第4話 蛍火の跡で。 03章

 彼はすごく悲しい目をしながら、俺のことを真っ直ぐ見つめていた。目線を合わせているのも辛くなるぐらいに。


 「・・・・・・そうだなっ。 話を遮ってごめん、続きをお願い。 オレはくじ引きした後すぐに君を見つけた。 誰かに手が当たったと思って振り向いたら後ろにいたんだ。 そこは合ってる?」


 「おう。 俺で間違いない。 ただその時にお前のことなんて見えなくなるくらいヤバい気配を感じて、動けなくなった。」


 「あの女の人の幽霊の?」


 「結果的にそうだった。 けどあの時は気が付かなかった。 距離があったしなー」


 さっきまで俺が怒ったことで険悪な雰囲気になっていたけど、説明が始まるとまるで大学の講義を受けているような感覚になった。それほど彼の言葉に吸い込まれていたんだと思う。


 「ただな? 俺もお前も・・・・・・ いやあの場にいた全員があの時にはもうあいつのに入ってたんだ。」


 「テリトリー?」


 「おう。 さっき林から出てきた時のこと覚えてるか? カエルの鳴き声。 うるさく鳴いてただろ?」


 「あぁ~、確かにそうだっ! 鳴いてたっ! だけどくじ引きしてた時とか、他の人と話してる時はまったく気にならなかったっ!」


 「つまりそういうことだ。 最初からあの霊は俺達をあの場所に誘き寄せてたんだよ。 何故かわかるか?」


 まさかここで逆に質問されるとは思っていなかったから、少し戸惑って固まってしまった。俺は答えがこれっぽちも分からなかったけど、顎に手を当てて少し考えるふりをしてから、試しに思っていることを口に出してみた。


 「・・・・・・寂しかったから? あんな暗い所にひとりでいたらオレだったら話し相手が欲しいかもっ」


 「・・・・・・うーん・・・・・。 惜しい! お前だよ。 お前のその、ものすごーく強い霊能力が欲しかったんだ。」


 「そうなんだ~」

 (全然惜しくないっ!)


 「もちろん分かると思うけど、霊能力なんて簡単に人にあげたり、貰ったりできない。 ましてやそれが肉体のない霊なら尚更だ。」


 「・・・・・・だからオレがされたみたいに、霊能力があるやつの身体に入って奪う・・・・・?」


 「正解! 霊能力ってのは生命エネルギーみたいなもんだ。 お前は特別強い。 だけどそれが全て奪われたら死ぬ。 今だって立ってるのがやっとだろ?」


 シャワーを浴びて温まっていた身体が急に寒くなった。そしてさっきの林の奥の沢で感じた、女の人の幽霊が無理やり入ってくる感覚が蘇って、背筋がぞくぞくして鳥肌が立っているのが分かる。


 「話が少し反れちまったけどー 俺が命の危険に晒されるって言った理由は分かって貰えたか?」


 「・・・・・・うんっ・・・・・」


 彼は少し笑顔を取り戻して、得意げに足を組んだ。


 「話を戻そう。 んで俺は林の奥の方から動けなくなるくらい、ヤバい気配を感じた。 ここにいたら死ぬんじゃないかって程に。 その時だ。 目の前にいたお前がまっすぐ気配のする方向に走っていったのは。」


 「・・・・・・オレには悲鳴が聞こえて、 それと同時に禍々しいオーラに包み込まれるような感覚がした。 そしてそれに反応した君が一目散に林の中に走って行ったのを、気がついたら追いかけていたんだっ」


 「なるほどな。 その林の中にだけど、何か変わったことはなかったか? ・・・・・・例えば浮き上がっていたとかー 俺だけがはっきり見えてたとか。」 



 「・・・・・・そう言えば! あの暗い林の中でも後ろ姿だけはっきりと見えたっ! だから懐中電灯もなしで奥まで行けたんだっ!!」


 目の前の彼の口がまるで三日月のように吊り上がって、とても愉快そうにクックックッと笑っている。

 (これ彼の癖なのかな~? ちょっと独特な笑い方だなぁ・・・・・・)


 「俺はその時お前の後を追うか林の入り口で迷っていた・・・・・・」


 一度わざとっぽく咳払いしてから続けた。


 「・・・・・・びびってたな。 ほんのちょっとだぞ⁉ だけど気がついたらそばにいたやつから懐中電灯を借りて、お前を追ってた。 途中で、先に入ってった2人が雄叫びをあげながらこっちにものすごいスピードで走ってくるのとすれ違った。 これはやばい! って思ってなるべく急いで奥の方へ向かったんだ。 だけどもうその時にはお前があの缶コーヒーを拾っちまうところだったんだよな・・・・・」


