どうせ叶わぬ恋ならば

@empi

第1トレンチ 

都心から1時間。小高い丘の上。

眼下には住宅街が広がる。


夏の真っ盛りの8月は、朝の9時でももう十分に暑い。

「はいっ、一班集合っ。今日の作業説明するぞっ…」

「二班はこっち来て。こっちは先に水抜いてから、シート剥がすよ!」

各班、作業が始まる。今日も発掘実習の始まりだ。



考古学。遺跡から見つかる人類の痕跡を研究する学問。

それが、なんとなく選んだ大学で、俺が学び始めた学問だ。

なんとなく「歴史」とだけ決めて入った大学で、俺は無数に歴史の授業を受けることになるわけだが、この科目だけ毛色が違った。

どの授業もプリントが多いのは同じだ。

日本史なんて酷いもので、腰の曲がったおじいちゃん先生が、白黒コピーの史料文献を山のように持ってくる。江戸時代の崩し字なんてそもそも読めないが、きっと史料と同じ頃に作られたコピー機でも使ったんだろう。黒くても白くても何がなんだかさっぱりだった。

他の科目も似たようなもので、よくて戦前のニュース映画を見せらる程度。だが考古学は違った。パワーポイントに映し出されるのは、様々な写真。奇妙な装飾の張り出した土器やぼんやりとした表情の埴輪、広さの想像できない巨大な集落の航空写真などだ。映し出されるものはどれも新鮮だったが、それらは全て過去に人間の手で作り出されたものだと言うこと。嬉々として写真の解説をする教授は、まるで子供の様だった。

インパクトは的面だった様で、引き寄せられる様に考古学を専攻することにした。



「あの時は、これだー!って思ったんだけどなぁ…。」

作業を開始した一同を眺めながら、己の見通しの甘さを嘆いていると、遠くから先輩の声が飛んで来た。

「井上っ!ぼーっとしてるなら、道具持ってこいっ!時間もったいねーぞっ!」

「は、はい!」

俺は道具置き場まで走りながら、先輩の

「円匙(えんぴ)2本と鋤簾(じょれん)3本っ!移植(いしょく)と箕(み)は人数分なっ!」

という注文を背中で受け取った。

「田中先輩、なんで先に準備しないかなぁ。無茶振りだっての…。」

「井上。手伝うよ。」

色黒醤油顔が苦笑いを浮かべながら現れた。

進藤。我々の業界のご多分に漏れず色黒だが、業界にはない爽やかさ。蚊が多く、そうでなくても茹る暑さの中で、今日もこいつだけは爽やかだ。

「助かるぅ〜。俺はそれに加えてバケツもありったけ持ってこいだってさぁ。もおぉ、痩せちゃうよぉ。」

公家ヶ浦(くげがうら)。通称「殿」。

業界にあるまじき白い肌と、ぽっちゃりお腹。そこに苗字がトドメであだ名、決定!

同期の愉快な3人がパシられて揃った。

「お前は痩せたくらいが丁度いいだろ?」

「そうだよ。少し軽くなったら?」

「そんなぁ。世界から俺が減っちゃうんだよぉ?」などと、3人でふざけていると叫び声が聞こえてくる。

「殿ー!まだー!水抜かないと始まらないでしょっ!」

「やべ!涼子さんも怒ってるぞ!急げ!」

3人は荷物を抱え、慌てて走り出した。

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