第37話

 かわいいエンマ大王によって、裁きを下されたふたりの亡者。

 美しい鬼たちから手を振り見送られ、それぞれの道を歩き出す。


 エンマも鬼たちも「またね~」と言っていたのが気になったが、当人たちはそれどころではなかった。

 なにせこの行く手に何が待ち構えているかは、神のみぞ知ることだったからだ。


 さて……。

 それではその、ふたりの亡者の行く末を、それぞれ追いかけてみよう。


 仮に、『じごくのさた』から左側に進んだほうを『亡者A』とし、右側に進んだほうを『亡者B』とする。


 まずは、亡者Aから。


 亡者Aの行く末に、高い壁が現れる。

 山脈のようにそびえるその壁に沿って続く道を歩きながら、亡者Aは思った。



 ――きっとこの壁の向こうに地獄があって、今からその入り口へと向かっているのだろう……。



 しかし、彼がたどりついたのは……。

 農場のように、のどかな場所だった。


 木でできた入り口のアーチには、



 『ヘルロウ村へようこそ』



 という看板が掛けられている。


 「なんだここは?」と立ち尽くしていると、どやどやとふたりの鬼がやって来た。



「ほう、新入りのようですね、それではこれをどうぞ」



 と、メガネの鬼から、木でできたくわを手渡される。

 そしてごつい鬼から肩を抱かれ、



「ちょうどサツマイモ畑を耕す人員が欲しかったところでござる! 拙者といっしょにさっそく行くでござる!」



 問答無用で連れて行かれた先で、てっきり想像を絶する責苦が待ち構えているのだと、亡者Aは身を固くした。



 ――『サツマイモ畑』……!?


 きっと、鬼たちの暗喩に違いない!

 いったい、どんな拷問なんだ!?


 言葉の響きだけは実に平和なのが、かえっておそろしい!



 と震えあがりながら連行された先は、なんと……!

 本当に文字どおりの、『サツマイモ畑』であった……!


 しかも、見渡す限りの……!

 しかもしかも、そこにはすでに、大勢の亡者たちがいて……!

 しかもしかもしかも、強制労働というよりは、農作業のようにエンヤコラと……!


 誰もがみんな、『いい汗』をかいていたのだ……!



「よぉーし、今日はもうひとふんばりいくか!」



「おいおい、飛ばしすぎるとヘルロウ様におこられるぞ!」



「だってよぉ、サツマイモ作りがこんなに楽しいだなんて、知らなくてよぉ!」



「だよな! サツマイモって手がかからないのに、手をかけてやれば、しっかりと応えてくれるんだ!」



「そうそう、おおきくて見事な赤さのサツマイモが採れるようになるんだ!」



「しかもそれを種芋にすれば、次はもっともっと大きな芋が採れんだから、やめられねぇよ!」



「でもやっぱり一番なのは、そのうんめぇ芋を、みんなで頬張ってる時だよなぁ!」



「ああ! こんなに素晴らしいことを教えてくださって、ヘルロウ様には感謝感謝だ!」



 地獄とは思えないほどの素敵な笑顔を見せる先達たちに、亡者Aは思う。



 ――ここにいる亡者たちは、きっと辛い強制労働をさせられているんだ。

 しかも、苦しい顔を見せちゃいけないっていう拷問なんだろう。


 でなきゃ、地獄であんな風に、腹の底から笑えるわけがない……!

 肉体だけじゃなくて、精神をも蝕んでいくだなんて……!


 地獄というのは、なんて恐ろしい所なんだ……!


 俺はたしかに生前、ロクに働かずに悪い事をいっぱいしてきた……。

 だからって、こんな非人道的な報いを受けるだなんて……!


 それに……『ヘルロウ』ってのは、この集落の入り口の看板にもあった……。


 そうだ! 『ヘルロウ』といえば、かつて堕天した悪魔の名前じゃないか!

 そんな恐ろしいヤツの名前を、冠した村だなんて……!


 あっ!? もしかして、ソイツがここを仕切っているのか!?


 きっと、ここでは『ヘルロウ』を讃えなければ、恐ろしい仕置きが待っているに違いない……!

 だってこれだけの人間が、こんな風におかしくなっちまってるんだからな……!


 ヘルロウ……!

 きっと悪魔のようなヤツに、違いないっ……!



