第4話 蛍火の跡で。 05章

 さっきまでひときわ大きな声で笑いながら腹を抱えていた彼だが、未だにその余韻を楽しむかのように時々吹き出している。その横で俺は腹を立てながらマンションへの帰り道を一緒に歩く。相変わらず夜の静けさと、少し肌寒い空気が辺りを覆っている。


 「いい加減笑い過ぎっ!」


 「いやー 笑うでしょアレは! まぁ別に金はいつでもいいからー 返してくれればー それより普段バイトとかしてないのか? 親からの仕送りだけ?」


 「・・・・・・親の仕送りだけっ・・・・・ 生活費は自分でどうにかしようと思って、大学入って直ぐに唐揚げ屋さんのバイトを始めたんだけど~ ・・・・・・・直ぐクビになったぁ・・・・・・。」


 「なんで?」


 「・・・・・・お客さんをほっといて、ずっと独り言言ってたから・・・・・・」


 「あぁー。 霊と区別がつかなかったのかー」


 「・・・・・・そう。 だからバイトは諦めたのっ」


 彼はそう言う俺の前に立ちはだかって、親指を立てて言い放つ。


 「どうにかしてやるよ!」


 「・・・・・・どうにかって? 霊感消してくれるの?」


 「それに近いけど違う。 なくすんじゃなくて一時的にOFFにする! っていうか霊感のあるやつはだいたいそうしてる。」


 「どういうこと?」


 「さっき霊は明かりに群がる虫って例えしたよな? 要は目張りをするんだよ。 身体から漏れ出している霊感を出なくすればいいって訳。 そうすれば閉じている間は普通の人と変わらずに生活できるな。」


 「ほんとっ⁉ それじゃ~ バイトも出来るようになる?」


 「もちろん。 それさえ出来るようになれば、今日みたいに変なのに襲われるようなことも減るだろうしなー」


 「教えて! 教えて下さい!!」


 「おう! そのために呼び出したんだし。 ただそんな簡単じゃないけどなー 俺は出来るようになるまで半年掛かっ・・・・・・」


 俺は彼から伝えられたこれからの輝かしい生活を想像すると、嬉しくて思わずスキップしてしまった。

 (これでやっとカップラーメン生活とおさらば出来るっ! 新しい服も買えるっ! デートで女の子におごったりも出来るっ!)


 別に今までの生活が特別嫌なものではなかったと思う。だけどやっぱり普通の大学生みたいな生活をしてみたかった。それがようやく叶うと思ったら喜ばずにいられなかった。



 「・・・・・・って! 俺の話聞いてる⁉」 


 途中から全く話を聞いていなかったのがバレたようで、彼は唇を尖らせて、仏頂面で問いただして来た。


 「聞いてるよ? 普通の人みたいに生活できるってことでしょ?」


 「んーーー。 んで後、お前を守ってくれてる霊についても知っておく必要がある。」


 「幽霊がオレを守ってくれてるの~? 今までまったく見たことなかったよ?」


 「そうだろうな。 守護霊って聞いたことないか? それだ。 自分じゃ意識して見ないと分からないし、俺がたまたま分かるだけで、他の人のが見えるってのは少ない。 ただ今までお前が強い霊に会わなかったのも、事前に回避させてくれてたからだと思う。」


 「守護霊なら聞いたことあるっ! それじゃオレ、かなりお世話になってたんだね~」


 「そうだな。 大体が先祖の霊だったり、縁のある霊だったりすんだけどー お前の場合は・・・・・・ 狐。 狐の神様だと思う。 たぶん地元にご神体か何かがあるとかかなー? だから大学に来てからは力が弱くなったんだと思う。」


 「狐の神様・・・・・・ お稲荷さん⁉ 霊じゃなくて神様なの!!?  」


 「たぶんだぞ? 俺もそんなはっきり分かる訳じゃない。」


 「お~~~!!」


 俺は別に褒められた訳でもないのに、なんだかむず痒くなって、変な高揚感に包まれたのが分かった。 


 「それじゃその神様に感謝しなきゃだねっ!」


 「そりゃそうだろうな! 俺だったらお前みたいに色々としでかすヤツ、守るなんてごめんだ。」


 「ひどっ!」


 そう言う俺の言葉に彼が自然と笑みを浮かべ、つられてこちらも笑う。そして2人分の笑い声が静かな、星のきらめく空にどこまでも響いている。




 スマホの淡い光に映し出された画面が、もう少しで深夜0時を告げようとしていた。マンションの誰もいないエントラスを通り抜け、エレベーターに乗り込む。そのまま来た時と同じように6階まで昇り、無機質な音を立てて開くドアの向こう側には、肌寒い風が吹き込む廊下が広がっていた。


 そこで俺はずっと気になっていたことを、少し前を歩く彼に尋ねる。


 「そう言えばさ~ オレまだ聞いてないことがあった。」


 「おう。 俺に答えれることであれば、何でも聞いてくれ。」


 「すごく今更だけど・・・・・・ 名前。」


 「ん? ん⁉」


 「君の名前っ!」


 「あぁー そう言えばまだお互いきちんと自己紹介してなかったなぁー」


 もう直ぐ部屋に着く所で一度、ずっとしていたネクタイを締め直してから、握手を求めるように手を差し出した。その顔はニヤリと笑っている。


 「俺は緑川。 緑川 翔真。 そっちは?」


 「オレの名前は、赤城っ 赤城 翼。 よろしくっ!」



第4話 蛍火の跡で。 完。



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