第10話

「て、天が陰ったぞ。伝説の通りだ。薬が、不老不死の薬ができるぞぉおおおおお」


 現帝が天に手をのばし、欲望にとりつかれたように喚いた。


「は、早くせんか! 薬が、不老不死の薬が、天がよみがえれば完成してしまうのだぞ。あの忌まわしい一族に独占される前に急げええええええええ!」


 そのときガゲツはその声を耳障りに感じながらも、戦っていた。


 だが、いま相手にしているのは金の腕輪をつけた猛将だった。彼の振るう剣は鋭く、閃くたびにガゲツの身体に傷が増えていく。剣を避けるだけで精一杯だった。


 これまでの戦いで、すでに両腕を刺し貫かれ、動かなくなっていた。

 周囲は兵に囲まれ、槍をむけられている。眼の前にいるのは本当に人間かと疑うような、大柄で強い猛将だった。


 それでも一矢報いてやろうかと思っていたが、それも無理そうだ。

 空がかげり、山頂に輝きだした。

 もうすぐ儀式も終わるだろう。

 そうすれば、カグヤの『灰』はあの一族がどうにかしてくれるだろう。

 猛将が剣を振りかぶる。


 とうとう死ぬときがやってきたかと、ガゲツは思った。

 カグヤは自分のぶんまで生きてと言っていたが、仕方がない。カグヤを護ろうと思ってしまったのだから。それでも一緒に生きようというガゲツの言葉も彼女はきかなかったのだから、おあいこだろう。

 諦めから、眼を閉じようとした、そのとき――


 ――生きて――


 カグヤの声が聞こえた。

 そして、炎が天をついた。

 それに呼応するように大地が揺れた。


 猛将が体勢をくずし、剣がガゲツからそれて地面を叩いた。

 背後で火山が噴火した。


 カグヤの声をきいた瞬間、ガゲツの身体は突き動かされるように猛将の懐に入っていた。

 たとえ腕が動かず、自慢の爪が震えなくても、まだ牙がある。


 ガゲツは相手の首筋に喰らいつき、噛み切った。


 猛将は首の裂傷から鮮血を噴出し、数回だけ痙攣して事切れた。


「るあああああああああああああああああああ!」


 ガゲツはそれを確認する前に跳躍し、皇帝に襲いかかっていた。

 彼を護衛する兵士たちが槍を突きだし、剣を振るう。

 冷たい異物が何ヶ所も身体を貫いたが、ガゲツはとまらなかった。

 現帝自身も剣を抜いてこちらを迎え撃とうとしていた。


 炎が天にむかって迸るなか――


 ――ガゲツは右の角を叩き斬られ、現帝は咽笛を噛み切られた。


 不死を望んだ老人は最後まで、自分の死を理解できず、白く濁った眼で山頂を見つめたままだった。

 現帝を殺し、ガゲツは力尽きて倒れた。もう動けなかった。

 周囲の兵がガゲツを殺そうとしていた。


 だが、それはできなかった。

 まるでカグヤの願いを聞き届けたかのように、噴火した火口から溶岩が流れでて、現帝の兵士たちを呑みこんだ。


 そして、天は光を取り戻し、ガゲツは気を失った。

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