第2話  天色の空。 02章

 この大学は周りより少し高い場所にある。だから少し離れた場所から見ると、丘の上に建つ中世ヨーロッパの要塞のように見える。特に夕方や雨上がりの日にはすごく幻想的な世界へ変わる。実際、霊感のあるやつの目には、多くの人間だけでなく多くの霊がいる校内は、さならがらRPGの世界のように映るだろう。


 体育館の辺りまで来たところで、向こう側から見たことのあるショートヘアの女の子が鼻歌まじりに歩いてきた。

 同じサークルの1つ上の先輩で、白石さんというらしい。サークルではいつも壁際でギターを弾いているのが印象深く、この間の新歓の肝試しでは俺とペアを組むはずだった人だ。


 先輩はショートパンツに黒のダウンジャケットという、何とも俺好みな格好でこちらに手を振りながら近づいてくる。朝からツイている。


 「おはようさん! これから講義?」


 「はいっ! 白石さんもですかぁ⁉」


 「アタシは人と会うために来たんだけど、入れ違いになったみたいでねー。」


 「それならこれから一緒に学食で何か食べませんかぁ⁉ オレ朝ごはんまだなんで!!」


 「いや、君はこれから講義あるんでしょ?」


 「大丈夫です! サボりますっ!!」


 「いやサボるなよ!!」


 そう言って先輩は俺の横腹に肘鉄を入れると、笑顔を少し崩して続けた。


 「そういえばさぁ・・・・・・。この間の新歓の後大丈夫だった? 赤城くんボロボロだったけど・・・・・・・。」


 「––––––だっだいじょうぶでしたよっ!!! オレあの時早とちりして、林に突っ込んでいったまま転んじゃっただけなんでっ!!」


 反射的にそう返しつつも、俺は顔が赤くなってるのが分かった。

 


 「本当にー⁉ けどあの時はいろいろと大変だったんだからね⁉ 赤城くんより先に出てきた2人のうち男の子の方は何ともなかったけどー 女の子が倒れっちゃって!」


 「・・・・・・。」


 「まぁ気絶してただけみたいで、大きな怪我とかじゃなかったから良かったけど! ただ女の子の方が。 あっ! 池田さんって言うんだけど! 池田さんが言うには林の奥で女の人に会ったいうの! 赤城くんは女の人見かけなかった?」


 「・・・・・・。オレが行った時には2人しかいなかったですねぇ~」


 あの日、林の中でみた女の幽霊のことはもちろん、俺の身体の中に入ろうとしたこと、それを緑川が助けたことは2人だけの秘密だ。あくまであの時悲鳴を聞いて心配になって林に入っていった俺は、奥の沢のところで先に入っていった2人と遭遇。けれど暗闇でパニックになっていた2人にひとり置いて行かれ、さらに水たまりで転んでボロボロになった俺は、後から合流した緑川に救助されたってことになっている。緑川が考えたシナリオだけど、俺だけなんかかっこ悪い。


 「本当に幽霊でも見たのかなー。 っていうか時間大丈夫⁉ アタシもう行くね! またねぇー」


 先輩は一方的に別れを告げ、笑顔で手を振りながらバス停の方向に歩いていく。俺はその眩しい姿を見ながら、本当のことを言えないもどかしさを噛み締めていた。




 講義室がいくつも入っている建物の玄関ロビーには、大画面モニターがある。そこに今日の講義の内容と場所が映し出されている。

 俺は足早にモニターの前にかじりついている学生の群れをかき分け、予定を一通り確認する。今でこそ毎日のことで慣れてしまったが、はじめの頃はこれだけで体力の半分を持っていかれたものだ。



 俺が再び人だかりの向こう側に出た時、これから同じ講義を受ける佐藤が声をかけてきた。 


 「––––––お前昨日も同じ服じゃなかった⁉ 彼女の家から直接来たのか~?」


 「・・・・・・彼女なんてまだ出来たこともないの知ってるくせにぃ! 友達の家に泊まったのっ!」


 「お前に友達なんてもんがいるのは初耳だ!」


 「オレはどんだけ寂しいやつだよっ!」


 こいつとの会話はいつもこんな感じだ。

 そのまま2人で下らない話をしながら講義室に向かった。




 * * *


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