第4話 蛍火の跡で。 04章
駅から商店街を通り、学生アパートが立ち並ぶ大学までの道と比べて、地元住民の多くが暮らすこの住宅街はとても静かだ。特にこの時間は遠くを走る車の音や、近くを流れる川のせせらぎまでよく聞こえる。まるで夜になるとこの地区だけ人がいなくなるみたいな、そんな妄想に掻き立てられるぐらい生活音がしていない。
街路樹が並ぶ歩道には、夜の海に浮かぶクラゲの様な街灯が2人の影だけを照らし出す。
俺は少し余ったスウェットズボンの裾を両手で持ち上げながら、さっきから頑張って、隣を歩く彼に歩幅を合わせようとしている。けれどあまりこちらの様子を気にしない様で、自分のペースで部屋での続きを話し始めた。
「お前、いつからそんなに霊感が強いんだ?」
「う~ん・・・・・・。 たぶん生まれた時から? 物心ついた時にはもう、生きてる人間と同じ様に幽霊が見えてたっ」
「よく今まで普通に生活してきたな⁉」
「そんなに? さっきからオレがなんか特別みたいに言うけど、そこまで?」
「おう。 俺はお前程強くない。 ・・・・・・そうだなぁー あそこに街灯があるだろ? 夏場とかあれによく虫が集まってるの見るよな? 光に集まる虫を霊に例えると、俺の霊感の強さってあの明るさぐらいかな。」
「それじゃ結構うじゃうじゃ集めちゃうね~」
「まぁそうだな。 けどお前の強さって・・・・・・ コンビニの明かり? もう集まるとかじゃなくてガラスのいたる所に虫、虫、虫、虫・・・・・」
夏のコンビニの窓ガラスに、見たこともない昆虫が大量にへばりついてることを思い出してしまい、思わずその場で一瞬立ち止まってしまった。
(オレって・・・・・・ きしょっ・・・・・・)
そんな俺の考えを察してか、少し前を歩く彼がこちらを振り向き、ニヤリと笑って見せた。
「・・・・・・けど例えそうだとしても、君にだって霊が寄ってこない訳じゃないんだよね? それにあの女の人の幽霊。 あれをどうにか出来たってことは霊感の力に関係なく、対処できるってこと?」
俺は先に行ってしまおうとする彼を小走りで追いかけて、そう質問した。
「落ち着けよ、とりあえず順番に説明するから。 まず俺についてだけどー お前と違って子供の頃はそこまで強くなかった。 そこに何かいるのが分かるけど目には見えないぐらい。 小3ぐらいからかなぁー 徐々に霊感が強くなって来て、霊に憑かれやすくなった。 んでひとりじゃどうしようもなくなって、親に相談したり、それなりに知識がある人に聞いたりした訳だ。」
「・・・・・・家族から気持ち悪がられたりしなかったの?」
「・・・・・・うーん。 親父もお袋もそれなりに霊感があったからなー まぁ遺伝だろうな。 それで結局、毎日の様に霊感をコントロールする練習をして、ある程度の霊なら自分でどうにか出来るようになった。」
「すげぇ~~~! ビームとか⁉ 手のひらからこう~、ビビビビッビって⁉」
「・・・・・・いやありえないだろ。 普通。 ビームって人間じゃなくね?」
こちらを冷めた目で見つめてくる。
(・・・・・・いや~ 冗談なんだけどなぁ・・・・・・。 通じないのか~?)
「俺の力は・・・・・ RPGで言う所のヒーラーみたいな感じ? 簡単に言うと、霊に手で触れることで浄化できるんだよ。」
「どっちにしろすげぇ~~~!! かっこいい~!」
「だろー?」
そう言って少し照れて頬を染めているのが、街灯に照らされた薄明かりの中わかった。それを見て俺は彼が自分と同じ大学1年生だと言うことを改めて感じて、顔がにやけてしまうのを必死に我慢した。
「それじゃ~ あそこで呪文みたいなのを唱えてから、オレの背中を叩いたのがそれ? あの幽霊も浄化したってこと?」
「そうだな。 お前を叩いたのはー これからお祓いをしますよって霊に宣言するみたいなものだな。 言葉遊びみたいなもんで、背中を「払う」のと、「お祓い」を掛けたもんで、 神式。 神社式ではそうやって準備を行う。 もっとも、力の弱い霊ならそれで身体から離れることもある。」
「へぇ~そうなんだ。」
「うん。 その後手をかざしてたのが本番。 あの霊の悪いエネルギーを浄化して、成仏しやすくするみたいな感じかなー」
「それじゃ~さぁ~ ちゃんとあの人はあの世に行けたんだね?」
「おう。 あの世かどうか分からないけど、そこは大丈夫。」
「なら良かった! ありがとう!!」
「ん? あぁまぁ・・・・・・ うん。」
そんな話をしている内に、少し大きな交差点の一角にコンビニが見えてきた。俺の腹はもうとっくに限界を越えていて、一直線に自動ドアをくぐり抜ける。その後を彼はゆっくりとマイペースに遅れて入って来て、そのまま雑誌コーナーに直行した。
「けどさぁ~? 背中を「払う」だけなら、別にあそこまで強く叩かなくても良かったんだよね? まだ少し痛いし。 跡残ってそう~」
週刊誌をペラペラとめくっている彼に対して、少し嫌味っぽく話しかける。すると持っていた本を元に戻したと思ったら、素早い動きで俺を後ろ向きにさせ、あろう事か上着をめくり上げられた。
「お~! 確かに。 俺の手形がくっきり残ってる!」
突然公衆の面前で背中をあらわにされてパニックになる俺。慌ててその魔の手から逃れて服を直す。
「––––––変態っ! 人を人形のようにするなよっ!!」
ニヤニヤと笑う目の前の奴に向かって、恥ずかしさと怒りが入り混じった顔を向けた。まるで何事もなかった様にさっきと同じ雑誌を手に取るのを見て、ひとりイラッとしながらお弁当コーナーに向かう。
もう少しで深夜帯になろうとしているからか、棚の商品は少ない。けれど体力が消耗していることもあって、目に映る全ての食べ物がいつも以上においしそうに見えてくる。
(今ならここにあるもの全部食べられる気がする~~~!)
