わたしはあなたを試してる

結咲こはる

「弥生、それ、絶対必要ないから戻して」

「そんなことないよ、リオに絶対似合うから。ね、これ買おう」


高く聳え立つ、この辺ではわりと有名なショッピングモールで、わたしは隣に立つ頭ひとつ分小さな弥生に声をかけた。


目をキラキラとさせて弥生が見つめるのは、女性なら誰もが身につけているであろう、ヘアアクセサリーだ。


ベロア、レース、キルトなど様々な素材で結われたリボンのバレッタ。金細工の華奢なピン。それはそれは華やかなものが並んでいる。


それを物色するのが、男である弥生だというのは別に問題ではない。プレゼントとして贈りたいひとだっている。その理由はきっとわたしの想像を越えるだろう。


けれど、弥生の場合は少し…いや、些かどうかしていると思う。

その贈る相手が、なんせわたしだというのだ。


外見を飾ることに、対して興味もない。この黒曜石のような深い黒色をした長い髪だって、弥生が綺麗に整えてくれるけれど、わたしとしては一つに括れればなんだっていいのだ。


そもそも。そもそもだ。


わたしは高知能と性能を持つ、人間型アンドロイド。人間を守り、敬い、補佐するために造られた。ーーそう、ただの機械人形である。…それも、不出来な。


隣に立つ弥生は、今も変わらずそのアクセサリーを手に取ってはわたしの髪にあてがう。その度に、わたしは手のひらを返して振り払った。


「せっかくかわいいんだから、おしゃれしようよ」

「かわいくないしおしゃれも興味ない」


わたしが口にする言葉は、もうすでに聞き慣れているらしい。弥生は気にするそぶりもなく、また目についたアクセサリーを手にしてわたしの髪にあてがった。


ここまできたら、もう勝手にして。

そう顰めっ面でため息を吐いた。


小さな鏡が置いてあるのに気が付き、わたしはそっとその鏡を覗き込んだ。

そこに映る、なんと不細工な姿。


片目を包帯で覆い隠し、それを隠すように長い前髪がすらりと落ちている。

反対の瞳は大きく、それこそ形はいいものの、妖しく光る紅い瞳の色がそれを格下げした。 


「マナカ、これ持って。次行くわよ」

「はい、わかりました」


ふと背後から聞こえたそのやりとりは、人間とその者のパートナーであるアンドロイドロボットだった。

澄んだ青い瞳。柔らかそうな亜麻色の髪。整った顔立ち。


あれこそが、一般的なアンドロイド。そしてーーあるべき関係なのだ。


本来、パートナーであるアンドロイドは人間に意見することを禁じられている。そう、プログラムされているのだ。


しかし、わたしにはそのプログラムによる制御がない。


視線を弥生に向ければ、彼はレジで会計をしている最中だった。

弥生を見つめながら、わたしは思う。


辞めようと思えば、わたしは弥生のパートナーでいることを辞められる。見捨てようと思えば見捨てられるし、傷つけることもできる。

ーーわたしを見捨てた、人間たちのように。


量産されたアンドロイドの中で、わたしだけが『不良品』だった。

同じでないことを否定された。人間の同調圧力というのは、本当に恐ろしい。


わたしは静かに目を閉じ、思い出す。


施設で分解されていく自分の身体。その際に奪われた右目は、今はもうどこへ行ったのかわからない。


そんな壊れたジャンクのわたしを救ってくれたのが、弥生の父親、深月だった。


機械工学の研究職員だった深月は、廃棄処分されることが決まったわたしを掬い上げ修理して、生まれた我が子ーー弥生のパートナーアンドロイドとして、わたしにふたたび生きる道を作ってくれたのだ。


