第38話

 ヘルロウは、『三途の渡し』と『賽の河原』にそれぞれ石橋を架ける。

 しかし彼の今回のクラフトは、それだけにとどまらなかった。


 それからヘルロウは大勢の亡者たちを動員し、道の舗装に着手する。

 等活地獄の壁を削った岩を石畳として敷き詰めていった。


 それは、地獄の正門から玄関までもを繋ぐ、庭の敷石のよう。

 しかしてそれは、気がついたら新人亡者たちを全て取り込んでいるという、恐るべき敷石であった。


 まず、新たに地獄にやって来た亡者たちは、三途の渡しの前に出るようになっている。

 そこに渡しがおらず、石橋が架かっているのであれば、誰もが疑いなく渡るだろう。


 そしてその先に石畳があるのであれば、順路だと思って進むだろう。


 さらにその先に、エンマ大王っぽいのが待ち構えていたら、誤解するだろう。

 たとえ想像とは違うかわいさだったとしても、罪を告白することだろう。


 そこでニセエンマの手によって、新人亡者たちはふたつに振り分けられる。


 まず、重い罪を犯しており、『等活地獄』よりも上の地獄に送られそうな者は、左のルートを進むよう、ニセエンマから指示される。


 左の石畳の先には『ヘルロウ村』があり、そこで村人として取り込まれてしまうというわけだ。


 ヘルロウ、地獄に来た人間を、労せずにゲット……!


 そして反対側となる右のルートへは、軽い罪を犯した者……。

 ようは『等活地獄』行きとなりそうな罪の者を、本物の地獄が待ち受ける道へと案内するのだ。


 右の石畳の先には、本物の地獄門があり、本物のエンマが待ち構えている。

 そこで本物のエンマは、新人亡者に対して、『等活地獄』行きの裁きを下すことだろう。


 ヘルロウ村の者たちは、それをニセエンマの事前調査で知り得ているので、『等活地獄』の底で待ち構えることができる。

 落ちてきた新人亡者を、サツマイモの網で受け止め、ヘルロウ村に案内する。


 ヘルロウ、ここでも地獄に来た人間を、労せずにゲット……!


 ……さて、ここで疑問に思うことがあるだろう。


 地獄に来た新人亡者たちを取り込むであれば、全員そのままヘルロウ村に案内すればいいのに……。

 なぜわざわざ一度、本物の地獄に送るような真似をするのか……?


 もしそれをしてしまうと、決定的な綻びが出来てしまう。

 それは、


 『本物の地獄に、パッタリと亡者が来なくなってしまう』こと……!


 地獄に来たすべての新人亡者たちを取り込んでいては、エンマ大王の元には一切亡者が行かなくなってしまう。

 そうなると、エンマ大王もその不自然さに気付き、調査に乗り出すことだろう。


 それでも亡者が来る頻度は減ってしまうが、不自然に途絶えなければ、「ちょっと減ったかなぁ?」くらいの違和感しかない。


 これで、なぜニセエンマ大王なるものが誕生したか、おわかり頂けただろうか。


 そう……!

 ヘルロウはエンマ大王の目を欺くために、『等活地獄』に送られるであろう亡者だけを、ニセエンマに選別させていたのだ……!


 『等活地獄』はすでにヘルロウの支配下にあるので、そこに送られてくる亡者であれば、どうとでもできる。

 しかしそれ以外の地獄に送られてしまった場合は、手出しができなくなる。


 よって重罪人だけを、直接ヘルロウ村に取り込めば……!


 『地獄』に、人は絶えず送られているというのに……。

 その実はすべて、『ヘルロウ村』へ、ようこそ……!


 ……ウェルカム、ウェルカム、ウェルカムっ……!


 しかもそのことに、地獄の支配者であるエンマ大王は、微塵も気付いていないという怖ろしさ……!


 ヘルロウが創ったのは、ただの便利な石橋と、ただ長いだけの石畳ではなかったのだ。

 計算され尽くした、横取りオートメーションっ……!


 いちど乗せられたら最後、全ての者はわけもわからないまま、ヘルロウ村の住人になってしまうのだ……!


 いつしか人は、この石畳のことを、こう呼ぶようになった。


 歴史的な交易路である、『シルクロード』のように……。

 地獄への改革となる、大きな礎となったこの道のことを……。



【ヘル・ロード】 施設レベル:HELL

 ヘル・クラフトによって創られた石畳の道。

 地獄の歴史は、この道が出来たことにより大きく変わるだろう。



 ちなみにではあるが、賽の河原のほうに架かっている橋の石畳は、そのままヘルロウ村へと繋がっている。

 子供たちはエンマ大王も気にしていないので、そのまま取り込んだところで何の問題もないからだ。


 そして子供たちも加わったことにより、ヘルロウ村は地獄でいちばんの活気あふれる場所となった。


 軒を連ねる石づくりの家と、広大なサツマイモ畑。

 家の中も外も、家族のように仲睦まじい者たちの笑顔であふれている。


 それは亡者だというのに、誰もが生前よりもずっといい顔立ちをしていた。


 ……その笑顔は、たったひとりの少年の、ひとつの想いからはじまった。

 彼は、空から堕ちたあとも、全てを奪われてしまったあとも、決してくじけることはなかった。


 賽の河原で初めての供養塔を完成させ、多くの子供たちを天国に送る。

 そして鬼たちを従え、地獄征服の足がかりとなる拠点を、その地に創りあげた。


 最初は3人の下級鬼と、1体のカカシという、実に頼りない構成であった。


 そのときは、誰もが思っていた。

 地獄の改革など、絶対に不可能である、と。


 しかし、今は違っていた。

 誰もが、もしかしたらと思うようになっていたのだ。


 彼ならば、この地獄を変えられるのではないか、と……!


 天国と地獄の両方を知り、神の頭脳と、悪魔の手を持つ、あの少年ならば……!


 少年は今ここに、新たなる一歩を踏み出した。


 堕天使、ヘルロウ・ヘヴンハンドラー……。


 『等活地獄』を、征服っ……!

 八大地獄のひとつを、その掌中にっ……!

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ヘル・クラフト 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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