第3話 傘越しに見る雨。 03章
相変わらずこの時間、こちらの方向に向かうバスは空いている。一定のリズムで揺れる車内は眠気を誘うが、気がついた時に見知らぬ場所にいるのはごめんだ。
窓の外に見える学生の数が少なくなって来た頃、代わりに商店街の通りが見えてきた。この時間、まだ数軒のお店しか開いていない。駅の向こう側に大きなモールが出来てからは、人混みも少しは減ったと思うけれど、夕焼けに赤く染まるメイン通りはそれなりに人通りが多く、主婦はもちろん、学生や仕事帰りの人たちで活気ある場所になる。特に商店街の端の方にあるお肉屋さんのコロッケは行列ができるほど人気だ。私も大好物で、いつか山盛りを平らげるのが密かな夢である。
喫茶「風ノ唄」の前まで来る頃には、ほどよい空腹感が胃を刺激する。店内に入るとすぐ横の方から池田さんの呼ぶ声が聞こえた。
「先輩! こちらです!」
そのまま私は近くにいた店員さんに、ミルクティーとアイスサンドの注文を伝えてから彼女の前に座る。
「おはようさん! 待たせてごめんね?」
「大丈夫ですよ~ それよりお呼び出ししてすみません。 以前お話した除霊してくれる人がみつか・・・・・・」
以前来た時に見た店員さんが私の分の水を持ってきてくれ、そのタイミングで口を閉じた
。他の人が聞いても本の話か何かに思うだろうが、あまり内容を聞かれたくないようだ。池田さんは軽く咳払いをしてから話を続けた。
「・・・・・・。 その~見つかりまして。同じゼミの先輩から教えてもらったんですが、その先輩も電話番号と団体名しか分からなくて、とりあえずお願いすればなんとかしてくれるとは言うんですが・・・・・・。」
「うーん・・・・・・。 怪しいねー」
「怪しいです・・・・・・。 もちろんネットなどで調べてみましたが、詳しいことはおろか、名前すら検索できませんでした。 そこで大変恐縮なんですが、お願いがありまして。 白石先輩も一緒に同席してもらえませんか? 除霊をしてもらう時に横にいてくれるだけで構わないので!」
少し戸惑った。確かに興味がない訳でもない。生まれてこの方、霊を払うところなんて見たことはない。けれど私だって女だ。危ない目に会ったところでどうしようもない。ましてや頼む相手が個人ではなく何かの団体のようだ。大学生の女の子2人が関わっていいことではない気がする。
私の眉にシワを寄せ唸る姿に、池田さんは答えを待たずして机に突っ伏してしまった。
「・・・・・・・まぁそうですよね~ 普通そういう反応になりますよね・・・・・・」
そう言われて私の中で何かが弾けた。カンに触ったという方が正しいのかもしれない。気がついた時にはもう、口から言葉がこぼれ落ちた後だった。
「いいんじゃない? 乗りかかった船だ! その代わりここはあなたの奢りね! 池田さん!!」
「え⁉ いいんですか!!?奢ります! っ奢らせてください!」
池田さんは机を大きく叩いて起き上がる。そのまま横に置いてあったバッグから1枚の小さな紙を机の上に置く。そこには「ラプラス」という文字と携帯の電話番号が記してある。
「携帯番号・・・・・?」
「はい。余計怪しいですよね? ひとまずここに連絡してみて、お願いできるかどうか確認してみたいと思います。 それで・・・・・」
「––––––イヤホンもってる?」
「え? 持っていますが・・・・・・」
「さすがにここでスピーカーにするとー 周りの人に迷惑でしょ?」
「今掛けるんですか⁉」
「そっちの方が手っ取り早いでしょ?」
そう言って自分のスマホから電話を掛けようとする私を横目に、何か文句を言いたそうな顔しながら鞄からイヤホンを差し出す池田さん。そのままスマホにつなぎ、片方を渡した。
2回のコール音が鳴った後、低音の響く男の声が聞こえてきた。
『はい・・・・・・。』
「もしもし? ラプラスさんですか? いきなりで申し訳ないんですが、除霊についてお聞きしたくて電話したのですが。」
