第5話 五月川とカゲロウ。 06章

 俺は誰もいない廊下をゆっくり歩いている。右手には茜色の空が広がっていて、燃えるような世界を作りだしている。一番端まで行き着くと、そばにある扉を勢いよく開けて、急いで革靴を脱ぐ。そのまま縞々模様のソファにドカリと座る同級生のお腹にダイブした。


 「––––––う゛っ・・・・・・!」


 うめき声を上げる緑川を無視して、俺はここまで我慢してきた涙を流していた。


 「痛えよ。 何だよいきなり来て! しかもお前足、臭ー!!! おまけに豆が潰れて血だらけだしー! 素足で靴履いてたのかよ⁉」


 「・・・・・・うぅ・・・ぅっ・・・ んっ・・・・・・」


 「なんなんだよ! 顔上げろよー ん? お前泣いてるの? 誰かにいじめられたのか?」


 「・・・・・・んっん・・・・・・ ぢがぅ・・・・・・」


 俺は鈴木先輩とのここ数週間の出来事をたどたどしく話した。俺自身がこの話を誰かに聞いて欲しくてここに来た。そのまま心の奥に止めておくことなんて出来なかったと思う。緑川は俺の髪をまるで猫の様に撫でながら、終始苦々しい顔をしていた。その様子を見て内心、いつ怒られるのかと思ってビクビクしていたけれど、眉間にシワを寄せるだけで黙っていた。


 今日の昼、火葬場でのことを話し終えると、一度何か言おうして、直ぐに口をへの字にして黙った。

 俺のヒクヒクと泣く声だけが響いている。


 「・・・・・・みぃっ、緑川の言う通りだったぁ・・・・・・。 オレは・・・悪い影響しか与えなかったぁ・・・・・・・ もう少しで先輩を悪霊にするとこだったぁぁぁ・・・・・・・・ うぅっぅぅぅ・・・・・・・・」


 それまでずっと俺の頭をなで続けていた彼の手が止まった。


 「・・・・・・とりあえず泣きやめよ。 ほら足! 消毒しとかないとまずいだろ。」


 そのまま一度立ち上がって、隣の部屋から救急箱を持って来た。慣れた手付きで脱脂綿に消毒液を付けて、俺の投げ出した足をきれいにしてくれている。


 「お前足臭すぎ・・・・・・ 後でちゃんと洗えよ?」


 「・・・・・・こんなことならっ! 霊感なんてなきゃ良かったぁ・・・・・・ 全部始めから関わらなきゃ良かったぁ・・・・・・・ こんな力なんてぇ・・・・・・」


 「––––––それは違う。」


 そこで突如、少し強い口調で緑川が言い放った。持っていた消毒液を床に乱暴に置いてから、俺の顔を両手で押さえて、まっすぐ力強い目つきで見つめてくる。


 「お前は! 霊感があったからこそ! その山田先輩と––––––」


 「・・・・・・ずずきっせんばい・・・・・・」


 「・・・・・・⁉ ・・・・・・その鈴木先輩とー 知り合えた訳だし! 人とは違う世界が見えてるんじゃないのかよ⁉」


 「・・・・・・そうだげどぉ~」


 「何より、お前。 両親に手紙、渡したんだろ? ––––––お前がしたことは他の人には出来なかったことだと思うぞ?」


 その言葉を聞いて俺は声を出して泣いた。再び彼のお腹に抱きつき、顔を埋める。俺が先輩にしたことを少しでいいから誰かに認めて欲しかったんだと思う。そう思っていたから緑川の言葉で俺は救われた気がした。


 「たくっもうー・・・・・・ 汚いなぁー。」




第5話 五月川とカゲロウ。 完



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