第3話 傘越しに見る雨。 02章
朝は苦手だ。ベッドから上半身を起こしたままスマホで時間を確認する。いつもより早い時間にセットしたアラームに起こされた。なぜこんなに早い時間に設定したのか、まだ夢の続きを追う脳みそでは思い出すのに時間が掛かった。
数日前、朝から喫茶「風ノ唄」でたまたま会った池田さんから、除霊ができる人を探すのを手伝ってほしいと頼まれた。頼まれたのはいいけれど、彼女の納得してくれるような人に心当たりはなく、下手に自称霊能力者や年端もいかない学生を連れて行っても納得はしないだろう。そうやってありもしない手をこまねいていたら、昨晩池田さん自身から除霊をしてくれる霊能者を見つけたという連絡があった。これで後はその人に依頼するだけだと思っていたが、どうやら何か問題があるらしい。そのために今日はそのことについて相談をしたいから、大学が始まる前に会えないかということだった。
熱いシャワーを浴びる頃には、途切れ途切れだった記憶を思い出し、そのまま出かける準備をたんたんと行う。
いつもより早い時間。大学へと続く道にはいつもより少ない学生が同じ方向へと進んでいる。可愛い女の子を待たせてはいけないと少し早足になる。さっきまで朝もやがかかっていたのだろうか、道路やその脇に生えている草木が少し湿っている。
だいぶ歩くペースが速かったのか、自分自身でも思ってもみないほどアッという間に大学の入り口へとたどり着いていた。そのまま校内へと続く小道を歩きながら、この時間に呼び出した張本人へと電話をかける。
3回目の呼び出し音がなる前に、電話の向こうから上品な声が聞こえてくる。
『・・・・・・もしもし? 朝からありがとうございます。 もう着いていますか? この間と同じ、入り口の方の席に座っています。』
「もしもし? えっ⁉ 大学じゃなかったの?」
『・・・・・・すみません。 てっきり朝食を取りながらと、勝手に思っていて・・・・・・・。』
どうやら例の喫茶店で待っているようだ。場所をはっきりと聞かなかった方も、言わない方も悪い。またあそこのアイスサンドを食べられると思い、すぐ向かうことを伝えた。
そのまま来た道を戻る。頭の中は池田さんのことよりサクサクの生地に挟まれたバニラアイスのことばかりだ。もうちょっと大学に近ければ毎日でも通うのに。
そんなことを思いながら、自然と鼻歌が出てくる。普段サークル活動を行っている体育館のところまで来た所で、向こう側から見たことのある茶髪の男の子が目をこすりながら歩いてきた。
同じサークルの一つ下の後輩だったと思う。普段の言動はどこか中性的なイメージが強いが、いつも女の子に対して鼻の下を伸ばしている印象だ。確か名前は赤城と言ったはず。
こちらに気がついて、どんぐりみたいな目を大きく見開いている。確かこの子はこの間の新歓で、池田さんの後を追って林の奥まで走って行ったはず、その時に何か見たかもしれない。そう思って手を振りながら近づく。
彼は白いパーカーにジーンズという世間一般の大学生がよくしている格好だ。けれどパンツの裾を膝下まで捲くり上げ、靴は素足にサンダルときた。いつ見てもこんなスタイルだけれど、清潔感があるようには見えない。
「おはようさん! これから講義?」
「はいっ! 白石さんもですかぁ⁉」
「アタシは人と会うために来たんだけど、入れ違いになったみたいでねー。」
「それならこれから一緒に学食で何か食べませんかぁ⁉ オレ朝ごはんまだなんで!!」
「いや、君はこれから講義あるんでしょ?」
「大丈夫です! サボりますっ!!」
「いやサボるなよ!!」
1年目にして不真面目な大学生のひとりになろうとする後輩に対して、先輩からの制裁といわんばかりに肘鉄を食らわせる。少し痛そうに脇腹を抑えながらキャンキャンと鳴き、すぐうれしそうに笑っている。犬みたいだ。
池田さんを待たしていることを思い出し、さっさと聞きたかったことを切り出すことにした。
「そういえばさぁ・・・・・・。この間の新歓の後大丈夫だった? 赤城くんボロボロだったけど・・・・・・・。」
「––––––だっだいじょうぶでしたよっ!!! オレあの時早とちりして、林に突っ込んでいったまま転んじゃっただけなんでっ!!」
彼はそう慌てふためくように返事をし、茹でたタコのように真っ赤な顔をした。
「本当にー⁉ けどあの時はいろいろと大変だったんだからね⁉ 赤城くんより先に出てきた2人のうち男の子の方は何ともなかったけどー 女の子が倒れっちゃって!」
「・・・・・・。」
「まぁ気絶してただけみたいで、大きな怪我とかじゃなかったから良かったけど! ただ女の子の方が。 あっ! 池田さんって言うんだけど! 池田さんが言うには林の奥で女の人に会ったいうの! 赤城くんは女の人見かけなかった?」
「・・・・・・。オレが行った時には2人しかいなかったですねぇ~」
いきなり霊を見たかどうかなど、突拍子もないことを聞いてもまともな返事が返ってくるはずがないと思ったから、敢えて「女の人」という聞き方をした。何より自分自身が霊の存在を信じていない。けれどこの彼の反応から何か隠していることは伺える。これだけ分かれば十分だ。
「本当に幽霊でも見たのかなー。 っていうか時間大丈夫⁉ アタシもう行くね! またねぇー」
名残惜しそうに潤んだ瞳で見つめてくる彼に、大きく手を振り少し強引に別れを告げる。
ここから商店街まで歩いて30分ほど掛かる。以前と同じ様にバスで行くことにした。
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