寒雷

 幻想的な夢を見た。 それは透明で絵画のような趣があった。

 私は、海の底へ落ちていっている。 目の前にはキラキラと水面が、太陽の光を受けて光っている。 両手を伸ばして何かを掴もうとしても、酸素の代わりに満たされた水を掴むばかりである。

 半分死んだような心地で目を閉じた時。 何かとても柔らかくて暖かいものが、私の半身を包む。

 その何かは水特有の柔らかさではなく、もっと情熱的な、愛に似た柔らかさだった。 そして、それは私の上半身をぐいっと持ち上げる。

 私は驚いて目を開ける。 目の前には彼女がいつにも増して真剣な顔つきで私を抱きしめている。

 彼女の下半分には、童話人魚姫のような大きなヒレがついている。 ヒレにつ

 いた鱗は陽の光を受けて、まるで宝石のように光り輝いていた。


(もう大丈夫)


 声は聞こえなかったが、私には唇がそう動いたように見えた。



 目が覚めると、空は白んでいた。 一匹のカモメが優雅に線をなぞるように羽ばたいている。


「目が覚めた!」


 彼女が濡れたワンピース姿で私の顔を覗き込んだ。

 安堵からか、目に涙が溜まりたちまち溢れ出した。

 それは、私の口元に落ちしょっぱい思いをした。


「よかった。 目が覚めなかったらどうしようって」


 彼女の涙を手のひらで拭うと、私は微笑んだ。

 彼女はそれを見て自分も同じように笑顔を作って見せた。


「ハックション!」


 私はくしゃみをした。 その音はどこにも反響することなく、遠くの方へ飛んで行った。



 幻想的な夢の正体は、果たして夢なのだろうか。 あの妙なリアリティーは何だったのだろうか。

 しかし、あの日は日差しだってなかったし、第一彼女にヒレはついていない。 首をかしげながらあの日の夢を、イラストにできるだけ鮮明に描き出していた。

 描けば描くほど、その記憶はより鮮明に浮かび上がってきた。 素敵なイラストが出来上がったと思う。


 「それ、私?」


 彼女は私の家に来ていた。

 彼女は私の肩越しに私のイラストをのぞき込んでいた。 鼻息が微かに肩にかかった。

その横顔を直視できずに、褐色の肌を想像してすこし恥ずかしくなった。


 「う、うん」


 彼女はまじまじとそのイラストを眺めながら、聞こえるか聞こえないかくらいの内緒話をするような声で何かをつぶやいた。


 「この絵、貰っていい?」


 彼女は唐突に振り向いた。 私も思わず振り向いた。 そうして、こくこくと二回だけうなずいた。


 「印刷しておくよ」


 「ありがとうお礼にこれあげる」


 彼女はにっこり笑って、私に何かを手渡した。

照明に反射してきらりと光った。 それは、あの夢の中で見た彼女のヒレに酷似していて、白昼夢を見ている気分になった。


 「これって……!」


 彼女はベットの上でいたずらっ子のように笑うばかりだった。




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深海、寒雷 Lie街 @keionrenmaro

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