さっきまで腹を立てていたのが嘘のように意気揚々と、唐揚げ弁当に手をのばす。そしてそのままレジの方向を向くと、何ともかわいい店員さんが立っているではないか。
(おっ! なかなかオレ好みの金髪ギャル系女子! 他にお客さんもいないし~ 連絡先の交換くらいならいいよな?)
ここまで2人で来たことも忘れて、俺は出来る限りの平常心でレジのカウンターの上にお弁当を置く。
「いらっしゃいませー」
(うんっ! 声はハスキーでいいね~!)
「1点で480円になります。 こちら温めますか?」
「是非っ! お願いします! ところでお姉さ~ん? こんな時間まで大変ですね~? ひとりで帰るの心細くないですか? もしオレで良ければ家に着くまで電話でおしゃべりしませんか? それとも送ってってあげましょうか⁉」
それを聞いた女の子は可愛らしい営業スマイルから一転して、小馬鹿にしたような顔をした。
「僕~? もしかしてナンパ~⁉ もしそうならネタでしかないよ?」
ピンと指す人差し指のその先を目で追うと、俺のプリプリの尻が半分むき出しになっていた。驚愕する俺。途端に恥ずかしくなって、慌ててズボンをあげる。顔から火が出るようで、下を向いて縮こまる他なかった。
(たぶんさっきアイツに背中をひん剥かれた時に、一緒にズボンまで下げやがったな・・・・・・ 後で覚えてろよぉ・・・・・・)
自分のタイプの女子に鼻で笑われながら、この場から早く離れたい一心でポケットから急いで財布を出す。けれどその中には十円玉が4枚と五円玉が1枚、一円玉が3枚、後はお守りしか入っていなかった。
(・・・・・・終わった。 唐揚げ弁当が480円。 今の手持ちが48円。 ナンパしようと思ったらセクハラみたいなことして、その上お金もなくて何も買えない・・・・・・ 今日はオレの人生の中で最低の日だ・・・・・・)
「お前は狸かなんかか? その蛇の皮が金になるのかよ?」
この状況をつくった張本人が、後ろから俺の財布の中身を覗き込みながら話しかけて来た。
「ちげ~~~よっ! これ金運アップのお守り! 財布の中に脱皮した蛇の皮を入れておくとお金が増えるのっ!! っていうかお前さっきオレのズボン下げただろ⁉」
「その割に空っぽなんだなー」
俺の話を全く聞いていないかのように、レジの上に自分のサンドイッチと水のペットボトルを置いた。
「ねぇ~⁉ 人の話聞いてる!!?」
「悪いんだけどこれも一緒で。」
「はーい!」
まるで俺がいないかのように店員さんもキラキラした目で接客を始めた。そのまま2人分の料金を払い、澄ました顔のまま彼は袋詰めされた商品を受け取る。温められたお弁当を受け取りその後を追う俺。
「––––––ありがとうございました~」
背中で元気な声を聞き流しながら、小走りで彼の後を追い、呼び止める。
「おいっ!」
俺に呼び止められて、振り向く顔は目に涙を溜めながら、今にも吹き出しそうにしている。
「・・・・・・・ありがとっ! 仕送り入ったら必ず返すから! そんな笑うなよ!!」
「ぷっ・・・・・・! いやー ごめん・・・・・・くぷっ・・・・・ まさかあんな姿でナンパするなんて思っても見なかった・・・・・・ぷっははははははっはははははっはぁー!」
そのまま彼は大きな声で笑い出した。周りに誰もいない静かな住宅街の静寂を破る、ひとり分の笑い声が響いている。
* * *
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます