやぁ、よかったよかった。珍しく西の方からきた旅人がいるって聞いてね。ちょっと歩くけどいいかい? 僕が手伝ってる店があるんだ」
大通りから何度も曲がり、どんどん暗く狭くなっていく道に多少の不安を覚えながら彼についていく。
辿り着いた静かな行き止まりに、「異世界の店」と書かれた看板が傾いている。カランカランと鈴が鳴る扉を開くと、微かな木の匂いがした。
小さな酒場のような店だった。窓際の棚にはいくつもの置物が置かれており、ただでさえ薄暗い店内に入る光を遮断していた。
「まあゆっくりしていってよ、なんか作ってくるから。本当は夜開く店だから、今人がいないんだよね」
とりあえず席に着いたものの、漠然とした不安感でどうにも落ち着かない。キリルは窓辺をうろうろしている。店内・外をキョロキョロと伺っているあたり、相当警戒しているようだ。リュカはリュカで、休める場所として認識しているようだ。だらんと上半身を机に預けている。
「こんなもんでいいかな。俺はコックじゃないから、ありもんもってきたぜ。あんまり期待しないでくれよ」
少し待っていただけで彼は慣れた手つきで器用に4枚の大皿を持ってやってきた。薄茶色のたれのかかった白い餅のようなもの、燻製肉、山菜のスープなどが盛られており、どれも暖かそうだ。
真っ先に食らいついたリュカはうまい、うまいと言いながら全て頬張っていく。座りはしたものの微動だにしないキリルを横目に僕も食事に手を付け始める。すると彼は思い出したかのように立ち上がる。
「折角の客人だしな、一杯くらいどうだ?」
彼は人数分の盃を持ってきた。このセリフで出てくるものと言えばどの世界でも共通らしい。元の世界では到底呑める歳ではないのだが、カミナでも僕はお酒を飲んだことがある。リュカは初めてみたらしく、物珍しそうに少し味わっては器を眺めを繰り返している。
「自己紹介がまだだったね。俺はサエキ。まずは君達の冒険譚を聞きたいな」
お酒に興味深々なリュカと、だんまりを決め込んでいるキリルの代わりに、僕が軽く3人の名前を言った後物語としての言葉を紡ぐ。
カミナのこと、村を出た後の過酷な環境のこと、魔物との闘いのこと、謎の巨人のこと。人生経験豊富そうな雰囲気漂うサエキさんには物足りないかなと、特に魔物の外見や戦闘に内容ついては少し、いやかなり尾ひれをつけて話した。逆にキリルの生い立ちやリュカの正体なんかはバレると面倒なので、特に言わずに伏せておいた。リュカの角に誰も触れてこないあたり、この村で鬼は見慣れているものなのだろうか?
そこそこ上手に語れたのではないだろうか。サエキさんは熱心に僕の話を聞いてくれた。一通りが終わった時、リュカは酒瓶を2本空にしていた。気づけば机の上の食べ物もすべてなくなっていた。サエキさんが食べているのを見て、キリルが手を付けてからは無くなるまで一瞬だったようだ。
「いやはや、面白い話が聞けたよ。西の方は昔からあまり交易もないし、危ないって言うからね。僕みたいなニッチな行商人はなるべく珍しいものをと思っていろいろなところへ出かけるんだけど、流石に今の話を聞いたら行く気は無くなったね」
「ハヤトの話しもうまいけど、サエキの酒も旨い! これは良いものだ。サエキが酒をくれるというのなら、西に行く手伝いをしてもいい!」
頬を赤らめたリュカが若干舌足らずになりながら酒瓶を持ち上げる。
「すごいね、リュカちゃんは……。俺でも1瓶呑んだら倒れるくらいなのに、人間離れしてるよ、キミの体は」
「その通り! 私は人間より強いので!」
自分の正体をバラさないか心配で、話しを切り返す。
「でもこんなに大きい村にきたのは初めてで驚きの連続ですよ! さっきもキリルとリュカを一瞬で倒しちゃう女の子がいてびっくりしました。皆さんすごい魔導機とか一杯お持ちなんでしょうね」
黄昏のワンダー・ライフ ~魔法の世界に転移して尚、村で平和に暮らせず旅に出る~ もくはずし @mokuhazushi
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