第2話 天色の空。 03章
この季節特有の眠気をさそう風が窓際のカーテンを揺らす。温かい陽の光と重なって、学生の本分を忘れるには最高の日だろう。こんな日は芝生に寝っ転がって、どこまでも続く空を眺めていたい。
だけど今日は水曜だ。3階端の講義室で哲学の講義を受けている。もともと頭がそんなに良くない俺は「哲学」というおしゃれな響きだけで、この講義を取った。けれども初日に、とうてい俺なんかが理解できるものではないということを思い知らされた。
早々と単位を諦めて、もっと有効的な時間の使い方でも考えれば良かったのだろうけど、今日までいそいそと通っているのは、この講義の担当の教授が美人だったからだ。
この大学の教授は例外なくどの先生も、特徴があっておもしろい。講義の内容はもちろんだけど、それ以上にキャラクター性が色濃くでている。特にこの哲学を担当する桜井先生はただ美人という訳ではなく、特徴的な長い黒髪に華奢な外見と相まって、どこか影のある神秘的な雰囲気を周囲に振りまいている。だからなのか、この講義は本当に静かだ。教室には先生の美しくささやく声だけが響いている。この場にいる誰もが、ノートを取る手さえ止めて聞き入ってしまっているためだろう。それかみんなも俺と同じように、話している内容が頭に入ってこないから目の保養だけでもと思っているかの、どちらかだろう。
相変わらず今日も俺には理解出来ない内容の話だったが、講義もそろそろ終わりの時間に差し掛かろうとしていた。桜井先生を見てニヤついていた俺は突如違和感を感じた。誰かに見られているそんな感覚。
気になって横をそれとなく見るが、隣に座っている佐藤が、先程の俺と同じようにニヤけ顔で前の壇上を見ているだけだ。けれどその時デジャヴとも言える感覚に襲われた。
(そういえばこの教室、前に後ろで男の人の幽霊と目が合ったところだっ・・・・・・。)
ここ最近、大学にいる間は霊感を閉じるよう意識している。人が集まる場所に幽霊も多く集まるのか、他の場所と比べてここはかなり多く見かける。
特に人間と幽霊の区別が難しいほど霊感の強い俺は、何もないところで急に立ち止まったり、急に訳のわからない独り言を言い出したりしているヤバいやつに周りから思われないよう、その都度いちいち言い訳を考えなきゃいけなかった。
緑川にいろいろと教えてもらうまでの18年以上、天然キャラという位置づけで誤魔化せてきたのが奇跡に近い。
ただこんな風に気が抜けていると、霊感のスイッチをOFFにすることに慣れていないためすぐONの状態に戻ってしまう。
その事に気がついて慌てて閉じようとするが、それと同時に講義の終わりを告げる鐘の音が響いた。
「・・・・・・それじゃ。 今日はこの辺にしようかしら。 続きはまた来週。」
その声と共にみんな弾けたように一斉に動き出す。さっきまでの空間が嘘のようだ。
「––––––赤城はこの後講義ないんだっけ? 俺次の時間 「福祉と教育」 の講義があるからこのまま次の場所向かうけど、お前どうするのー?」
呼吸を整えようとしたところで隣の佐藤に話しかけられ、俺はむせ込んだ。
「––––––ごぶぉ、ごっ・・・・・・・。おっおれは桜井先生に聞きたいことあるから先行っててっ! 2限終わる頃に学食前で会おうぜ!」
「・・・・・・赤城お前・・・・・・。 止めとけって! お前じゃ相手にすらしてもらえないって!」
「・・・・・・・。佐藤お前っ! なんでオレが先生をナンパしようとしてることになるんだよっ!!」
「悪いことは言わないから! なぁ? それじゃ俺はもう行かないと~ 大人しくしとけよ?」
そんな捨て台詞を吐いて、ニカニカと笑いながら講義室を出ていく佐藤を腕組みしながら見送る。
(なんでオレが桜井先生をっ・・・・・・・。っ違った! あれっ? なんでわざわざオレこの講義室に残ろうとしたんだろう・・・・・? )
組んだ腕をほどくことなく、そんなことを考えていると再び鐘の音が響く。
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