わたしはできることなら、深月のパートナーアンドロイドになりたかった。

わたしに触れる手が、とてもあたたかったから。…もっと、その手でわたしに触れてほしい。そう、思った。今でもあの感覚はまるで昨日のことのように思い出せる。


しかし彼にはすでにパートナーがいた。そのアンドロイドを見て、わたしは電気に打たれたショックを思い浮かべたのを、今でも如実に覚えている。


深月のパートナーアンドロイドは、他の量産型アンドロイドとは比べ物にならないくらい美しく、品格のある物だったのだ。


屈辱だった。比較されているみたいで。お情けをかけられたみたいで。

腹立だしかった。馬鹿にされてるみたいで。


だからわたしは、わたしを生かしたことを後悔させてやろうと思った。

深月の息子ーー弥生に、その矛先を向けてやろうと、そう思った。


だというのに。


「リオ!ほらほら、見てみて〜!」


会計を済ませてわたしの方に駆け寄ってくる弥生は、花が綻ぶような笑顔をしていた。

幼顔のため、あどけなさがまだまだ色濃く残っている弥生は、よく補導などで警察に声をかけられるくらいだ。


「…いいって言ったのに」


わたしの前にやってくるなり、そのショップの包を丁寧に開く。中から現れたのは、金糸で縁取られた、紺色の髪紐だった。


「リオにすごく似合いそうだと思って」


弥生は器用にその髪紐を手に持ち、わたしの後ろに回った。


「リオ、ちょっと屈んで」


弥生は、わたしより少しだけ身長が低い。この時期の男の子は勢いよく身長が伸びる子とそうでない子がいるみたいだが、弥生は後者なのだろう。


渋々、わたしはその身を屈めた。

弥生は爪先立ちになって、1つに結んでいるわたしの黒髪を優しく撫でて、そのヘアゴムの上にリボンを結いはじめた。


「ふふ、でーきた」 


そう嬉しそうに笑う弥生に、わたしはため息を吐く。


「…満足?」

「うん!リオは?嬉しい?」


わたしは弥生の言葉にうぐ、と喉がつまる。

本当なら、そんなわけないでしょ、と、流すつもりでいた。


けれど、弥生の目を見たら。

わたしはそう言おうとした言葉を吐き出すのに躊躇いが生まれた。


「リオ?」


わたしを呼ぶ弥生の目は、いつも優しい。

わたしの名を呼ぶその声も。


いつも純心で、疑うなんてことを知らず真っ直ぐに生きる弥生。


わたしの心内を知らぬと言えど、少しでもわたしを蔑ろに扱えば、その本心を剥き出しにして噛みちぎってやろうとさえ、思っていたのに。



彼が、この世界に打ちのめさせるときは、少なからずやってくる。


わたしのようなパートナーアンドロイドが生まれた理由の一つに、パートナーの人間の精神面のサポートという役割があるくらいだ。それはきっと、計り知れぬほど、人間にとっては負担なのだろう。


そんなサポート、わたしにはできる気がしない。わたしは不出来で、不完全で、アンドロイドとしてはジャンクだ。


弥生の、その真っ直ぐな優しさを向けてもらえるほどの物なんかじゃまったくないし、頷くだけが取り柄のいい子ちゃんなパートナーロボットとしての性能もない。


でも。それでも。


わたしはわたしのやり方で、弥生のそばにいてやりたいと、思う気持ちが少なからずあるのだ。

…これが、深月の計算のうちだとしたら、腑煮えかえりそうだけれど。


「…弥生にしては、まあいいセンスなんじゃない」


わたしに言える精一杯。棘のある薔薇の方がきっとまだ、素直だ。


わたしの言葉を聞くなり、弥生は破顔した。嬉しそうに笑い、わたしの手をとった。


「リオ、いつもありがとう。ずっと、ぼくと一緒にいてね」


いつまでそんな風に言えるのかしら。わたしは思う。


弥生と離れて、ひとり旅して歩き朽ちるのも悪くない。そう思う。今でも。


ーーでも、時間はまだ、あるから。

だから、これはその暇つぶし。



「…付き合ってあげるわ。仕方ないから」






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