第1話  蛍火の季節。 02章

 その日は朝から雨だった。講義は午後に1つだけ。とっくに散ってしまった桜の葉を濡らす霧のような雨を鬱陶しく感じながら、小腹が空いた俺はひとり、欲求を満たすため少し早めに学食に来ていた。昼食時には学内の芝生の上で和気あいあいとしている集団を見かけるけど、今日みたいな日は食堂にこぞって寿司詰め状態になりに来ていた。

 そんな中、人混みの間からあの奇抜な格好のやつを見つけた。同じサークルというだけで特にこちらから挨拶をする間柄でもない。あいつはすぐ近くの運動部の集団から、あから様な敵意を向けられている中で、一人もくもくと4人掛けの机に広げた古い本を読んでいた。俺は「変人」という言葉を頭の中で投げかける以外、何かすることはなかった。



 1杯180円の月見そばを早々に平らげ、講義とへ向かう。途中何人かの知り合いと挨拶を交わしながらじめじめとした廊下を歩く。思いの外早く着いた俺は後ろの席を陣取り、時間までの暇つぶしと、辺りを見渡した。前の方の席では机に突っ伏して寝ている男子が見える。少し前の席では女子たち数人が何やら騒いでいた。そして後ろを向いた時、そこにいた男とちょうど目が合ってしまった。ひとりでじろじろと周りを見渡していたことと、目が合ってしまった恥ずかしさからそのまま目線を机に移し、何食わぬ顔で鞄からノートを出そうと屈んだ時、不意に後ろから肩を叩かれた。


 「 見えるんだ? 」


 振り返るとすぐ横にあの「変人」が座っていた。


 「あいつと目が合ったように見えたけど、ただあそこに何かいるのが分かるだけ?」


 質問の意味を理解するのに少し時間が掛かった。

 (目があったように見えたっ!? あの男のことか? 今まで他の人に見えなくて俺に見えていることはあった。 それがこいつにも見えてて、一瞬だけど目があったところを見られたってこと!?)


 「・・・えっと~・・・・・・ 何のことを言ってるか分からないけど、君は何か見えたの?」


 俺はそう答え、その場を取り繕おうとした。そんな俺の答えを聞いた目の前の「変人」は一瞬悲しそうな目をして、すぐに顔をくっしゃとさせて笑顔になった。


 「あれ!? 友達と勘違いしたんすよ! 悪いっすね! 確か、同じサー・・・・・・・・・・・」

 「––––––うぃっ! なんだお前もういるの!? だから今日は雨か!? ・・・・っていうかなんでこんな後ろの席に座ってんの!? もう少し前行こっ!!」


 いつのまにかすぐそばまで来ていた佐藤に遮られた。俺はそのまま連行される形で、先程女子たちが騒いでいた近くの席に座った。


 「・・・・・・・悪い邪魔した・・・?・・・・ けどあいつに絡まれてたから、つぃ・・・・・・・」


 「・・・・っ・・・別にそんなんじゃないけどさ・・・・・・・」


 俺が少しの強がりで答えると、同じ学部の友人が数人近くに座って話しかけてきた。

 そのまま俺はどことなく感じるもどかしさを自分の中にしまい込む他なかった。




 先程までガヤガヤとそこら中でしていた音は、時間ぴったりに入ってきた教授の声とともに、教科書をめくる音だけになった。黒板には紀元前からの人間の宗教観について、この教授独特の蛇のような文字で書かれている。歴史はあまり得意ではない。それに今はさっきのことが気になって仕方がない。


 (後ろを振り返って、あの目が合った男がまだそこにいるか確かめてみようかな? ・・・・・・っけどそんなことをしたら、後ろの席に座ってるあいつにまた見られてしまう・・・・・ そもそもあいつにも、あの男が見えていたのかな? ・・・・・・でもあの時、佐藤が話を遮ってくれたことには感謝だよなぁ・・・・・・・)


 そんな自問自答も、講義の終わりと同時にどこかに行ってしまった。


 「うぇーぃ!! 今晩は待ちに待った新歓だ! 何人ぐらい参加するんだ!?」


 「っお前・・・・・・・ 嫌にハイテンションだな! しかも、待ちに待ってはいないけどなっ! 少なくともいつものメンバーは参加すんじゃねぇ?」


 「まぁそうだよなぁ~ まだ時間結構あるな・・・・・・・ 俺、一回コンビニまで行ってくるわ~ お前はどうすんの?」


 「あぁ、オレも行こうかなぁ。」


 「––––––よし、行くか! ~ってかお前、講義ちゃんと聞いてたか? 後でノート写させてとか面倒だからな!?」



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