『・・・・・・。 ラプラスというのは私の所属している組織名でして、私個人の名前は黒崎と申します。 除霊ということですが、少々特殊なものですので高額な費用がかかりますがよろしいでしょうか?』
こちらの詳しい話をする前に金銭の話をしてくると言うことは、言葉の通り高い額を要求するのだろう。まさかタダでやってくれるとは思っていなかったが、どうしよう。池田さんの方を見ると困り顔だが、こちらに激しくうなずく。
「大丈夫ですよ。 それで詳しい話なんですが・・・・・・」
『––––––問題ありません。 明日などいかがでしょうか? 一度そちらに伺います。 出来ればどこか落ち着いて話ができる場所がいいのですが。』
急な展開だ。私は池田さんに口パクで大丈夫か聞いた。彼女は一度自分のスマホで何かを入力して、「 OKです。大学が終わる14時過ぎでどうでしょうか?」と書かれた画面を見せて来た。
そのまま電話の向こうにいる黒崎という人に、時間と場所を伝えた。場所に関してはとっさにこの喫茶店を指定した。一応人が少ない場所で会わないようにと考えてのことだ。相手は詳しい住所やこちらの名前などを確認してから、短く別れの言葉を伝えて電話を切った。
切れた後の不通音がまだ聞こえる中、いきなり手を掴まれた。
「あーっ恐かったです! けどありがとうございます!」
「大丈夫? これで会って貰えそうだね! とりあえず第一歩かなぁー」
電話の途中で運ばれてきたアイスサンドを口に運びながら、池田さんの手を解く。緊張していた為かとても冷たい。
「はい! 急な電話でしたのに、すぐ会ってくれるなんて助かります!」
「本当にねー まぁまだ会って話をするだけで、実際除霊するのはその後だろうけど。」
そう答えつつも、私の中では疑問でいっぱいだった。詳しい話を聞かず、何か急ぐように会う予定を取り付けたこと。場所によってはすぐ会うことが難しい場合もあるのにも関わらず、いきなり明日を指定したこと。高額な費用を最終的にいくらなのか伝えなかったこと。何より池田さんが霊にとり憑かれていなかった場合、どうするかという事を言わなかったことだ。既にもうややこしい事態なのかも知れないが、いざとなったら警察などに頼ることを考えておかなくてはいけない。
子供の頃からUFOや心霊現象などを否定してきた私にとって、一連の出来事はホラーではなくサスペンスである。そこに危険なことへの恐怖はあれど、普通の日常の先にあるものとしか感じられなかった。だからこそ最悪の事態には世間一般的な回避行動を取ればどうにかなると思っていた。
「池田さんにとっては、ホラー映画だよねー」
「・・・・・・えっ?」
彼女のレモンティーを飲む手が止まる。考えていたことが口から出てしまったようだ。なんとかその場を取り繕い、ひとまずトイレに立つことにした。
鏡台の前に置いてあったアメニティグッズに釣られ、ついつい長くなってしまった。グレープフルーツの香りのするハンドクリームがあるなんて、まるでホテルのようだ。そのことを池田さんにも教えたくて、自分の席までスキップしたくなる。
入り口すぐ横まで来ると、彼女は机の上に倒れていた。びっくりして慌てて名前を呼びながら体を揺すると、意外にもすぐ起きた。
「・・・・・・すっすみません・・・・・。なんだか安心したら急に眠気が来たみたいで・・・・・・」
そういう池田さんは少し疲れているように見える。
「大丈夫? もしよかったらアタシの家で少し休む?」
「いえ大丈夫です。 すみませんありがとうございます。 どちらにしろそろそろ大学へ行かないと行けない時間ですので。」
時間は10時を回っていた。そのまま池田さんを連れ喫茶店を後にする。
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