 しかし彼もほんの数日で、彼らの仲間入りを果たした。


 毎日泥だらけになりながら鍬を振るい、仲間たちと肩を寄せ合って芋をほおばり、夜はぐっすり眠る……。

 無心になって畑を耕していると、心が洗われていくようだった。



「働くことが、こんなに楽しいことだなんて……! 俺は、間違ってた……! もし生まれ変わることがあったら、世のため人のためになることをするぞ! そう、ヘルロウ様みたいに!」



 彼はふと、手を休めて空を見上げる。

 そして壁の向こうに、思いを馳せた。



 ――アイツ(亡者B)は今頃、この壁の向こうにいるのかなぁ……。



 ……さて、それでは亡者Bのほうを追ってみよう。


 亡者Bの進んだ道は、『地獄門』に繋がっていた。

 そこはさっきまでのチープ地獄は何だったのかと思うほどに、イメージ通りの地獄であった。


 当然である。

 なぜならばこの『地獄門』から先こそが、正真正銘の『地獄』なのだから。


 門をくぐって大階段を登ったあとは、想像どおりのビジュアルのエンマ大王が待ち構えていた。

 そして想像どおりの血も凍るような恐ろしい審問を受け、判決を受ける。


 亡者Bの行先は、『等活地獄』……!


 エンマによる地獄の沙汰は、地獄山の頂点にあるエンマ城で行なわれる。

 地獄行きの判決を受けた亡者は、そのまま地獄へ直行。


 そしてその移送行為ですら、ここでは処刑のひとつのようなものであった。

 亡者たちは飛び込み台のような、張り出した板の上に立たされ、遙か眼下にある地獄めがけて突き落とされるのだ。


 亡者Bは山びこのような悲鳴を轟かせながら、堕ちていく。



 ――俺は、生前に悪いことなんてなにひとつしなかった。

 害虫駆除の業者に勤めていて、いたずらに虫を殺しすぎたから、地獄行きだなんて……!


 いくらなんでも、あんまりだっ……!


 下は、亡者たちで殺し合いをさせられるという、等活地獄……!

 俺はこれから、永遠ともいえる長い時間、殺し合いをさせられるのかっ……!


 まずは地面に叩きつけられて瀕死になったあと、そこにいる亡者たちに嬲り殺しにあうと……!

 い……いやだっ……! そんなのは、嫌だっ……!



 しかし彼を待ち受けていたのは、落下の衝撃ではなかった。

 ましてや、亡者たちの殺意でもなかった。



 ……もよんっ……!



 と植物のツタで創ったような網で、受け止められる。

 その網を広げていたのは、すでに等活地獄に送られた先輩亡者たちであった。


 想像していた手荒い歓迎とは裏腹。

 地獄とは思えない、ウエハースのようなやさしい歓迎に、亡者Bは困惑する。


 先輩亡者たちは上のエンマ城の様子を伺いながら、彼を網から降ろすと、



「よう、新入り! いろいろ聞きたいことはあるかもしれないが、まずはここから出るんだ! このまま外側の壁に向かって走れ! 他のヤツらが追いかけるフリをするから、逃げるフリをしながら壁際まで行くんだ! そこにいる穴から、外へ出ろ! よぉし、さあ行けっ!」



 訳も分からず送り出された亡者Bは、精一杯の悲鳴を上げながら逃げ惑うフリをし、地獄の外側にある壁にたどり着いた。

 すると、「こっちだ!」と別の亡者から手招きされる。


 そこには……。

 絶妙にカモフラージュされ、外からはまったくわからない壁の穴があった。


 来た早々に、脱走……!?


 と思いながらも、言われるがままに穴をくぐる亡者B。

 壁の向こうに、広がっていたのは……。



 多くの亡者たちが鍬を振るう、サツマイモ畑っ……!?



 ふと、亡者のひとりが駆け寄ってくる。

 戦友に十年ぶりに会えたかのように、語りかけてきたのは……。



「おおっ!? お前もここに来たのか! いやあ、よかった!」



 たった一度会っただけだというのに、忘れもしない……。

 『亡者A』であった……!


 なんと……!

 なんとなんと……!


 ふたりがたどり着いた先は、一緒っ……!


 到達までの時間差はあったものの……。

 同じ、『ヘルロウ村』だったのだ……!

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