 「結局あの缶コーヒーはなんだったんだよ? 何で拾っちゃまずかったの?」


 「あれ昼間、部長か誰かが置いたやつだろ?」


 「うん。 奥まで行った証拠に持って帰ってくる予定だった。」


 「お前がそれを拾おうとした時に後ろにいたんだよ。 あの霊が。 その時直感したんだ。 あくまで俺の憶測も入ってるけどー よく、お墓とか人が死んだ場所に花や線香をお供えするよな?」


 「そうだね~ あとその人が生きてる時に好きだったものとかも。 ・・・・・・ん?」


 「そ! あのコーヒーの缶をお供え物だと思った訳だ。 それをどっかの知らないヤツが持ち去ろうとしたら? 普通嫌がるよな? ましてやその持ち去ろうとしたヤツが、自分が誘き寄せたヤツだったら? 飛んで火に入る何とやら、お前を後ろから食おうとしたって訳。」


 「・・・・・・そういうことだったのかぁ~ ・・・・・・なんか色々と納得した。 でもさぁ? それじゃ結局あの女の人はなんだったの?」


 その質問を待ってましたっと言わんばかりに、切れ長の目を大きく見開いて、両手を何度かすり合わせた。


 「それはお前の方が良く分かったんじゃないのか? 乗り移られた時に見たんだろ?」


 「・・・・・えっ?」


 「あいつの死ぬ前の記憶を。」


 (オレは確かに見た・・・・・・ 今まで見たこともない景色を・・・・・・ アレがあの人の死ぬ直前の記憶?)


 「だけどさぁ~? オレも今までそれなりに幽霊に出会ったことあるけど、あんなに強い力は初めてだったよ? 死んだのだって彼氏に会いに行く途中で事故って湖に落ちたってだけだし・・・・・・。 言っちゃ悪いけど、もっと悲惨な死に方をした人だってたくさんいるだろ?」


 「まぁそもそも死んだやつが霊になるのは、この世の中に未練があるやつだ。」


 「それはよく聞く。」


 「その中でもポジティブな想いで霊になるやつと、ネガティブな想いで霊になるやつがいる。 だいたい想像出来ると思うけど、ネガティブな感情を抱いて死んだやつは俗に言う悪霊って言われるのになる。 今回の場合たぶん、死んだ経緯とか、そいつの想いってのは悪霊になる要素がないと思う。 だけど長い間霊でいると霊であること自体を呪うことがあるんだ。」


 「なんでさ? やっぱ苦しいの?」


 「俺はまだ死んだことがないから分からんねー けど成し遂げられない想いってのは死んでようが、生きてようが関係なしに苦しめられると思うぞ?  まぁそれにあの場所はだったから、そういう負の感情が増大されたんだろうなー」


 「・・・・・・れいどう?」


 「・・・・・・たぶん今説明しても余計こんがらがるから省く!」


 「・・・・・・うん・・・・・・。」


 「とりあえずだ! たぶんあの霊も初めはそこまでじゃなかったと思う。 それが長い時間の中で少しずつ叶えられない想いに押しつぶされたんだろうな。 そして悪霊化していった。 それでも成し遂げることは出来ないだろうから、より強い力を得るためにお前をあの場所に連れてきて襲った。 そんなところだろうな・・・・・・」


 「なんか幽霊って思っている以上に悲惨なんだなぁ・・・・・」


 「そうか?」


 俺の言葉が心底意外だったみたいで、彼は急に真顔になって、そしてニヤリと笑いながら、一言一言を噛みしめるように続けた。


 「所詮霊は霊だろ? どんなことがあろうが生きてる人間にちょっかい出したら、その時点でアウトだろ。 生きてる人間はその先があるんだから!」


 (そういうものなのかなぁ~)


 ぐぅぅ~~~~~~・・・・・


 その時俺のお腹の音が静かな室内に響いた。夕方コンビニで唐揚げをちょっとつまんだだけで、この半日あまり何も食べていなかったことを思い出す。

 それに反応して腹を抱えて笑う姿を見て、俺の顔が真っ赤になっているのが、鏡を見なくても分かった。 


 「ふふっふっー・・・・・・ 俺も腹減ったからコンビニ行こうぜ!」


 「・・・・・・そうしよっかぁ~ 近くにある?」


 「ここから少し行った、住宅街の中に一軒ある! どうせなら話の続きしながら歩いてこうぜ?」


 「うんっ!」


 俺は勢い良くソファから立ち上がると、逸る気持ちを抑えつつ、ジャケットを羽織る新しい友人になれそうな彼と一緒に、いそいそと部屋を後にした。




 * * *


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