第4話 蛍火の跡で。 02章

 ほんの30分前まで緑が生い茂る林の中にいたと思ったら、今は近代的なマンションにいる。地上から20mの高さからは遠くの山や、大学の研究棟までが一望でき、時折吹き込んで来る風が、ここから落下した時の悲惨さを物語っている様だ。ただ少なくとも今の俺にはそんなことを想像できるだけの余裕があって、真下さえ見なければ足がすくむこともないのが元気を取り戻している証拠でもあった。


 廊下の一番奥まで来ると、財布から1枚のカードを出してドアノブの上にある機械にかざした。電子音が鳴り、ロックが解除されたようで、この部屋の住人である彼がそっとドアを開ける。

 俺は一瞬目がおかしくなったのかと思った。だけど壁やそこに置いてあるもの以外は普通に見える。


 「・・・・・・独特なインテリアだねぇ~」


 後ろでドアを閉める今日知り合ったばかりの同級生に、そう言い放ったのには理由があった。

玄関を上がって直ぐのところには蛍光色の緑色をしたスライムみたいなマットが置かれ、入り口から直ぐの部屋の壁には蛍光マーカーで線を引いたような色の大きな渦巻状のネオンが掛けられており、そのすぐ横に置いてある間接照明など、毛が生えて先が赤色に光っている。

 (・・・・・・変人と勝手に思っていたけど、これは~ 間違ってなかったぁ!!)


 ただ唯一俺が気に入ったのがモップの様に長い毛がたくさん敷き詰められたロングソファがあったことだ。そこに向かって勢い良く飛び込もうと、脱ぎかけたサンダルを蹴飛ばし、勝手に上がり込もうした所で後ろからフードを掴まれ、大きくバク転をする様にお尻を床に打ち付けた。


 「お前、今自分がどんな格好か分かってる⁉ 先にシャワーを浴びろ!!」


 「えっ~~~~~! だってアレ!」


 「いいから! 服も洗濯するから脱げ!!」


 母さんみたいに怒鳴り散らす彼は、そのまま掴んでいたパーカーを引っ張り、俺の服を脱がしにかかった。


 「あぁっぁぁぁぁっ~~~ 分かった! 分かったから! 脱ぐ!! 自分で脱ぐからちょっと待っててっ」


 俺は生まれたままの姿で、そのまま指差す方向へ進む。突き当りに洗濯機があり、その直ぐ横のガラス扉を開けると、とても大学生1人では使い切れないほど大きなバスルームが広がっていた。しかも広々と使える洗い場にはシャワーが2つも付いている。浴槽なんて実家の倍近い広さもある。


 「右側についてる赤色の蛇口をひねればお湯が出るから。 シャンプーとかは適当に使っていいぞ!」


 俺が中に入ると後ろから扉を閉められ、声が聞こえてきた。言われた通りにすると、少し熱いお湯が身体に降り注いだ。頬の傷が少しヒリヒリする。

 (・・・・・・生き返る~~~ それにしてもこいつん家はどんだけ金持ちなんだ? シャンプーも・・・・・・英語でどれがどれだか分からないし・・・・・・ だけど部屋があれだけ変だった割に、ここは普通だなぁ~)


 外からは洗濯機が回る音が聞こえる。時々黒い影が磨りガラスの向こうに写っては消えている。


 「・・・・・・あの~。 ごめんね~ ありがとう!」


 「・・・・・・・何を今更。 タオル。 ここに置いておくから。」



 

 何分ぐらい浴びていたか分からない。身体がポカポカになる頃には洗濯機の横に用意してくれてあったバスタオルで全身を拭き、髪の毛を乾かしながら部屋の主を探して歩く。なんてことはない、玄関から入って直ぐのリビングに彼はいた。


 「なんで⁉ なんでフルチンなの!!?」


 「ん? 別にさっき見られたし、いいかなぁ~って 悪いんだけど服貸して貰っていい?」


 慌てて俺の横を通り抜け、奥の部屋へと消えていく。そして直ぐにまだラッピングされたままのスエット上下一式を持ってきてくれた。


 「まったく・・・・・・ タオルで隠すとかしないのかよ・・・・・・・ 悪いけど下着の代えはないから、これやるよ!」


 「えっ~ 悪いよぉ? 洗って返すから~」


 「いやいい・・・・・・ それよか早く着ろ! そんな小学生みたいなのは隠せ!!」


 「ひどぉ~~~!!! 気にしてんのに!! まぁいいや! サンキュ~!」


 派手な紫色をしたもこもこのスエットを着て、さっきは阻まれたソファに思いっきりダイブした。予想以上に長い毛が気持ち良くて、ずっと顔をすりすりさせていたくなる。今だに不機嫌そうな顔をしたこの部屋にいるもうひとりは、透明なガラステーブルを挟んで置いてある、赤と白の縞々模様のシングルソファに腰掛けている。


 「それで? ソファに擦り付くのはもう十分楽しんだかい⁉」


 「ええ、お陰様で~!」


 もふもふな感触を名残惜しみながら、その上に体育座りで改めて彼と向き合った。


 「・・・・・・それで~ なんだっけ?」


 「なんだっけじゃねぇーよ! さっきの霊の話だろ? どこから聞きたい?」


 「う~ん・・・・・・。 それじゃあそこで何が起こったのか知りたいかなっ オレが幻を見せられてたって言ってたけど~ 結局何が本当なのか分からない。」


 「なるほどな。 俺は今日5限目まで講義があったから遅れて行ったんだ。 場所は分かってたし。 だから合流してからしか知らない。 ちょうどくじ引きしてたタイミングだったから・・・・・・」


 「––––––ちょっと待って! そう言えば、そもそもあそこで肝試ししようって言い出したのは君だったよね⁉ 危ない幽霊がいるって知らなかったの?」


 説明の途中で俺が横槍を入れたことで、まるで一時停止でもした様に固まる。直ぐに目がキラリと光ったと思ったら、笑い出した。

 (オレ、何かおかしいことでも言ったか?)


 「・・・・・・ふふっ・・・ ごめん、そうだったな。 そもそもは俺はお前に霊が見えてるかどうか確かめたかったんだ。」


 「・・・・・・そのために新歓を利用した・・・・・・?」


 「・・・・・・そうだ。」


 俺は一瞬にして目の前にいる同い年の少年を恐く感じた。下手をすると俺自身死ぬかもしれなかったし、他の人を巻き込む可能性だってあった。現に女の子がひとり気絶して今はどうなっているのか分からない状態だ。それを考えてるとさっきまで一緒に笑っていたこいつの事がどうしようもなく分からなくなった。


 「・・・・・・なんで? 理由があったんだよなっ? 同じサークルのメンバーまでまき・・・・・・」


 「まぁ落ち着けって。 その・・・・・なんだ・・・・・・。 やり方は不味かったかもしれないな。 そこは俺も少し反省してる・・・・・・ ただお前はそのままで良かったのか? 俺は昔の自分を見てるみたいでほうって置けなかった! ただ他の人の見えないものが見えるってだけで、命の危険に晒されなきゃいけないってのがな! だからだ・・・・・・。 とりあえずだ、今日あったことだけでも説明させてくれないか? それから俺のことが許せないって言うなら殴るなり、殺すなり好きにしろよ・・・・・・。」




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